小説「実在人間、架空人間」第十八話
各々が、まるで単一的で隔離されたもののように振る舞った。
目の焦点が何処に向かっているのかもわからない。虚空を眺めては何も感じていないように、まるでそこに居ないかのように皆が存在している。それはある意味では揃っていて、綺麗に整頓され、整列された本棚のように種別としてそこにある。
性別、身長、体型、その種別そのものの見た目だけが、この世界にアトランダムに配置されている。
あらかじめ予定されていたかのように沈黙の一致が繰り返され、かといって各々は他者を意識しないように目も合わせない。
反応してはいけない。ましては声に出してもいけない。そんな共通認識も揃っている。
例えるなら今、後ろを向いたとして、暫くして振り向いたときには皆がここに居ないことを皆が望んでいる。そんな空気感、虚無感に等しいものが、この無言のやり取りの中で共有されている。
私は何となく目を瞑ってみた。
黒い。いや、暗いか。
両目の視界を瞼の裏側で占めてみても肌から漂う。それはまるで海岸沿いで傷口を潮風によって刺激されているかのように、肌に纏わりついてくる。
ひりついている。
始まりは白い世界だったが、この瞼裏の黒色の世界の方が、まだ幾分現実味がある。
黒い世界、暗い世界はさっきまで見ていた世界よりもずっと平穏で、このまま眠ってしまいたいとさえ思ってしまう。その先の脳が見せる景色、夢の世界こそが現実であるような気がしてならない。
瞼を上げてみる。
入ってくる色合いがまずあって、それらは無意識に脳内で処理される。次に木々、人々、椅子やテーブル、宙に浮かぶ斜めがかった鏡、カウントダウンするタイマー。これらをひとつひとつ意識的に視認する。
改めて『得体がしれないな』そう感じた。
これがセカンドインプレッションのように、別の印象のようにして脳内で処理される。
制作者、つまり神のような存在か、それ以上の存在が居たとして、まず作者は世界を見せる。そこに誕生させては、その世界を他者と共有させる。そうして今、別の世界を、元居た世界を凝縮した小規模なわかりやすいものを、私は見せられているのかもしれない。
それは目の前にある事実が映像に取り込まれては、SNSで存在を確保だけされるように切り貼りされ、そのわかりやすいものに表現された。この世界は、そんな纏められたもののように感じられる。
ここに間違った情報を真実だと捉えれば、切り貼りされた世界を全てだと認識してしまう。
こことは別の場では今頃、時間の矢としてそのエントロピーは上昇していて、個々として様々にその世界を堪能しているはずだが、隔離された別次元のように見せる白かったこの世界には、その時間という概念が入り込めない印象がある。
つまり、瞼を下した黒い世界こそが私達がもっとも慣れ親しんだ場であって、この場は都合の良い事柄だけを集めた情報に等しい。まして、その元居た世界の方がもっと複雑で、美しかった。
前の世界で散々言われていた『この世は醜く、恐ろしいものである』というのは誤解で、世界を醜いとするのは一部分だけを見ているただの印象であって、あの世界は全体的に見れば美しいもので溢れていた。醜いのはその人の脳内や、その根底の考えや動作の様子であって、この世界だけの住民でない私からすれば、この狭い場はあまりにも不格好が過ぎている。
ここはその美しいはずの世界。その世界における一部分の不格好さの切り貼りで形成されている。
今はどうやら殺し合いのゲームが始まっているとされていて、それを含めてここはその元居た世界の誤解を集めた不格好な姿、誤認識をさせるもののように感じられる。
そう思考していると、動きを見せる。
暫くの沈黙から口火を切ったのは杉原だった。
「その子、私に似た方、あなたの名前は何かしら?」
「……有本、有本和美です」
「あなた、いきなり銃を取ったわよね。説明もまだ途中だというのに、こういう危ない行動を平気でやるような人、このよく分からないゲームみたいなものの邪魔にならないかしら」
杉原は右足で地面を踏むようにして小刻みに揺らし、強い口調でさらに続けた。
「ずっとルールのような説明に集中できなかったわ。この子のこの行動が怖かったのよ。だって人をすぐ殺しそうじゃない。仮にこの子が人間側でも、こんな短絡的な行動をしちゃう子は、このチームプレイのようなゲームに合わないのじゃないかしら?」
チームプレイか。確かにそうだ。そしてこのチームプレイはチーム戦でもある。
敵か味方かが分からないこのゲーム性。一人の行動があらゆる誤解や問題を生み、その一人の行動や言動によって、そのチームは崩壊し、自滅することもあるだろう。つまりはこの『説明の途中で銃を取った』という発言も、その有本の取った行動も、同様にチームプレイを乱している。ここで話があらぬ方向に向かえば、すぐにでも全滅、自滅してしまうだろう。
では有本は本当にすぐに短絡的に殺してしまうかというと、そうと断定できるものでも無いだろう。ただ自衛の為に他に殺されたくないという臆病さから来ているかもしれない。勿論指摘通りそういう傾向と捉えることもできる。しかし、ここでいきなりこのような主張をするような危うさを持った発言をする杉原に対して、仮にそう論じればその論争に巻き込まれてしまい、恐らくは納得もしないだろう。
この論争こそ、人間側が敗北してしまう脅威に晒されてしまう要因となりかねない。
「皆どう思うかしら。私はこんな馬鹿はすぐにでも排除してしまった方が、これからをスムーズに進めることができると思うわ」
杉原が早口で皆の賛同を求めた。
「どうって……言われても…」「どうって……言われても困るよ」
ガクがテーブルに向かって歩いていく。銃を軽く避けるように手の甲で払い、銃の下にあったルールブックを手に取ると、パラパラと捲った。
「こんなこというのも何だけどさ、案外これって何かの実験とかで人は死なないんじゃない?」
ハクがそれに続いた
「うんうん、だって人殺しなんて法律で駄目って言われてるもんね」
「そうそう、そんな事がさ、認められている訳ないじゃん」
杉原の足の揺れが止まった。
「だったらもう僕たちは適当に過ごしてさ、時間切れでいいじゃん。殺すなんて馬鹿げてるよ」
一見子供らしい考えにみえて、現実的でもある。
あまりに非現実な出来事に惑わされて、このゲーム性に納得してしまうところを、やはり非現実であると考えて現実的に物事を捉えるのも正しいだろう。それは私達が人をむやみに殺す理由が無いからだ。そんなことを考える時点で狂っている。どうにか逃げたり、やり過ごす方法を考えるのが正常といえるだろう。
杉原が地面を踏み潰すようにして踏んだ。
「……子供ね」
そういってテーブルまで向かい、銃を手に取る。
「そうよ、そうかも知れないわ。でもね、今はここが現実よ。可能性を考慮しなければ駄目よ。時間切れでどうなるか何て分かりようがないのも事実なの。私はあの時後悔したわ、もっと聞いておけば良かったって」
銃口を有本に向ける。
「私はこの女を殺すべきだと思うわ」
呆れた。この杉原に対して私は心の底から軽蔑した。
これじゃあ殺人犯と何も変わりない。その動機はシリアルキラーそのものの発想だ。開始僅か10分も経たないといった所で、そのような決断に近い思い込みをしている要素も含めて、身勝手で自分の都合だけで人を殺すというその発想。その発言から杉原に対して体が拒否反応を示した。怒りのようなものが湧き上がり、と同時に背筋の皮がぞわぞわと逆立つようにして鳥肌が立った。
その時には私は無意識に声に出ていた。
「子供なのはお前だ」
同時に『しまった』と脳内で悔やんだ。
「ここが現実なのも理解したなら、何故殺すという発想が浮かぶんだ。それにいくら正しかったとして、それに何の意味がある?」
無意識にテーブルまで向かい、私を銃を取った。
「あらゆる可能性を考慮したなら、その銃を取った有本は自衛でやったかもしれない。臆病な考えがそうさせたとも捉えることができるだろう。まったくもって可能性を考慮していないのはお前だ、杉原」
ここでそう言いながら脳内で処理した。この状況をどう上手くまとめるのか。私はこの論争に自ら足を突っ込んでしまった。もう覚悟を決める他ない。失敗は死を意味する。実在側の敗北という結果にも繋がる。この世界の不自然さは、このゲームが現実的であると考えても自然なんだ。
「あはは、何それ。可能性を考慮し過ぎるのも馬鹿な証拠よ。人は人でしょ、私は私なの。行動の遅れは失敗の元でもあるわ。時間は二時間しかないのよ。じゃあ生き残る可能性を考えて不要な馬鹿は排除するべきでしょ。当たり前のことよ」
「お前は自分が死なないと思っているのか。そんな短絡的な発言をして周囲を敵に回すようなその提案は、お前自身の首を絞めている。人は人でお前がお前なら、そのお前自身がその身を守る意味でも、そのような発言はただの白痴だ。どちらにせよお前は間違っている」
杉原が舌打ちをした。
「いちいちうっとおしいわね。じゃああなたが死ねば?」
そう言って私に銃口を向けてくる。
「お前はお前の世界だけで完結している。人は人だが、その人によって暮らしは支えられている。お前がこの現実を創っているのではない、お前も私もその一部に過ぎないんだ。世界の中心を一人が支えているのではない、皆が支えている。お前はこの世界ですらも勝手に都合よく解釈しているだけだ」
それに続くようにして先崎が言った。
「そうだな、まったく同意見だ。この女はてめえの都合だけで物事を解釈していて、いざとなれば殺そうとまでする女だ。チームプレイと理解しながら勝手に一人で苛立ち、勝手に怒り、勝手に解釈して、その都合の中で人を見下している」
先崎はゆっくりとテーブルに向かう。
「俺がお前を殺してやろうか?」
そう言って銃を取った。
「てめえの都合で殺すだのなんだの言うんなら、俺の都合でお前を殺すことも肯定しろよ」
銃口を杉原に向ける。
「柊さん、言いたいことはこいつにぶつけていい。こいつが何か変な行動を起こそうとしたら、俺は躊躇いなくこいつを撃つ」
私の予感は当たっていた。
やはりこの論争から破滅へと向かう。それはあらぬ方向にも向かい、愚者は愚者を生み出し連鎖する。得てして殺人と変わりなく、それが広がりを見せては敵と味方がこのゲームと関係なく分岐して進行した。私に賛同した先崎も、私の諭すような言葉も、杉原の発言も、有本の行動も、その全てが愚考による殺人ゲームへと変貌した。ゆっくりと対話をする間もなく、この世界でいうところのゲームが始まってしまった。
