* Column:スピリチュアルジャズって何? - カマシ・ワシントン以降、多用されるキーワード”Spiritual Jazz”のこと(20,000字)
00年代の始めごろの僕は、家ではロックやテクノやヒップホップも聴きながら、クラブにもたまに行きながら、大学の近くのジャズ喫茶に通ってはジャズを聴いていた。ジャズ喫茶の店主と仲良くなってからは、レコード屋に行っては、ジャズを買い、ジャズ喫茶に持っていって聴かせてもらったりしていた。もちろん、レアグルーヴも聴いたし、ブルーノートもプレステッジも、フリージャズもヨーロッパジャズも聴いた。その中で、ジャズ喫茶の店主やお客さんとの会話が最も盛り上がるのが、インパルス期のジョン・コルトレーン周辺のミュージシャンのフォロワーによるジャズを中心とした《スピリチュアルジャズ》と呼ばれていたジャズだった。
ジャズ喫茶で親子ほど歳の離れたジャズリスナーたちの話を聞きながら、クラブシーンで再評価されたファラオ・サンダースをはじめ、ストラタ・イーストやニンバスやブラックジャズをジャズ喫茶のシステムで聴いたものだ。
70年代のスウィングジャーナルのバックナンバーを見てみるとわかるように、スピリチュアルジャズだけではなくロフトジャズもフリージャズも当たり前のように取り上げられていたし、日本盤も出ていた。その上、そういった音楽性のアーティストがベイステイトやホワイノットといった日本のレーベルから日本制作でレコードを出していたりもしたし、そういったものに呼応するような日本人のジャズもそれなりの評価を受けていて、ジャズ喫茶では割と人気もあったようだ。だから、スピリチュアルジャズもロフトジャズも当時のジャズリスナーにとって、かなり身近なものだったようだ。
僕にとってのスピリチュアルジャズは、その暑苦しく、攻撃的な音楽性とは真逆で、歳上のジャズファンと、僕のようなヒップホップ/クラブ以降のジャズ・リスナーを繋いでくれる最もフレンドリーなジャズだったと言えるかもしれない。
ちなみにそれらはリアルタイムのころにはスピリチュアルジャズとはまだ呼ばれていなかったようで、どうやらクラブカルチャー以降に付けられた名前だと僕は後から知ることになる。
90年代以降に再評価されたスピリチュアルジャズはクラブシーンからの要請で盛り上がったものだったからだ。

■DJとレコード・コレクターとクラブ・シーンの用語
◎アシッドジャズとスピリチュアルジャズ
もともとジャズDJたちがダンスミュージックとしての価値を発見して、クラブでかけ始めたのをきっかけに、1990年にアシッドジャズとも関わりの深いUKのサックス奏者コートニー・パインが『Songs From Our Underground』でファラオ・サンダースの「You've Got To Have Freedom」をカヴァーしたり、アシッドジャズのガリアーノが1992年に『A Joyful Noise Unto The Creator』でファラオ・サンダースの「Prince of Piece」を参照したりみたいな経緯が積み重なったことでコルトレーンのバンドのサックス奏者だったファラオ・サンダースが神格化されていったことがこのカテゴリーの最重要ポイントだろう。
(ちなみにガリアーノのロブ・ギャラガーは、後にトゥー・バンクス・オブ・フォーを結成して、スピリチュアルジャズっぽいクラブジャズ曲を作ったりも。)
例えば、1991年にリリースされたコンピレーション『Red Hot On Impulse!』はクラブ以降のスピリチュアルジャズ目線で選曲されているもので、アリス・コルトレーン、ファラオ・サンダースがメインで、全11曲中、アリスが3曲、ファラオが3曲と二人で半分以上、あとは各アーティスト1曲づつなので、この2人だけが別格の意味を持っていたことがわかる。それまでのジャズ内ではジョン・コルトレーンやマッコイ・タイナー、エルヴィン・ジョーンズ、アルバート・アイラーなどがインパルスの重要盤だと思われていたが、クラブシーンでは全く違う価値体系が生み出されていたと言える。
ファラオ・サンダースはその再評価を引っ提げて、再び表舞台へ返り咲き、ヴァーヴからメジャー再デビューし、『Message From Home』『Save Our Children』をリリースしたりも。90年代にはちょっとしたファラオ・ブームが起きていたわけだ。
◎スピリチュアルジャズのトレンドとレコードの希少性
ファラオ・サンダースに関しては、彼がストラタ・イースト、インパルス、テレサ、インディア・ナヴィゲーターに残していたレコードの多くが多少レアで、希少なレコードを探していたDJやコレクター心をくすぐるものであったことも理由にあるだろう。そもそも政治的な内容やなかなかに濃厚な音楽性で、さらに言うとジャズにロックやファンク、ディスコが入り込んできてセールス的にはフュージョンが盛り上がっていた時代だったわけで、スピリチュアルジャズがビジネス的には難しいカテゴリーでもあったのは間違いない。どう考えても発売当時、多くの作品はセールス的にはそこまでではないだろう。
例えば、ファラオ・サンダースは『Love Will Find A Way』でディスコに接近し、ディーディー・ブリッジウォーターは『Just Family』でフュージョンをやった。ザ・ファラオスというスピリチュアルジャズ系のバンドは音楽性を転換し、アース・ウィンド&ファイアになった。そんな時代ゆえにスピリチュアルジャズと呼ばれる多くのレコードがメジャーではなく、インディーレーベルや自主制作でリリースされている。その代表がストラタイーストやブラックジャズ、トライブ、ニンバスあたりで、それらはそもそもレコードを大量に作ってもいなければ、ヒットも出していなかった。だからこそ、20年の時を経て再評価されたときには入手が難しいものになっていて、中古の価格も上がっていたわけだ。DJはそんな入手が容易ではないレコードを探してきて、クラブでプレイするゲームという側面もあった。
つまり多くのスピリチュアルジャズのレコードはファラオのレコード同様にDJやレコードコレクターとの相性が良かったことが、ヒップホップやレアグルーヴをはじめ、レコードを中心にしたクラブカルチャーが形成されて行った時代の状況とうまく噛み合ったことで、人気を得ていったのだろう。スピリチュアルジャズが特に支持されたのがUKと日本であったの、USよりも中古レコード市場が発達していたことや、それがDJとも密に繋がっていたことが理由ではないかと思う。そんなレコード市場の環境や時代の状況とたまたま合致したことのだ。
■スピリチュアルジャズとコンピレーション
そのレコード市場との親和性に関しては、スピリチュアルジャズがコンピレーション盤がリリースされることで、浸透していったこととも繋がってくる。
◎ソウルジャズ・レコーズ/ユニバーサル・サウンズ
中でも最重要なのが、DJ向けのレコードをたくさんリリースしていたUKのレーベルのソウルジャズ・レコーズ/ユニバーサル・サウンズで、そこからリリースされた大量のコンピレーションがスピリチュアルジャズを広めていった。
1994~1995年にリリースされた『London Jazz Classics』のvol.1~3にストライ―ストのビリー・パーカーズ・フォース・ワールドやハンニバル・マーヴィン・ピーターソンが入っていたのあたりが出発点だろう。つまりロンドンのジャズDJたちの定番曲の中にそういったスピリチュアルジャズの楽曲が入っていたということになる。
そこからは怒涛のリリースが続く。
1995年の『Universal Sounds Of America』『Soul Jazz Love Strata East』
1996年の『The Best Of Black Jazz Records 1971-1976』『The Best Of Doug Carn』『Message From The Tribe (An Anthology Of Tribe Records: 1972-1976)』
1997年の『Strata-2-East 』
2005年の『New Thing!』
2009年の『Freedom Rhythm & Sound - Revolutionary Jazz & The Civil Rights Movement 1963-82』
2014年の『Black Fire! New Spirits! Radical And Revolutionary Jazz In The U.S.A. 1957 - 1982』
ある意味では、スピリチュアルジャズの存在をここまで大きくしたのはソウルジャズ/ユニバーサル・サウンドだと言っても過言ではないだろう。
そういった動きに対して、日本でも若杉実が編纂した1997年のコンピレーション『Vibes From The Tribe』など、UKに追随するような音源も順次リリースされてきた。
そして、その後、ストラタ・イースト、ブラックジャズ、トライブ、カタリスト、ニンバスなど主要レーベルが作品単体で再発されるようになり、数々のレア盤が次々にCDになっていった。
ソウルジャズからリリースされたアート・アンサンブル・オブ・シカゴ、スティーブ・リード、マーカス・ベルグレイブ、バイロン・モリス&ユニティなどが話題になったりしたが、それもあくまで一例に過ぎず、そのリリースは枚挙に暇がないほどだ。
◎日本のスピリチュアルジャズ
進んだ発掘は日本のジャズにも及んだ。スピリチュアルジャズの日本版として、板橋文夫や、森山威男、土岐英史などにも目が向いたことが、日本のジャズの魅力の発見に繋がったことは、特筆すべき。クラブミュージックとしての日本版スピリチュアルジャズとして(ファラオ・サンダースとも共演した)SLEEP WALKERのようなグループがいたことも加えておくべきだろうし、DJ目線で日本のジャズを選曲した『渋谷ジャズ維新 Shibuya Jazz Classics』シリーズなどを契機に日本のジャズのCD化がどんどん進んだことで日本産スピリチュアルジャズの認知度も上がっていった。日本でもDJやコレクター主導でスピリチュアルジャズの再評価が進んでいた。
◎ジャズマン・レコード
さらに、UKのJAZZMANレーベルが『Spiritual Jazz』というコンピレーション・シリーズをスタートし、USだけでなく、世界中のジャズの中から、彼らが考える「スピリチュアルジャズ」を提示している。
第一弾は2008年の『Spiritual Jazz - Esoteric, Modal And Deep Jazz From The Underground 1968-77』。
このコンピレーションは好評を博し、現在も出続けていて、最新版は2018年の『Spiritual Jazz Vol.8 Japan: Parts I & II』で、つまり日本のスピリチュアルジャズだったりもする。
◎日本のレーベルによるコンピレーション
他には日本リリースものもいろいろあって、Kyoto Jazz Massive選曲よるニンバス・レーベルのコンピ『DAY DREAM~A Collection of Black&Spiritual Jazz from Nimbus Recordings』やインパルス・レーベルのコンピ『Kyoto Jazz Classics Presents Succession Of Spirit (A Collection Of Spiritual Jazz Jams From Impulse!)』とか。
日本でスピリチュアルジャズをかけるイメージがあるDJ/プロデューサーといえば、沖野修也、松浦俊夫、井上薫、CALM、Nujabesあたりだろうか。彼らは自身の作品でもスピリチュアルジャズからサンプリングしたり、カヴァーしたり、インスパイアされたりしている。あと、特別枠でヤン冨田と竹村延和。
様々なDJがブラックジャズ・レーベルをミックスした『THEO PARRISH'S BLACK JAZZ SIGNATURE』『Gilles Peterson - BLACK JAZZ RADIO』『MURO - KING OF DIGGIN' "DIGGIN' BLACK JAZZ"』みたいな企画ものもある。日本制作でUSスピリチュアルジャズをレコーディングしていたベイステイト・レーベルの音源の『Freedom Jazz - Baystate Spiritual Jazz Collection』なんてのもあるし、飛び道具だとカフェ・ミュージックでお馴染みの橋本徹による超軽めの音源のみでキレイ目ピアノ&チル系の選曲の『Jazz Supreme: Spiritual Waltz - A - Nova』なんてのもある。
◎BGPによるコンピレーション
UKのジャズやレアグルーヴ系の老舗レーベルのBGPが出している2010年の『Loud Minority-Deep Spiritual Jazz from Mainstream』だとメインストリーム・レーベルの音源を、2013年の『Liberation Music: Spiritual Jazz And The Art Of Protest On Flying Dutchman Records 1969-1974』だとフライング・ダッチマン・レーベルの音源を集めたコンピレーションをリリースしている。
ここで面白いのが、BGPが2016年に『CELESTIAL BLUES ~ COSMIC, POLITICAL AND SPIRITUAL JAZZ 1970 TO 1975』というコンピも出しているのだが、こちらはプレスリリース的な商品テキストにカマシ・ワシントンやブレインフィーダーの名前があり、『The Epic』の成功がスピリチュアルジャズへの注目のきっかけになっているのがよくわかる。
" Progressive jazz from the 1970s: music which has influenced Kamasi Washington and the Brainfeeder crew. "
近年だと前述の2017年のSoul Jazzからの『Soul of a Nation: Afro-Centric Visions In The Age Of Black Power』は決定版的な選曲だが、敢えてスピリチュアルジャズの定番曲を改めて選曲したのは「カマシ・ワシントン以後」の影響もあるのかもしれない。
2018年にはその続編『Soul of a Nation 2 Jazz is the Teacher, Funk is the Preacher: Afro-Centric Jazz, Street Funk and the Roots of Rap in the Black Power Era 1969-75』も出ている。
カマシ・ワシントン以降、スピリチュアルジャズに関する記事が増えているので、その影響は間違いないろう。
ちなみに、カマシ・ワシントン以前、これらはただのコンピレーションではなく、マニアックで、レアで、なかなか手に入らないレコードの中に収録されている曲をコンピレーションとして、DJやコレクターのために提示することも一つの目的になっている。レコード市場との密な関係の中で行われる発掘や再発、コンピレーションのリリースがこのカテゴリーを後押ししていた。
そして、そういったレコード市場の事情はクラブシーンのアーティストにも共有されていく。
■ヒップホップ/クラブシーンからのフックアップ
2001年にはポストロックやエレクトロニカをリリースしていたシカゴのレーベルのヘフティがフィル・ラネリンをまとめて再発し、プレフューズ73やテレフォン・テル・アヴィヴがフィル・ラネリンをリミックスした『Remixes』を出したことで、トライブの知名度は一気に上がったことがあったが、これもレコード市場からの事情と無関係ではないはず。
◎デトロイトテクノとスピリチュアルジャズ
デトロイトテクノ周辺ではカール・クレイグが2003年の『Detroit Experiment』や、2009年のトライブ『Rebirth』といった作品で、フィル・ラネリンやウェンデル・ハリソン、マーカス・ベルグレイヴなど、トライブ・レーベル周辺のデトロイトのスピリチュアルジャズ・レジェンドを起用した。
LAではもともとビートメイカーとしてWhat's The Science?名義でリリースした「Freedom」という曲でファラオ・サンダース「We've Got To Have Freedom」をサンプリングした過去を持つカルロス・ニーニョがスピリチュアルジャズ・バンドのビルド・アン・アークを結成。2004年の『Peace With Every Step』をはじめとした諸作でネイト・モーガンやドワイト・テリブル、フィル・ラネリンら、西海岸~デトロイトのレジェンドを数多く起用したりしながら、ファラオ・サンダースやフィル・ラネリンの名曲をカヴァーしたりしながらリスペクトが捧げてきた。
2006年にはオランダのキンドレッド・スピリッツから『Free Spirits Vol. I』『Free Spirits Vol. II - For JC - Love Is Supreme』というスピリチュアルジャズのコンピレーションがリリースされた。ビルド・アン・アークもリリースしていたこのレーベルは『Sun Ra Dedication: The Myth Lives On』というサン・ラのトリビュート盤を出したり、キンドレッド・スピリッツ・アンサンブルというバンドを作り、コルトレーンやファラオのカヴァーを中心にした『Love Is Supreme』というアルバムをリリースしたり、サン・ラやハンニバル・マーヴィン・ピーターソンなどの再発をしたりもしていた。ヨーロッパのクラブシーンではこういう形でスピリチュアルジャズを取り上げる動きは定期的に出ていた。
マッドリブが2010年にリリースした『MEDICINE SHOW #8: ADVANCED JAZZ』では、マイルスや、ミンガスと同じ地平で、フィル・ラネリンやファラオ・サンダースへのオマージュをささげた曲があったが、それはそういった流れの延長にあるものだろう。
◎USでは使われない言葉”スピリチュアルジャズ”
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