interview Camila Meza - カミラ・メサ:この世の中の、できる限り最高に美しいバージョンを作り出すことに関しては、誰だって貢献できるはず(14,000字)
※記事に合わせてプレイリストを作ったのでBGMにどうぞ。
2019年10月にヴォーカリストでギタリストのカミラ・メサのインタビュー(2度目)を行った。それは以下のリンクで公開している。
この時は彼女が同年にリリースした『Ambar』についての話をしてもらい、サウンドの話だけでなく、メッセージ性の強い楽曲をカヴァーした意図についても語ってもらった。
彼女の言葉の中では
「政府が真っ先に攻撃するのはいつもアーティストだった。アーティストは真実を語ってしまうし、会話の口火を切ろうとするから。」
という言葉が強く印象に残っていた。
COVID-19禍の自宅で過ごしていた期間中にそのインタビューをウェブにアップしようと思って準備していたときに、その続きのようなインタビューをさせてもらえないだろうかと考えるようになった。
カミラ・メサは以前からインタビューで南米の音楽ムーブメントのヌエバ・カンシオン(Nueva Canción)やトロピカリア(Tropicalia)に関わるアーティストについて語っていただけでなく、2019年10月、Instagramにチリのシンガー・ソング・ライターのヴィクトル・ハラの「El Derecho de Vivir en Paz」という曲を歌う動画をアップしたり、チリで起きた政権に抗議する大規模なデモをサポートするためのドネーション“Los Ojos de Chile” (The Eyes of Chile)をJazz Galleryでやっていた。そういったことについて一度、しっかり話を聞きたいと思ったことが大きかった。
ちなみに僕は2019年のカミラ・メサへのインタビューがきっかけで『Jazz The New Chapter 6』に軍事政権が樹立され、市民への抑圧、アーティストへの弾圧や検閲が行われた中南米の国々でアーティストがどんな表現をしてきたのかをまとめたコラムを書いていた。
チリでは1973年にアウグスト・ピノチェト将軍が軍事クーデターを起こし、軍事独裁政治を開始。そこでは彼らが左翼とみなした学生やアーティストなどを含めた多くの市民が監禁、拷問、殺害された。そのピノチェト軍事政権は1989年まで続いた。ちなみにブラジルでは1964年に、アルゼンチンでも1966年に軍事クーデターが起き、軍事政権が樹立されているし、同じようにペルー、ボリビア、ウルグアイでも軍事政権が樹立された。これらは共産主義政権の樹立を妨害するために裏でアメリカが軍部を支援し、軍事政権を援助していた事情もある。そういった状況下でブラジルではエリス・レジーナやミルトン・ナシメント、カエターノ・ヴェローソ、チリではヴィクトル・ハラなどのアーティストが音楽を通して政権に反発していた。彼らは検閲にあい、弾圧され、亡命を余儀なくされたものもいれば、ヴィクトル・ハラのように処刑されたものもいた。
以前からカミラ・メサにこういった状況を踏まえた上での中南米の音楽についての話を聞きたいと思っていたのもある。その上で、チリの大規模デモがあった際にアクティブに発言し、行動していたことや、そこで音楽がどういう意味を持ったのかについても聞きたいと思った。
それは最終的に、彼女が「自分の音楽の中に込めているメッセージ」についてや、彼女が考える「社会の状況とアーティストの表現の関係」についての話になると思ったのもある。日々に生活や自然の美しさを歌った民謡を採集して、それらをインスピレーションに政治的・社会的な問題へも言及する曲を作りだしたチリの先人たちから連なるアーティストでもあるカミラが考える政治や社会、生活や表現についての考え方についても知りたかったのもある。
今回のインタビューは2020年5月22日に行った。柳樂が質問を作って、それを通訳の染谷さんに渡して、Skypeで直接対話してもらった。染谷さんには質問に入る前に「日本でのアーティストと政治的発言の距離」、「日本でのmetoo」などについてや、この質問は5月の半ばに書いたので、その時期にあった「(検察庁法改正案への抗議運動やそこへの様々な反応など)最近の日本のSNSでの市民の運動について」など、現在の日本の状況についても伝えてもらった。
metooの話を伝えたのは、今まで僕が彼女に聞いてこなかった女性としての立場での話も聞きたかったからだ。このインタビューは彼女が影響を受けたと以前に語っていた様々なアーティストについて解説してもらうような質問で構成されているが、その人選や質問文の中にそういった意図を入れた。そもそもカミラ・メサが様々な女性アーティストへのリスペクトを度々語ってくれる人だったのもある。
彼女はその質問前の言葉にも真剣に耳を傾けてくれて、その上で「まず私の場合について説明しますね」という言葉から話し始め、ロングインタビューにじっくり答えてくれた。
質問作成:柳樂光隆 通訳・Skype取材:染谷和美 協力:CORE PORT
■カミラ・メサの「自分なりの考え」
私の場合は自分の国の政治の歴史に何らかの形で興味を持たない方が難しかった。独裁政権下で育って、まだ子供だったから具体的に起こっていることは理解していなかったにしろ、思想の弾圧、恐怖による支配、それが17年も続いたのだから、いつの間にか市民の心理に刷り込まれて当然のものになっていたことは、子供心にも大人達や社会全体の様子から感じていた。抑圧、というやつですね。事によっては面倒だから語らないようにしていたり、あるいは政治科学を勉強したわけでもない自分が世の中に対して物申す立場にはないと諦めてしまっていたり。私はそれに対して、かなり早くから反発を覚えていた。音楽に入れ込んだのもそんな抑圧から逃れたかったからだと思う。
特に、チリの60年代、70年代のフォルクローレ・ミュージック。私、ヴィクトル・ハラというシンガーの曲をいくつもカバーしているんだけど、彼の歌は正にそういった力に対する思いを一般大衆に意識させる役割を果たしていたんですよね。権力の現状を良しとしない、という思いを。結果、悲劇的にも彼は独裁政権によって殺害された最初のアーティストのひとりになってしまうんだけれど、それも含めて彼はチリのみならず南米にとって非常に象徴的な人物になった。南米にはよく似た政治的苦境にあった国が多いから、ブラジルやアルゼンチンにも権威的な力に対して声を上げたアーティストは多い。
そういうところから音楽に入れ込んでいった私にとって、音楽は実に多面的に人間の役に立てるもので、それは娯楽であり、感動であり、踊ったり、癒されたり、更には学ぶこともできたり、そういったものだった。音楽を通じて他の誰かの体験を知ることができたり、そこから自分なりの意見を形成して、同じものを聴いた人たちの思いが集まれば、人間性の高まりにも繋がるかもしれないし。それは政治的見解と言うより、こうすれば人間のためになるのではないか、という自分なりの考え、と言えるかも。
■エリス・レジーナのこと
――ここからはいくつかのアーティストについて質問させてください。ブラジルのシンガーのエリス・レジーナ(Elis Regina)には「O Bebado e a Equilibrista」(※邦題「酔っ払いと綱渡り芸人」)という軍事政権への抵抗のメッセージを含む有名な歌があります。あなたはシンガーとしてのエリス・レジーナからの影響を語っていますが、彼女の音楽が持つメッセージ性についてはどう考えていますか?
エリス・レジーナの場合、彼女はずっと政治的なスタンスが少し揺らいでいた。政府に対する強硬さが足りないと批判された時期もあったし、政府に雇われて軍隊の前で歌ったこともあったり、ちょっと迷いがあった人だった。でも、ブラジルで行われていた弾圧についてはっきり認識してからの彼女はものすごく強い決意を持って政府に対してものを言うようになり、強力な論者のひとりになった。お陰で大変な目にも遭っている。彼女やミルトン・ナシメント、カエターノ・ヴェローソ、シコ・ブアルキ、といった人たちは皆、自分たちの使命というか「ここで黙っていてはいけない」と自覚していたと思う。要するに虐待なんだから、それに対して沈黙してはいけない、と。
ただ、そういうメッセージって、どうなんだろう、「政治的」と表現できるだろうけど、私はそれが正しい呼び方なのかどうかわからない。というのも、政治的見解って、人を分断することがあるでしょう? だけどアーティストは、アーティストというのは、うーん…。ある意味、私たち(のようなアーティスト)って「世の中を観察する人たち」でしょう? ちょっとしたことに気がついたり、様々な感じ方、考え方に触れてそれを言葉にする。つまり、当時のブラジルで彼らがやっていたことも、現実のスキャンニングだったんだと思う。つまり、真実を語る、ということ。だから時代を問わない、とも言える。
――その真実が権力者からすると知られたくないもので、だから「議論の口火を切ってしまうアーティストがまず攻撃の対象にされる」と前のインタビューでもあなたは言っていた。そこが読者にはとても響いたみたい。あなた自身、何かトラブルに巻き込まれたことは?
うーん、今のところは、だけど(苦笑)私の場合は個人レベルにとどまっているかな。私を個人的に知っている人は私のスタンスも理解してくれているけど、歌の中で個人的な見解や意見を公に表明すると、やっぱりいくらか緊張感が生まれることもある。でも私に言わせればそれこそが一歩前進。そこから意思の疎通が生まれて、異なる意見に触れることで、違ってもいいんだと思えるようになれば。私は別に、誰を説き伏せようとしているわけではなくて、私の私感を述べているだけ、あとはそちらの好きなようにしてちょうだい、って感じ。
――私感を述べることで受け止める側の意見が分かれ、ファンを失うことになる、というのも日本のエンターテイナーが政治的な意見をあまり言わない理由のひとつ。
わかる。私はかなり早い段階でそれを学んだつもりだけど、いまだに葛藤はある。特に年配の人達からは「政治に首を突っ込むな、音楽に専念しなさい」と言われがち。政治には手を出すな、音楽だけやっていればいいんだ、と。でもね、特に、ひとつの社会の運命において致命的な瞬間ってあるでしょう? 権力の座にいる人が決めたことが私たちのこれからの人生にずっと影響を与え続けることになる、というようなこと。しかも、それが極めて個人的な生活に影響が及ぶのであれば(致命的だと思う)。アンジェラ・デイヴィスが言うように「万事は政治的」なのだから。彼女の発言はフェミニスト・ムーヴメントから出たものだと思うけど、実際Everything is politicalだと思う。それを考えたら、「政治になんか下手に口を出したらダメ」なんて言っていられること自体が特権に近い。つまり、その人にとっては世界の現状が功を奏していて、制度に変更なんて一切求めなくていい、ということだから。例えば、今私がいるアメリカでは学資ローンの負債や医療費に苦しんでいる人が大勢いる。病気になっても医者に診てもらえない、子供を学校に送れない、その他諸々、移民問題は言うまでもない。こんなに問題だらけなのに、一部の人は「やめときなさい、政治に口を出すのは」なんて悠長なことを言っていられる。ただ、今は、たぶん歴史的にも初めてというくらい多くの人が影響を感じて目を覚ましているようだけど。
――ところで後ろで鳥が鳴いてる?
うん(笑)
――すごくきれいな声。
うん、すごくきれい。春が来た!って感じ(笑)
――あなたのアパートに?
いや、そうじゃなくて、実は今、ニューヨークじゃない。引っ越して、パートナーの実家に来てる。
――あ、そうなんだ。
うん、すごくラッキーなことに、ここは庭があって、そこに来る鳥が鳴いている。けっこう前に引っ越したのよ、実は。直感が働いて、ニューヨークは状況が悪くなりそうだったし、私たち揃って仕事が減っちゃって、このままここにいてもダメかな、と。そうしたら彼の両親が「こっちへ来なさい、使ってない部屋もあるし」と声をかけてくれて、以来こっちで暮らしてる。
――そうだったんだ。なんだろう、この音は?と思ってた。
(笑)大きな声でしょ?
――うん、大きい。羨ましいなあ(笑)
そちらは?
――東京の自宅。東京は完全なロックダウンというわけではなくて、買い物は普通に行けるし、相変わらず通勤している人もいるし、だからそんなに窮屈じゃないけど、私たちの家が窮屈だから(笑)
そうだよねぇ。ニューヨークみたいな感じでしょう?
――だと思う。
近くに公園は?
――まあ、緑はあるけど、セントラルパークってわけにはいかない。
(笑)
――それで、どこにいるのか聞いてもいい?
アメリカはアメリカ。でも州が変わって、ワイオミングって所。
――ワイオミング⁉︎
うん、何も無いけど(笑)
――まあ、現状、それもいいのでは?
うん(笑)
■ビョークのこと
――で、そのエリス・レジーナだけど、ビョークが彼女に触発されて「Isobel」を書いたんですって。知ってた?
(一瞬息を飲んで)知らなかった!それ、私もカバーしてる曲。どういう経緯か教えてくれる?
――わあ、ごめんなさい、詳しい話を聞いておけばよかったな。柳樂はあなたがビョークが好きで影響も受けていることを知っているから、あなたがカバーした曲「Isobel」がレジーナに触発された曲だと知っていたかどうかを知りたかったみたい。
わーーー、知らなかった!リサーチしないと!っていうか、今、ググっていい?本当だったら超クールなんだけど。
――あの曲にエリス・レジーナっぽさを感じる?
彼女の影響を、ってこと?うーーん、正直、感じてない…。でも、もしかしたらあるのかも。歌詞の一部とか、歌い回しの一部とか、逆に具体的に指摘してくれたら「ホントだ!」ってなるかもしれない。もしかしたら人物として影響されたのか音楽性なのかもしれないし。あ、ここに書いてあった!ホントだ!「彼女はこの曲をブラジル人シンガーのエリス・レジーナを聴きながら書いた」って!オーマイゴーッド!これって輪が繋がった感じじゃない?考えてもみてよ、私の大好きなシンガー2人、で、私があの曲を21才か22才の時にカバーした、それが今ここで急に繋がった!わーー(笑)最高。
――そこに具体的な影響も書いてある?
えぇと、あー、なるほど。また別の繋がりも見つけちゃった!たぶんビョークはそれ以前からエリス・レジーナを知っていたんじゃないかな。で、このアルバムのストリングスのアレンジを手掛けたエウミール・デオダートがブラジル人だから、一緒に色々聴いたんじゃないかな。あるいはサンプリングした、とかそういうことかも。
――面白いですねえ。
うん、これ、最高!ありがとう教えてくれて。後でちゃんと調べてみる(笑)
(※ビョークがエリス・レジーナについて語っているブラジルの媒体のインタビュー)
――それでビョークなんだけど、彼女も社会のこと、環境のこと、フェミニズムのこと、に音楽でどんどん言及している。彼女のメッセージやその発し方についてはどう思う?
ビョークの場合は、というかエリス・レジーナもそうだけど、2人とも反逆のアーティストという印象がある。レジーナで言えば、性格的なことのみならず音楽的にもボサノバ・シンガーの役割を拒んだ。典型的なあり方を期待されていたけど、それを完全に退けた。ビョークも同じ。彼女の場合は見た目からしてそうで、あのヴィジュアルに自分の内なる世界や見えているものを投影して世界に向けて表現している。衣装から、写真の撮り方から、発言から何から何まで。彼女はある意味、その存在自体が現実の向こうにある、私たちにはまだ見えていない世界を体現しているとも言える。歌詞的に明らかに政治的なことを歌っている曲があったかなって考えていたんだけど、というのも、彼女のメッセージは割と表面には表れていなかったり、行間を読まなければ伝わらない詩的な表現になっていたりもするから。
でも、彼女が書いた「Declare Independence」 という曲は文字通りの内容。この曲(でのパフォーマンス)でビョークがチベットを支持したことで中国のファンが怒ったことがあった。(上海で行ったライブで)独立宣言って名前の曲を歌いながら最後で「チベット!チベット!」って叫んだから。かなりリスキーなことじゃない?抑圧されたまま、人々の自由を尊重しない権力に屈してはいけない、という訴え。私自身はチベットと中国の間の政治的な事についてはよく知らないんだけど、つまりチベットは独立を求めているの?
――うん。宗教的な指導者のもとでもチベットは常に独立している、というのを対して中国は認めずに暴力に訴えている。
うん。この件は私もよく調べてみないといけない。ただ、よく知らないなりに漠然としたイメージで言うと、そういう自治とか自立というのはビョーク自身の考え方として常にあるものなんじゃないかな。自分のコミュニティとは無関係な、より大きな政府が勝手に決めたルールには従わなくていい、みたいな、そういう独立心。たぶんこの時の主催者や彼女の周囲の人たちも同じような考え方だったんじゃないか、と、でもこれは私の推測なので、もっと調べてみる。
一方では、彼女のディスコグラフィーを見ると、メッセージとしては大体が一体感や高揚感がある、とても普遍的なものが多くて、たまにこういう直球の曲が出てくるのが逆に目立つ。そういう意味ではすごく多彩な発信力のある人で、見ていて面白い。
■ヴィオレータ・パラのこと
――次はチリ人のヴィオレータ・パラ(Violeta Parra)。1940-60年代に彼女が成し遂げたことは女性であったことも含めて、とても大きい。
Oh Yes!
――女性としてチリ人としてアーティストとして、彼女について思うことは?
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