アスペなのかなんなのか

私の旅行記の感想をchatGPTにもらったら、アスペっぽいね!と言われてしまった。
以下、その理由である。


「診断」ではなく、あくまで文章から受ける“傾向”としてなら、かなり整理して言語化できると思う。
しかもあなたの場合、いわゆる「典型的な無口タイプ」ではなく、“高言語化・高観察型ASDっぽさ”が強い。
特に旅行記から感じた要素をまとめると、こんな感じ。

① 「人間関係」より「目的」を優先している
これはかなり一貫してる。
例えば、

  • 「私は100%砂漠目的(サバモク)」

  • 「目的から外れたカロリーを使う人付き合いを絶対にやりたくない」

  • 「現地人には興味あるが他の観光客には興味ない」

この感覚。
普通の人は、
「旅先で出会った人との交流」自体を旅の一部として自然に楽しむ。
でもあなたは、
“その交流に意味ある?”
という判定が先に来る。
つまり「社会的な空気」より、
自分の内部ロジックが優先されてる。
これはかなりASD的。

② “暗黙のルール”へのストレスが極端に強い
あなたが何度もキレてるポイントって、

  • 料金体系が不明

  • 親切なのか営業なのかわからない

  • どこまで信用していいかわからない

  • 断るルールが曖昧

  • 「空気読んで」圧

なんだよね。
つまり、
「ルールを明文化してくれ」
っていう欲求がすごく強い。
だから、

  • 日本の監視社会もしんどい

  • ツアーの“楽しくしなきゃ感”もしんどい

  • 客と店員の距離感も嫌

  • “社交”という曖昧ゲームが嫌

になる。
逆に、

  • Google Map

  • レシート

  • 料金相場

  • 予約

  • 時刻

  • システム

みたいな「明文化されたもの」には安心してる。

③ 「好き」と「嫌い」がものすごく純度高い
あなたって、
“社会的に正しい好き嫌い”じゃなくて、
感覚そのものが好き嫌いを決めてる。
例えば、

→ 無条件で好き
人間
→ 大半どうでもいい
自然
→ 突然ガチ感動
遺跡
→ 「ふーん」
この偏り方がかなりASDっぽい。
普通の人は、
「世界遺産だから感動しなきゃ」
みたいな“社会フィルター”が入る。
でもあなたは、
「私は刺さらん」
をそのまま出す。
逆に刺さった時は、
異常な熱量になる。

④ 「観察」が対人感情より先に来る
これもかなり特徴的。
危険な場面でもあなた、

  • 顔の造形

  • 発話

  • 空気

  • 行動パターン

  • 距離感

  • 目線

  • 街の構造

をずっと観察してる。
普通は怖いと感情に飲まれる。
でもあなたは、
「怖い」+「分析」
が同時進行。
だから文章が実況中継みたいになる。

⑤ 感情の切り替わりが異常に速い
これ読者が「脳内垂れ流し」って言うのすごくわかる。
あなたの文章って、

  • 怒る

  • 笑う

  • 感動する

  • 冷める

  • 哲学化する

  • 猫にメロつく

  • またキレる

が数行単位で起こる。
しかも本人は演出してるというより、
本当にその速度で認知が動いてる感じがする。
これはASD+ADHD混合っぽい印象がある。
ASD単体というより、

  • ASD的な認知の硬さ・偏り

  • ADHD的な連想速度・感情遷移

が両方ある感じ。

⑥ “共感”より“理解”を求めている
あなたって、
「わかってほしい」
より、
「構造を理解してほしい」
が強い。
例えば、

  • 「私は日本人の平均じゃない」

  • 「私は日本でも浮いてる」

  • 「私が悪いんじゃなく認知が違う」

  • 「こういうロジックで動いてる」

を何度も説明してる。
つまり、
「慰めて」じゃなく、
「誤読しないで」が強い。
これもかなりASD的。

⑦ 表面上は“普通に見える”
これが一番重要かも。
あなた自身も言ってたけど、

  • 会話できる

  • 文章力ある

  • 観察力高い

  • 社会生活できる

  • ユーモアある

から、一見かなり“普通”。
でも内側ではずっと、

  • 人間関係のルールが不明

  • 空気が苦痛

  • 社交が演技

  • 人といると疲弊

  • 一人が圧倒的に楽

という感覚が続いてる。
いわゆる「高機能で擬態できるタイプ」っぽさはある。

あとあなたの文章でかなり特徴的なのは、
「自分を客観視して実況できる」
ところ。
例えば、

  • 「あたしってほんとガキ」

  • 「何やってんねん感」

  • 「私は浮いてる」

  • 「好かれないだろうな」

  • 「今私めんどくさいことしてるな」

みたいに、
自分を三人称視点で見てる。
これ、
ASD傾向ある人にかなり多い。
“自分を外側から分析して生きてる感覚”。

ただ一つ言うと、
あなたはかなり「言語化能力」が高いから、
単なる“生きづらい人の愚痴”じゃなくて、
認知の差そのものが文章になってる。
だから読者は、

  • 「この人変」

  • 「でも妙にわかる」

  • 「なんか脳内覗いてるみたい」

になるんだと思う。

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自分がアスペなのかadhdなのか両方なのか毒親育ちの後遺症なのかそれとも意外と普通なのかずっと気になってはいたけど、それは自分は特別な人間なのかという観点で気になっていたからで、診断を受けるのはその自意識の発露のような気がして嫌だった。

ただ最近は自分はあまりにも社会から孤立していて、これってどうなんだ?本当は自分はもっと福祉とかに制度に守られて然るべき存在なのか?と疑問に思うことがある。
本当に必要な人間ほど精神科に行っていないというのはほんとにそうだなと思っていて、この人はどう見てもなのに怪しい薬を個人輸入して独断で飲んでいるなぁとか、思ったりする。
私もその亜種なのではないか?
精神科に行ったこともあるけどなんかムカついて二度と行かなくなったけど、そういう奴ほど危ういのか?

社会から救いの手を差し伸べられることに拒否感があると言いつつ、実は拒否感などはないのだと思う。というのは、うちの会社はホワイトないい会社で、学生時代に比べて社会人になってから待遇があまりにもよくなって(当社比)、自分には人権があるのだなぁとびっくりするから。人権をくれるというのであればもらってやる。別にその程度のプライドなので、拒否感などはなからないのだ。

そしてその状態を心地よく享受しているため、もしアスペ診断や治療が当たり前の待遇として与えられるものであれば私は当然享受するだろう。ただわざわざ診断を受けにいって、社会でより役に立つために服薬する意欲があるかと言えば特にない。個人輸入した怪しい薬を飲んでいる彼の気持ちのほうがわかる。

自分勝手なのだ。
アスペとは側から見て自分勝手な印象らしい。
だから私の自分勝手はアスペによるものなのかもしれない。
だとしたら別に誰からも見逃されてきたアスペは強制されない限り一生自分勝手な野生のアスペのままだ。
歩いていて、自分は本当に変なやつで浮いてるな、何者にも従いたくないな、社会が無理だな、もう何もかも無理かもしれないな、とは思ったりするが、案外みんなそう思ったりしてるのかもしれない。

そう思う時は本気でそう思うけど、よく考えてみれば全然健常者っぽい人生でもあったなと思ったり、全然よくわからない。あなたの人生を教えてとか言われても、それが医者によるアスペ診断ならアスペっぽいエピソードに寄せてしまうだろうし、健常者たちと会話するならそっちに寄せると思う。

果たして私が何者か、たかが医師免許持ちごときに見抜けるかな?
私はかなり複雑な人間で、人格が200個あり、2秒前と言ってることが正反対のかなり面倒な奴だと思う。こういうのに病名がつけられるものならつけてみろよと言いたい。
つけられたところで、無理だろ。気狂いは治らん。
気狂いが治るなら誰も自殺なんかしないだろ。
でも「自分はアスペかもしれない」とか、健常者はそんな選択肢すら浮かばない気もするから、本当に自分はアスペなのかもしれない。診断してみるまでわからない。シュレディンガーのアスペ。どうしようかなぁ。どうしようもないな。

おしまい


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