* interview Jharis Yokley:ホセ・ジェイムズが発掘し、BIGYUKIを魅了する新世代ドラマー(8,500字)
ジャリス・ヨークリーの登場は鮮烈だった。
クリス・デイヴ、ネイト・スミス、リチャード・スペイヴン。現代を代表するドラマーを自身の作品に次々に起用してきたホセ・ジェイムズが突如無名の若者をレギュラードラマーに抜擢したからだ。
ホセのライブを観れば、彼のバンドにおけるドラマーの重要度は一目瞭然。ホセの音楽は誰をドラマーにするかでそのクオリティが決まってしまう、と言っても過言ではない。そんな責任重大な席に座ったのがジャリスだった。
ジャリスはそんな期待と不安が混ざり合った状況をあっという間に賞賛一色に変えてしまった。そして、ホセの音楽はこれまでとは違う形で新たな高みに到達している。『New York 2020』からホセの音楽には変化が生まれている。
ジャリスにはBIGYUKIも称賛を惜しまない。ジャリスの才能に魅了されたBIGYUKIは自身のライブでもジャリスを起用している。彼のドラムは周囲のアーティストに少しずつ影響を与え始めている。
そんなジャリスがソロアルバム『Sometimes, Late At Night』を制作した。ホセ・ジェイムズがジャリスの背中を押し、BIGYUKIが手を貸した。そして、ホセは自身のレーベルからリリースをした。そのアルバムにはジャリスの個性が強く表れていた

取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 通訳:染谷和美
協力:コアポート
◉コンテンポラリー・ゴスペルの影響
ーーまずドラムをやるようになったきっかけはなんでしょうか
ドラムを始めたのは3歳の頃。父親はチャーチでキーボードとオルガンを弾いていて、母親はシンガーだった。それで、僕は家の中で鍋とかフライパンを叩いているような子供だった。あるとき、チャーチでのリハーサルでドラマーが必要になったときに「息子がいつも鍋とかを叩いているからドラムを叩かせてみよう」って父が言い出したんだ。それがドラムを始めたきっかけ。それからドラムの虜になって、今にいたってる。
ーーチャーチではどんなことを学びましたか
僕が行っていたのはアメリカのブラックチャーチ。スタイル的には何でもありで、ジャズ、ファンク、ロック、ラテン、そういう様々なジャンルの音楽を演奏することを当たり前だと思えるようになったのが一番の経験。それから、キャリアを築くための準備段階にもなった。毎週日曜日に人が集まる教会で演奏するというのは、それなりの大勢の前で毎週コンサートをしているようなものだったから、緊張しなくなっていった。それから、曲を覚えて準備することや、あるいは全く準備なしの状態で演奏しなきゃならないことを、プロになる意識する前から訓練できた。
ーー今、おいくつでしたっけ?(2024年)
32歳。
ーー世代的には物心ついたときにはコンテンポラリー・ゴスペルもすごくハイブリッドな面白い音楽になってたと思うし、あとはゴスペルチョップスみたいな教会の資金集めでドラマーがテクニックを披露する動画をアップするみたいなカルチャーが10代のころからすでにあった世代ですよね。
gospelchops.com というサイトがとても人気だった。そのサイトで Eric Moore、Thomas Pridgen、Nick Smith、Aaron Spears、Gerald Heyward、そういったゴスペルドラマーたちと出会って何度も動画をみたよ。
とくに Thomas Pridgen の動画を繰り返し見ていたことを覚えている。それが転機になったから、ゴスペル・ミュージックとかゴスペルチョップスにはお世話になったんだ。
◉バークリー音大で学んだこと
ーーそのあとは、ドラムをどのようなところで学びましたか。
教会が自分にとって音楽やパフォーマンスをする最初の場だった。ミドルスクールやハイスクールでは、ジャズバンドやコンサートバンドに所属していて、そこで譜面を読んだり書いたりすることを学んだ。それからバークリーに進学したんだ。
バークリーでは、Miles Davis Quintet、John Coltrane、Elvin Jones、Max Roach らに触れて、彼らについて勉強していた。ライブラリーに通い詰めて、とにかくCDを借りては自分のラップトップに取り込んでいた。
バークリーでの学びは素晴らしかったよ。Terri Lyne Carrington、Ralph Peterson、Neal Smith、Ron Savage、それからクレイジーで素晴らしいピアニストの Danilo Pérez に教わった。バークリーでは、ミュージシャンとしてテクニックや感情的な部分に焦点を当てていたんだ。
◉エレクトロニック・ミュージックの影響
ーー一方であなたはエレクトロニック系の音楽を聴いていたわけですよね。そういう音楽を聴くようになったころの話を教えてもらえますか。
高校生の終わり頃に、Jojo Mayer から影響を強く受けて、彼のテクニックをすべてを覚えようとしていたんだ。それから Thomas Pridgen の影響で Squarepusher を聴き始めるようになった。Deantoni Parks や Mark Guiliana もエレクトロニックミュージックの影響を受けているドラマーだよね。
他にはRadiohead、Thom Yorke、Aphex Twin を聴いていた。そういったグルーヴを演奏しようと挑戦したんだけど難しかった。人間には演奏できないくらいコンピューターでは速くできちゃうからね。
ーーそういう音楽を一緒にやる仲間はいたんですか?それとも家でこっそり一人でやっていたんですか?
一人でやっていたよ、ナーディにね(笑)一緒にやる人が見つからなかったから、一人で練習していた。だから、ライブではやったことなかったんだ。
ーーどういう練習をしていたんですか?
トラックに合わせて演奏して、ドラムマシンをドラムセットで再現しようとしていた。
ーー特に難しかった曲とか覚えていますか?
難しい曲はたくさんあったよ。Thom Yorke の “Guess Again!”。ハイハットがスウィングした16分からストレートの16分になるんだけど、それを片手でやろうとするとすごい難しいんだ(very impossible)。いつかものにして演奏しようと思ってるよ。BigYukiと一緒に演奏できたらいいね。
◎Jojo Mayer
ーーJojo Mayer ってかなり特殊なドラマーだと思うんですけど、彼らのどんなところがすごいと思いますか?
Jojo のことを知ったのはとても有名になった2008年頃のビデオ*1がきっかけだった。僕もみんなと同じように彼のテクニックに驚いたんだ。彼はあらゆるドラムの技術をマスターしているような人で、本当にすごいドラマーだ。彼が僕のハイスクールでドラムクリニックをしたことがあって、そのときはついに Jojo 本人に会えたと思ってとてもうれしかった。それで、彼のシグネチャースティックも買った。彼のようになりたくてトラディショナルグリップにして、10インチのハイタムをフロアタムの横に置くっていうセッティングも真似したくらいだ(笑)
ーーガチで憧れていたと
モーラーやプッシュプル、ドロップキャッチなどの彼のテクニックを習得しようと練習していた*2。それは僕にとっても重要な経験だったんだ。彼を研究することを通して、何時間もドラムセットに座って、テクニックを磨くことを覚えたからね。とにかく、Jojo といったらそういったテクニックとかドラムンベースの印象があるよね。
ーーたしかに。
あと、彼は足のテクニックも素晴らしいんだ。ハイハットの高速のオープン・クローズについては、僕も習得して、自分でもやっているんだけど、右足のヒールトゥテクニックに関してはどれだけ長い時間をかけて練習してもできようにならなかった*3。
◎Deantoni Parks
ーーひえー、あなたでさえ難しいと。Deantoni Parksはどうですか?
Deantoni は Jojo とはまた違った意味でマシンみたいなドラマーだよ。フィジカル的なもの、それから安定感。高速の8分をダイナミクスもアクセントも全く変化させることなく、一定の強度で演奏できるんだ。彼はまさしくマシンだ。クレイジーだよ。Thoms Pridgen が僕のことを Deantoni に紹介してくれて、彼がインタビューのなかで僕の名前をだしてくれたことがあったんだよね(得意げ
Meshelle Ndegeocello の作品での演奏は素晴らしかったよね。とくに “Article 3” っていう曲のドラムは僕のフェイバリットの一つだよ。ただ16分を叩いているだけのように聴こえて、すごく複雑なことをやっているんだ。彼が参加していた The Mars Volta も大好きなバンドの一つだよ。
◎プロデューサーからの影響
ーードラマーとしては、機械のような演奏をする人たちに興味があったと思うんですが、一方で自分でもビートを作ったりプログラミングをされたりしていますよね。それはいつごろ始めたんですか?
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