希望に溢れた歌詞でさえも俺を傷つける
最近、自分が傷つく瞬間をまざまざ感じる。
夏の暑さで汗をかき、腕の関節部が荒れて変色してしまったのだが、それを見て不意に「きったね!」と言われた時。
相手は悪意があって言ったわけではなく、むしろおどけるように言って、遠回しに「気にならない」と伝えたかったのだろうだが、コミュニケーションとして成立する前に傷ついてしまった。
車で事故を起こした時、詳しい状況を聞く前に親から非難され、「ああ、この人はこういう人だったな」と再確認すると同時に、慰めの言葉を期待していた自分の浅はかさに傷ついた。
他にも分相応に、時に分不相応に傷つくことが多い月だったように感じる。分不相応な傷つき方というのは、自分の自己肯定感の高さが生み出した怪我のことを指す。無駄に高いプライドのせいで、高所から落ちた時の怪我が絶えない。
そして、自分の傷つく原因が他人とのコミュニケーションの中で生まれる不和だと勝手に勘違いして、人と距離を取り、その結果孤独を勝手に感じ、自滅していく。
話がまとまらないが、こうして自分の脆さや醜さを文章として残すことで、自分の高いプライドを意識的に下げ、落ちた時に痛くないように励みたい。
