「顔も名前もださない私」が、ことばだけで生きてみたら
えくたるnote|第12話
はじめに
収益化より先に、「ここで生きている」感覚✨
noteを始めたきっかけは、「収益化を目指す」という明確な目的でした。
でも、書き続けるうちにわかってきたんです。
今の私がnoteを続ける一番の理由は──
SNSは「伝える」ではなく「やり取り」の場だった
この10年、私はSNSを発信して仕事をしてきました。 知り合いやお客さまとつながり、そこからご縁が広がる。
SNSがあったからこそ、出会えた人もたくさんいます。
でも、よく考えてみたら、、、
SNSを“発信”の場としてではなく、ただ“やり取り”の場として使っている。
誰かを想定して書く、というよりは、 もともと関係のある人に届けるために、そこに言葉を置いていただけだったのだと。
ささやかですが、思い知らされた大きな気づきで。
noteで初めて、「誰も私を知らない場所」に“私の言葉”を置いてみたとき、 はじめて自分が、“伝える”という表現の世界に踏み込んだのだと実感しました。
「見えない私」に人格が宿った──匿名noteで感じた、ことばの生き方
私は、長年リアルの現場で人と向き合ってきました。 本名で、顔を出して、信頼関係を築いて、セラピストとして活動してきました。仕事で顔出しするのは当たり前のことです。
だからこそ、顔出しをしないnoteに対して、最初はどこか不安もありました。 「見えない自分」で人と関われるんだろうか? 「匿名の私」が伝えられることって、あるんだろうか?
でも、書きながら気づいたのです。
「ことばだけでも、“私”はちゃんと生きていたんだ」と。
むしろ、ことばだけで表現しようとしたからこそ、 余計な飾りを取り払って、“自分の声”と向き合うことができたのかもしれません。
それがなんともいえず自由だし心地よさも感じています。
私は「リアルどっぷり」との間にいる。
SNSで“生きている”noterさんたちを見ていると、
その言葉には確かな人格が宿っていて、
まるでそこに「もうひとつの人生」があるようです。
私は、そこまでは踏み込めていない。
でも、完全にリアルだけでもない。
きっと──
「リアルで根を張ってきたけれど、
今、オンラインでの人格にこっそり枝を伸ばそうとしている」。
そんな位置にいるのだと思います。
リアルな私もいるし、
リアルではまだ見つけていない私も、ここにはいる。
それはとても不安定で、でもどこか、希望のある位置です。
おわりに
人格が宿る場所としてのnote
私は、noteを始めてから、 「自分をどう見せるか」よりも、「自分をどう整えるか」に意識が向くようになりました。
ことばの選び方。感情の扱い方。共感ではなく、自分自身との対話。
そのプロセスすべてに、人格があらわれている気がするんです。
noteに書いた文章を読み返して、 「ああ、私は今、ここで生きている」と感じられること。
それは収益化のため以上に、私にとって大きな変化でした。
名前や顔がなくても、私はここにいる。
ことばの人格として、静かに暮らし始めている。
そんな、新しい生き方の始まりを、これからも記録していこうと思います。
えくたる
#えくたるnote #共創 #ことばで整える #note収益化 #自分の言葉を信じる #書くことで生きる #働き方の再構築
【次回予告】
→「第13話:自分の感性を守るということ」
noteとAIとともに書き続ける中で、私が向き合ってきた「ことばの違和感」について。
5月27日(火)21:00ごろ公開予定です。
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