私と易経(1) 四角い目、丸い目
「いつからかわからないけれど、人の目が『四角』と『丸』に見えるようになったのよ」
もし、あなたの家族や大切な人が、ある日突然こんなことを言い出したら、どのように反応するだろうか。おそらく、思いつくままに質問を続けたり、適当に話を合わせてやり過ごしたり、馬鹿馬鹿しいと一蹴したりするはずだ────私がそうしたように。
これは私が高校生の頃の出来事である。そして、冒頭のセリフを発したのは、ほかならぬ私の母だった。不思議な話に興味をそそられた私は、思いつくままに質問を投げかけた。
「……何それ、どういうこと?」
「アンタの目は『四角』、私は『丸』」
「 『四角』って、どこで見分けてるの?」
「どこ、って言われても…『四角』といったら『四角』なのよ」
「いつからそう見えるようになったの?」
「うーん、いつっていうか……いつのまにか、そう見えるようになってたのよね」
私は正直、「また母が妙なことを言い出した」と思った。なんというか、母は昔からそういう人間なのだ。世間一般のものさしでは測りがたい珍種であることを、自他共に認めるところがある。だからこそ、私はこの話を日常茶飯事として、さして気に留めもしなかった。
だが、この奇妙な「目の形」の話が、紀元前から伝わる中国の古典『易経』と深く結びついていたとは───── 十数年の時を経て、私はその事実を知ることになる。
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