interview Ami Taf Ra:北アフリカ・アラブの偉大なシンガーを語る(9,500字)
アミ・タフ・ラの音楽は実に興味深い。夫でもあるカマシ・ワシントンと作り上げたのはカマシの手によるパワフルなスピリチュアルジャズや荘厳なストリングスに、アミ・タフ・ラが持っている独特な旋律や歌唱が噛み合った独自の音楽だ。
モロッコ出身のアミ・タフ・ラはモロッコを中心に北アフリカや中東の様々な音楽からの影響を消化している。例えば、「Gnawa」はモロッコのグナワ音楽からの影響を反映したものだ。そういった非西洋的な要素が自然に溶け込んでいることが彼女の音楽を特別なものにしている。では、その彼女の音楽の中心にあると思われる北アフリカや中東の音楽とはどんなものなのだろうか。
前回の取材では彼女のアルバム『The Prophet and The Madman』を読み解くためにレバノン出身の詩人ハリール・ジブラーンのことを掘り下げた。ここでは彼女が聴いてきて、影響を受けてきた北アフリカや中東のシンガーについて話を聞いた。
彼女の影響源がわかれば、『The Prophet and The Madman』をもっと深く聴けるようになるはずだと思ったからだ。

取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 現場通訳:渡瀬ひとみ
協力:ブルーノート東京
◎ モロッコの言葉
――今日はご自身のルーツについて詳しく聞けたらと思っています。まず、Amiさんはモロッコ出身ですが、その出自は音楽家としての自分にどのように影響していますか?
影響はとても大きいです。私は子どもの頃にモロッコを離れて、ヨーロッパで生きることになりました。その「移住の経験」そのものが、私の音楽のストーリーテリングに強く影響しています。 曲を書くときは、自分の過去について書くことが多いですし、母が家族を残して、私たちのためにより良い未来を探して旅立った、その道のりについて書くこともあります。
アルバム『The Prophet and The Madman』に収録している「Gnawa」は、まさに母の物語、そして移民たちの物語から生まれた曲です。故郷を離れ、より良い未来を求めて旅をする人たちの話なんです。
音楽的な影響で言えば、私がメロディをどう解釈して歌うか、その歌い方自体が北アフリカや中東の地域から強く影響を受けています。アラブ音楽にはクォータートーン(微分音)があって、私の歌にも自然とそれが入ってきます。
物語の面でも、音楽的にも、それは私のアイデンティティなんです。Ami Taf Raの音楽を聴けば、私の背景や物語が自然と伝わると思います。モロッコは、私の音楽のとても大きな部分を占めていますね。
――モロッコには、モロッコ独自の言語や方言がありますよね。アラビア語もモロッコ特有のものがあると思います。そうした言語の違いは、音楽にも影響していると思いますか?
モロッコにはいくつもの方言がありますし、実は言語も複数あります。私はアラブ系モロッコ人のバックグラウンドですが、モロッコには先住民の言語もあります。私の家族はそれを話しませんが、血の中には確かにその背景が流れています。
中東にもさまざまな方言がありますが、モロッコの方言は特に難しいと言われています。私たちはシリアやエジプト、サウジアラビアの人たちの言葉は比較的理解できます。彼らの方言は、古典アラビア語に近いからです。でも、モロッコ方言はそこからかなり離れているので、他の地域の人には理解しづらいんです。
私は幼い頃から、中東のさまざまな方言を身につけたいと思っていました。そのために、アラブ音楽をたくさん聴きましたし、映画やトークショーなどのテレビ番組もよく観ていました。
『The Prophet and The Madman』では、「Gnawa」はモロッコ方言で歌っていますし、「Love」は古典アラビア語で歌っています。このアルバムでは、二つのアラビア語の形を使っているんです。
――その二つの違いを、言葉で説明するとどんな感じでしょう?
基本的には、単純に方言の違いです。ただ、その違いはよく冗談のネタにもなります。たとえば「元気?」という言い方ひとつでも、アラブ世界の多くの国では「ケイファ・ハール(Kayfa hal)」と言いますが、モロッコではまったく違う言葉になります。
正確な歴史は私も詳しくはわかりませんが、モロッコ方言は、アラビア語由来ではない言葉も多いんです。私たちは西アフリカ、北西アフリカに位置しているので、ナイジェリアやマリなどからの影響も大きいのだと思います。そこが、大きな違いですね。
◎ モロッコ人アーティストからの影響
――さきほどグナワの話も出ましたが、実際にモロッコに住んでいた経験の中で、特にご自身に影響を与えたモロッコの音楽やアーティストがいれば、聞かせてください。
・サミーラ・サイード(Samira Said)
モロッコには素晴らしいアーティストがたくさんいます。まず サミーラ・サイード(Samira Said)。彼女は、おそらくモロッコ出身のアーティストとして初めて、他のアラブ諸国でも大きな成功を収めた存在です。ポップとクラシックの両方を歌えるシンガーですね。彼女は、基本的にはポップ・アーティストですが、クラシックも非常に得意です。声は軽やかで明るく、その“ライトな響き”をとても上手く使います。
・ラティーファ・ラーファト(Latifa Raafat)
それから ラティーファ・ラーファト(Latifa Rafat)。彼女はモロッコのフォークロア音楽を見事に歌います。クラシックも歌いますが、「シャービ(Chaabi)」という、モロッコではとても重要なジャンルを得意としています。彼女の特徴は感情の表現力です。メロディの中で、感情をとても深く、はっきりと アーティキュレーション(表現)することができます。
・ナジャート・アタブー(Najaat Atabou)
そして、私がいちばん好きなモロッコの声は ナジャート・アタブー(Najaat Atabou) です。彼女の声は、世界中どこを探しても聴いたことがないような、唯一無二のものです。とても力強くて、高音が鋭く突き抜ける声なんです。彼女はシャービのシンガーで、フォークロアの歌い手です。彼女の声を聴くと、アトラス山脈の出身だということがすぐにわかります。彼女が私のお気に入りなのは、彼女こそが「モロッコの音」そのものだからです。アフリカ的な要素とアラブ的な要素、その両方を完璧に体現しています。そのミックスされた感覚こそが、彼女の声の本質なんです。
アムステルダムで彼女のコンサートを観たことがあるんですが、王立コンサートホールでマイクを使わずに歌っていたんです。それでも圧倒的な音量と存在感があって、本当に強烈でした。ナジャート・アタブーは最高のシンガーです。
――では、シンガーとしてのAmiさんに伺いたいんですが、モロッコのシンガーたちには、歌唱法や表現のやりかたの面で「モロッコらしさ」のような特徴はありますか?
モロッコにはさまざまなジャンルがあります。さきほども触れた シャービ(Chaabi) は、よりフォークロア寄りの音楽で、シャービ特有の歌い方があります。
それから グナワ(Gnawa)。このジャンルの歌い方は、マリなど西アフリカの音楽に近い感覚があります。モロッコのグナワの歌唱は、マリ音楽の影響がはっきり感じられます。
また、古典アラビア音楽を歌うシンガーもいます。これはエジプトやシリアの古典音楽に近いスタイルで、ウンム・クルスーム(Oum Kalthoum) や ワルダ(Warda)、アスマハーン(Asmahan) の系譜に連なるものです。日本にも、きっとさまざまな歌い方や声のタイプがあるでしょう? モロッコも同じなんですよ。
◎ フェイルーズ(Fairuz)からの影響
――モロッコ以外のシンガーで、Amiさんに影響を与えた人たちについても聞かせてもらえますか?
アラブ世界全体で見たときに、いちばん私に影響を与えた声は フェイルーズ(Fairuz) です。彼女はレバノン出身ですが、私の表現の仕方ととても近いものを感じています。フェイルーズは、ジャズとアラブ音楽を結びつけた最初期の存在のひとりでもあります。西洋の音楽要素をアラブ音楽の中に自然に取り入れた人なんです。
私はティーンエイジャーの頃から、フェイルーズの音楽をたくさん聴いていました。北アフリカ出身でありながら、ヨーロッパで育った自分自身の立ち位置を、彼女はまさに体現しているように感じたんです。アラブ音楽の中で、アーティストとして、クリエイターとして、いちばん自分に近い存在はフェイルーズでした。
それから、彼女の息子であり、アレンジャーであり作曲家でもあった ジアド・ラハバーニ(Ziad Rahbani) の存在もとても大きいです。彼は母親のために多くの楽曲を書き、ジャズの要素をフェイルーズの音楽に取り入れた張本人です。いつか彼と一緒に仕事をするのが夢でしたが、彼は数か月前に亡くなってしまいました。今でもフェイルーズとジアド・ラハバーニは、私にとって最も大切な音楽家たちです。
――フェイルーズは、北アフリカや中東の人たちにとって、どんな存在なんでしょうか?
ここから先は
このnoteの執筆や編集の費用や通訳への支払いなどは皆さんの記事購入で賄っています。制作費用のサポートをお願いします。
