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interview Isaiah J. Thompson:アフリカ系アメリカ人による"キリスト教とジャズ"の現在地(17,000字)

アイザイア・J・トンプソンが出てきたときに思ったのはウィントン・マルサリスのところからまたすごいのが出てきたなってことだった。ストライドピアノから現代までをさらっと弾きこなすとんでもないテクニックに驚いたものだ。

しかし、そこからアルバムを出すたびに変化していった。コルトレーン的な(スピリチュアルな)ジャズになったかと思えば、キリスト教をテーマにめちゃくちゃ深い作品を作ったりもした。もはやそのテクニックには耳が向かなくなっていた。

そのキリスト教をテーマにした作品が『The Book of Isaiah:Modern Jazz Ministry』だ。

このアルバムが面白いのは我々が何となく想像する「黒人のキリスト教=ゴスペル」みたいなイメージとは異なる音楽になっているところだ。

どうやらアイザイアはプロテスタントとかカトリック、バプテストとかペンタコステといった宗派に囚われていないようだし、非常に興味深いキリスト教の信仰の形をとっているらしい。そんな宗教観も反映されていることもアルバムの深みに繋がっているようだ。

ゴスペル出身のミュージシャンたちがジャズシーンを席巻してからずいぶん経ったが、実は近年、それとは別にキリスト教への信仰を音楽にも反映させるミュージシャンが増えてきた。ジョエル・ロスやポール・コーニッシュらはキリスト教への信仰をポジティブに奏でてきた。このアイザイアのアルバムもその流れに位置付けられる作品と言っていいだろう。

このインタビューはそんなシーンの流れを理解するうえでも貴重な話になったと思う。

取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 通訳:丸山京子 | 協力:Cotton Club

https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/isaiah-j-thompson-260721/

◉ 影響源:ピアニスト 

――特に研究したピアニストを教えてください。

 最初に好きになったジャズピアニストはオスカー・ピーターソン。彼は、その良さがわかりやすいというか、曲を聴けば誰もが —— 特に演奏し始めたばかりの者は、その技巧に惹かれる。
 
その一方で、若くて未熟な僕には、セロニアス・モンクの良さを理解するには時間がかかった。後になれば、モンクもオスカーとは対極の、違うタイプの天才なんだと理解したけどね。
 
他にも、オスカーに近いタイプではフィニアス・ニューボーン・Jr、僕が生涯を通じても好きなピアニスト、偉大なマッコイ・タイナーなどは研究したよ。そしてデューク・エリントン。言葉がないくらい、あらゆる意味で最高峰だ。誕生日も一緒だし!  

――フィニアス・ニューボーンに捧げた曲を書いてたりもしますよね。 

ああ。でも決して「僕が書いた」なんて言えないよ。僕は拝借させてもらっただけ。〈Oleo〉という曲で彼が弾いたソロのワンフレーズが印象的だったので、書き留めておき、それを使わせてもらった。だから実際にあれを書いたのはフィニアスさ。

フィニアスはとんでもないヴァーチュオーゾなんだ。それに、音楽を心から愛していることが伝わってくる。ジャズ、クラシック…その時に練習し、研究していたことを自然と作品に取り込んでいるのがわかる。〈Blues for the Left Hand Only〉なんていう曲があるくらい、左手の使い方の巧みさにはすごいものがあった。オスカー・ピーターソンやフィニアス・ニューボーン同様、間違いなくアート・テイタムの系譜のピアニストで、「どうすればこんなことが可能なんだ?」と思わされる。でも同時に「人間にはここまでできるんだ」という可能性を教えてくれるんだ。最初、聴いただけじゃ「こんなの無理だ」と思う。でも深く知っていくと「いや、可能だ。ただもっと練習しなきゃだめなんだ」と思い知らされるのさ。

◉ 影響源:作曲家

――次は特に研究したコンポーザーを教えてください。

 特に好きだったのは、シダー・ウォルトン。彼の作曲法には抗いようのない魅力がある。R &Bを思わせるが、同時に紛れもなくジャズだってところが好きだよ。
 
デューク・エリントンの話はすでにしたけど、コンポーザーとしても最高峰だったと思う。
 
他にもホレス・シルバーメアリー・ルー・ウィリアムズも大好き。メアリー・ルー・ウィリアムズは演奏も作曲も本当に素晴らしいよ。

あとはチャールズ・ミンガス。もっと評価されてしかるべき存在だと思う。ジャズ作曲家の中で、彼ほど初期のジャズやブルース、アヴァンギャルド、ビバップまで、ジャズの歴史そのものをその作品に取り込んだ人はいなかったんじゃないだろうか。
 

――シーダー・ウォルトンなら、例えばどんなアルバムが好きですか?

コペンハーゲンの Club Montmartreでのライヴ盤(『First Set』『Second Set』『Third Set』)だ。ボブ・バーグ、サム・ジョーンズ、ビリー・ヒギンスという最高のラインナップで、〈Holy Land〉をはじめとした彼の代表作が全部収められている。シダーを聴き始めたばかりの頃、あの3枚はすり減るくらい、聴いて聴いて、聴き倒したよ。

――メアリー・ルー・ウィリアムスはどうですか?

 ビバップ以前の時代から、その後の時代まで演奏し続けた人たちの存在は、どんな時も忘れてはならないと思うんだ。メアリー・ルー・ウィリアムズも、ストライドピアノの時代からやってた人だ。ビバップ以前のスイング期から活動を始め、セシル・テイラーとデュオで前衛的なことをするところまで行った。そんな例は滅多にない。彼女はその後のジャズに大きな影響を与えただけでなく、その後に起こった変化から逆に影響も受けている。たとえば、デューク・エリントンやメアリー・ルーを聴くと、マッコイ・タイナーが聴こえることがある。当然、マッコイのほうが後の世代なのに、そう感じられるのが面白いなと思う。だから長い歴史を生きてきたミュージシャンを聴くのが好きなんだ。彼らの音楽には、ジャズの歴史すべてが刻まれているわけだからね。

◉ ジュリアードでの経験

――ジュリアードではどなたに師事されましたか?
 

大勢に師事したよ。確かケニー・バロンに教わった最後の学年だったと思う。それが1年目。その後、数年前に亡くなったフランク・キンブロー、それとテッド・ローゼンタール、ジャズ・アット・リンカーン・センターで活動してるダン・ニマーにも教わった。

――その時に言われた言葉で、そこで学んだことで印象に残っていることはありますか?

たくさんあるけれど、彼らはとても忍耐強かった。僕には理解できてないことがたくさんあってね。だってまだ18歳だからさ。先生たちも「30歳くらいになった時に、ああそういうことか」とわかることを見越してたんじゃないかと思う。実際、そういうことだらけなんだ。
 
さっきも話したけど、セロニアス・モンクを好きになったのもケニー・バロンのおかげ。当時、僕はスタンダードを演奏していたものの、どこかピンとこないままだった。そんな時、ケニーに「モンクは好きか?」と聞かれ、未熟な僕は「あまり好きじゃないです」と答えたんだ。すると「じゃあ、この曲を覚えてごらん」「次はこれ」と勧められるままに聴き、気づけばモンクの作品を学んでいた。それは当時自分自身が思っていた以上に、僕を大きく変えてくれたんだと今になって思うよ。

――ちなみにジャズをやる前、クラシックをやっていたのですか?

 いや、学んでいたとまでは言えないかな。本格的にいわゆるクラシックを本格的に学んだ友人もいるけど、僕はそこまで学んでいない。親に音楽学校へ通わされ、バッハやクラシック作品には触れてきたが、「クラシックのレパートリーを弾いてきた」と言えるほどではないよ。ジュリアード時代には1学期だけ、クラシックとジャズの授業を掛け持ちで学んだことがある。でも自分をクラシック音楽家だとか、クラシックの訓練を受けた、とは思ってないかな。 

――初めて聴いたときにあまりにピアノがうまいから、てっきり…

 ははは(笑)ありがとう。ジャズを“黒人のクラシック音楽”と呼ぼうと、なんと呼ぼうと構わないが、ジャズにはジャズからでしか学べないものがあると僕は思うよ。オスカーを聴くことでしか、フィニアスやマッコイやチック・コリアを聴くことでしか得られない学び。採譜して、研究して、それを今度は自分の手に落とし込む…。もちろん、チック・コリアを聴いていくうちに「チックが昔クラシックを勉強していた」と知り、そこに遡って学ぶってこともあるだろう。ただ、僕の場合、そうしたことは一度もないんだ。 

◉ 神学大学でキリスト教を学んだこと

 ――さて、ここからは文脈の異なる質問をさせてください。ジュリアードの後、 キリスト教を学ぶ学校のフラー神学大学(Fuller Theological Seminary)に進学した理由を聞かせてください。 

あの頃は僕の人生の中でもとても面白い時期で…初めて本当の意味で、イエス・キリストと出会い、信仰を持つようになったんだ。
 
正直な話をすると、幼い頃から教会には通っていたけど、教会中心の人生だったわけじゃなかった。黒人というと「皆、教会のバックグラウンドがあって、スーツを着て教会に通っていたんだろう」と見られがちだが、それは僕のストーリーじゃなかった。でも後になって信仰と向き合うようになり、もっと深く理解したいと思うようになった。教会に通っていても、何を自分が学び、信じているのかを理解していない人間も多いけど、もし人生をかけて大切にしていくのなら、きちんと理解したい。そんな思いから神学校に進むことにしたんだ。それをどこまで続けるのかは考えていなかった。それは今もわからないよ。でもとにかくもっと神のことを学びたいという気持ちだったんだよ。

 ――牧師になりたいとか、そういうことではなく?

一時期、考えたことはあったよ。でも大切だったのは、自分が何をしたいか、何ができるかではなく、「主は自分に何をしてほしいと望んでいるのだろう?」と祈り、考えることだったんだ。そして得た答えは「今はピアノを弾きなさい」という答えだった。信仰同様、ピアノも日々のものだ。「ピアノを弾き、聖書の言葉を学び、1日1日を生きなさい」と言われたと感じたんだ。

――フラー神学大学では具体的に何を学んだのですか?

認定プログラムがいくつかあったのだけど、僕が受講したのは「神学と芸術」というプログラム。
 
神学と芸術が結びつけて語るとき、多くは「礼拝や賛美(worship)における芸術の役割」がテーマになる。でもそれは単に教会でピアノを弾くという話ではなく、神について語る場面で、音楽がどんな意味を持つのかを考えることなんだ。
 
たとえば『詩篇』(psalm)。詩篇は聖書の中にある詩の集まりのことで、中には歌として用いられていたものもあるんだ。そうした詩が昔はどんなふうに歌われ、どんな意味を持っていたのか、そして現代の自分たちとどう結びつくのか。そんなことを考えるわけだ。実際、聖書には詩的な表現が多く登場するし、詩はある意味、音楽的だ。そんな角度から、神学と芸術の関係を見ていく…こんな説明で伝わるかな?
 

――その大学ではミュージシャン志望の人も一緒に学んでいたんですか?

 僕はオンラインで受講してたんだ。当時は他にもやっていたことがあったので通うのは難しかったし、学校はカリフォルニアで僕はニュージャージーだったのでね。最初から説明しておくべきだったね、ごめん。 

――いえいえ。活動しながらなわけで、そらそうですよね

 でも信仰を持っている友人は大勢いる。ポール・コーニッシュ、ルーサー・アリソンは信者だし、一緒に聖書を学んだり、そういう話もよくしている。

 ――ポール・コーニッシュにインタビューした時も、キリスト教の話になりました。 

だよね

◉ 多宗派共生の大学と無宗派 

――フラー神学大学を調べたらマルチデノミネーショナル(多宗派共生)な神学校だと。その影響は何かありましたか?

そういう学校だったことは良かったと思う。人は宗派の違いにこだわりがちだけど、神様はそんなの気にしてない。そう思わない? 教会に通っていた幼い頃、「教会にはスーツを着ていかなきゃならない、これはこうでなきゃならない」という決まり事が多くて、僕は「なんで?」と思っていた。それでフラーを選んだわけではないけれど、改めて神様と向き合うようになり、帽子やスニーカー姿で説教する若い牧師たちを見て「こっちの方が福音の本質に近づけている」と感じたんだ。
 
だって、福音にとって大切なのは服装じゃなくて、その人の心なわけだから。リラックスした環境の中で、真剣な話をしている、そんな環境がすごくいいなと思ったんだ。何事においても、そういう場を求めているんだよね、僕は。

――少し調べたら、オランダのBimhausでのあなたのコンサートの説明のテキストに「a non-denominational congregation and was baptized in 2022」という文がありました。「無宗派の洗礼を受けたクリスチャン」というのは、どういうことなんでしょう? 

ははは(笑)確かに変わってるよね。ただ、その説明は、当時通っていた教会を説明する文言であって、僕個人の信仰の説明ではないんだよ。「僕は無宗派のクリスチャンだ」というよりは「通ってた教会が無宗派で、2022年に洗礼を受けた」ということだね。

――なるほど。 

無宗派というのは、本来どんな宗派も受け入れるためのものなのに、無宗派自体が一つの宗派の名前のようになってしまっている。そこはおかしいと思ってる。なぜそうなるのか、僕にもわからないんだけど、そういうものなのかもしれない。だからこそ、僕は宗派にはこだわらないんだ。ただ「ちゃんと福音を説いているか?」「そこに違和感はないか?」それだけを見るようにしている。

――今、無宗派の人って増えてたりします? 

そこらへん、なんとも言えないかなぁ。宗派をすごく気にする人もいれば、あまり気にしない人もいる。僕自身もいろいろな教会に通ってみた。妻も福音派やバプテスト派、無宗派、メソジスト派など、あらゆる教会に通ってきた人だ。ただ、はっきりしたことは言えないけれど、僕の世代にはクリスチャンになる人たちが増えている気がする。 

――僕もクリスチャンが増えているのは感じています。だから、今日はこんな話がしたいってのはありますね。

 単に僕たちがそういうことを考える年齢になっただけなのかもしれないけど、テクノロジーやAIが急速に発展する中で、僕と同世代の人たちが様々な根本的な問いを考え始めている。そんな印象があるよ。 

◉ 『The Power of the Spirit』(2023)

――あなたの作品の中にキリスト教的なものが明確に出始めたのは 『The Power of the Spirit』だと思います。でも、その前からもキリスト教的なものは入っていたと思いますか?

すごくいい質問だね。なぜかというと、『The Power of the Spirit』を録音した頃、僕はすでに自問し始めていたけれど、まだクリスチャンではなかった。当時の僕にとっての「The Power of the Spirit」は、もっと一般的な意味でだった。たとえば「元気が出る」とか「今日は気分がいいな」という感覚での spirit のパワーって感じ。特に黒人コミュニティでは、教会の歴史や文化が人の生活に深く根付いているので、宗教的な言葉が日常的に使われる。だから僕も、ごく自然と「The Power of the Spirit」をタイトルに使っていた。
 
その後、教会に通い始め、聖書を読んでいたら「the power of the Spirit (聖霊の力)」という文言が出てきて、初めて気づいた。あれを聖書の頁で目にした時、これは一つの証だと感じた。「ああ、神様によって僕はその頃から何かに導かれていたのかもしれない」と。とても特別な体験だったよ。
 
 振り返れば、偶然だったとも言えるし、何かを探し求めていた時期だったとも言える。少しずつ信仰へ向かう途中にいたんだと思う。なので本当の意味で、 福音について触れた最初の作品は、アルバム『The Book of Isaiah:Modern Jazz Ministry』だっていうことになるよ。

――『The Power of the Spirit』のコンセプトも聞かせてください。

あれを作ったのは18歳の時。僕は自分のカルテットでやりたいサウンドの核心を見つけようとしていた頃だった。シーダー・ウォルトン、セロニアス・モンク、フィニアスなどを聴き、とにかく曲を書いていた。〈The IT Department〉が書けた時には、自分が思い描いていたサウンド、アンサンブルで表現したいことに近づいてきた実感があったのを覚えている。

〈The Power of the Spirit〉もあの頃の自分の経験から生まれた曲だ。当時の僕は、人生の試練を経験していて、それをどう乗り越えていくかということを考えていた。そうした人生の試練や葛藤を見つめる視点から生まれた曲が多いね。

 〈The IT Department〉〈Tales of the Elephant and the Butterfly〉はどちらも「自分は何者なのか」ということを探す曲だし、他の曲もそういう視点の曲が多い。アルバムを貫くコンセプトがあるとすれば、「人が試練をどう乗り越えるか」ということかな。さっきも言ったように、当時は『The Power of the Spirit』というタイトルの「Spirit」が後になって自分にとってこれほど深い意味を持つようになるとは思ってもみなかったんだ。

◉『The Book of Isaiah:Modern Jazz Ministry』(2025)

 ――では、『The Book of Isaiah:Modern Jazz Ministry』のコンセプトを聞かせてください。

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