interview 中村海斗:誰かが"突き破りたい"と思ったら、それを止める必要はない(9,500字)
中村海斗の『Blaque Dawn』を初めて聴いたときは驚いた。迷いなく僕はその年の日本のジャズのベストのひとつだと思った。しかも、それが若干2001年生まれのドラマーによるものだったことにも驚いた。
だからこそ、ちょうど制作に関わっていたBRUTUSのジャズ特集で急遽ページが空いて、それを何で埋めるか相談されたときにはすぐに中村海斗のインタビューを提案した。
今年、中村海斗は早くも2作目の『Invisible Diary』を発表した。前作のキーパーソンだったアルトサックス奏者の佐々木梨子は引き続き、参加しているが、それ以外はメンバーを一新。しかも、ギターの加藤一平が加わったクインテットになり、サウンドはかなり変化している。しかも、組曲が収録されていて、それによりひとつのストーリーが表現されていた。コンセプチュアルな側面もありながら、一方では時のフリージャズを思わせるような自由さが出現することもある。前作以上に刺激的な作品が完成した。きっと今年の日本のジャズ屈指のアルバムになるだろう。
聴いてすぐに僕は中村海斗に話を聞きたいと思った。
今、話を聞くべきだと思い、すぐに彼に連絡を取った。
取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 編集:小鉄昇一郎
撮影:柳樂光隆、藤谷千明 | 協力:美学校

◉ 『Invisible Diary』を作り始めたきっかけ
――前作『Blaque Dawn』から二年半くらいでのリリースですが、今作『Invisible Diary』はどんなきっかけで作り始めたんでしょう?
『Blaque Dawn』の録音が終わってすぐ、次のアルバムについて考え始めていたんです。その時点で後半の組曲は出来ていて、なんなら『Blaque Dawn』のレコ発(ライブ)で既に演奏していたんですよ。
それで、その組曲を中心にアルバムを作ろうと思って、他の曲も作りました。(佐々木)梨子もボストンから一時帰国するタイミングだったので、その時に録音できるよう計画しました。
――前作に入れた曲は、それまでずっと書き溜めていた曲ですか?
そうですね、アルバムとか考えずにポンポン作ってた曲ですね。
◉ 組曲を書いたこと
――今回は組曲を中心に新たに作曲したと。
そのつもりで作っていましたね。最初に作ったのは組曲の中の「Part 4. Memorial Days」でした。印象的だと思えたフレーズが散りばめられた曲になっていて、この曲はもっと広げられそうだなと思ったんです。全部の曲が似たようなコード進行とメロディなんだけど、それぞれまったく違う曲に聴こえる……というような、そんな組曲が作れるんじゃないかと。
もともと、組曲はずっと作りたいと思っていたんです。以前、ピアニストの魚返明未さんが楠井さん、石若さんとやっているトリオでの演奏を観たんですけど、2ndセットが全編組曲になっているライブだったんです。他にもイマニュエル・ウィルキンスとか、もっと古い人だとジョン・コルトレーンも組曲を作っていますよね。この前、ブルーノートで観たジョエル・ロスも、あれは組曲ではないのかも知れないけど、ひとつながりの曲を演奏していましたし。
そういった演奏を観ていたので、組曲に対する憧れは以前からありました。アルバム全体でひとつのストーリーというか、壮大な流れが感じられるような……クラシックも好きだから、その影響もあるかも知れません。
――前回とは、かなりアルバムの作り方が違いますよね。前作は譜面などはあったのでしょうか
リードシートですね、メロディとコードだけ、たまにベースラインも書いてましたけど。凝ったことはあまりせず、決めすぎず、メンバーに自由に弾いてもらったものを形にできれば、と思っていました。
ただ、それは今回のアルバムでもそうで、ベースラインなどの指定はしましたが、ある程度、自由にできるセクションも作りました。そうじゃないと、そのメンバーとやっている意味が無い気がするので。「ここはこう弾いて下さい」と「好きに弾いて下さい」という部分、どちらもある状態になっていますね。
◉ メンバーが変わったこと
――前作から引き続き参加しているのは佐々木梨子さんだけです。これは新しい組曲仕様で揃えたということでしょうか
いや、そういう訳でもないんですけど…… でも、組曲は梨子ありきで作曲した部分があったので、梨子はマストでした。
ピアノは布施(音人)さんですね。自分の作った曲をやってもらう時に、ピアニストを誰にするかって、かなり重要だと思っていて。布施さんは理論もハーモニーもめちゃめちゃちゃんとしているけど、頭がカタくないというか。ハーモニーに強い人って「そこにその音はちょっと……」とか、すぐ口をはさむ人もいると思うんです。けど、布施さんは全くそうじゃなくて、周りの音に自然に反応して、すぐポジティブに解釈して、音楽にできる人だと思います。そういう人の方が自分の音楽はもっと広げられると思ったので、今回のアルバムでは、布施さんにお願いしました。
そういうポジティブさは(高橋)陸さんにもあって。陸さんの場合は、もっと感覚的ですね。譜面に書いてあることだけではない、書かれたコードに留まらない、譜面の「裏側」まで見てる演奏というか。陸さんのそういう、広がりのある演奏がリズムセクションとして素晴らしいので、アルバムにも参加してもらいました。トリオでも長くやっていますしね。
で、この3人だけでも良かったんですけど、(加藤)一平さんですよね。一曲目を聴いて貰えばわかると思うんですけど、今回のアルバムは、普通にカッコいいコンテンポラリーとかではなくて、もっとぐちゃぐちゃな感じで、前作とは違う「狂気」が欲しかったんです。それで、以前から憧れていた一平さんにお願いして、暴れて貰おうと(笑)
◉ フリーなジャズへの志向
――中村さんはもともとフリージャズはお好きなんですか?
フリージャズは好きですよ。ただ、(肘で机をガンガンやりながら)鍵盤をこうするようなやつよりは、1969年のマイルスのロスト・クインテットとか、マイルスがチック・コリア、あるいはハービー、ロン・カーターとやってる時の、フリーなセクションがある感じが好きですね。そのサウンドを目指した訳ではないですが、憧れはあります。
――もともとバークリーに行こうと思っていたくらいですから、中村さんって割とコンテンポラリー・ジャズっぽい志向がありますよね。
まあ、そうですね。
――カート・ローゼンウィンケルやマーク・ターナーは抽象的な部分もあるけど、あくまでルールの枠の中でやってて、枠のギリギリのところを攻めたり、時に微かにはみ出したり、みたいな感じだと思うんです。でも、中村さんは基本的には枠の中でやる前提でありながらも、大胆に飛び出してもいいよ、って音楽ですよね。そういう音楽をやりたいと思ったきっかけはありますか?
石若さんですかね。石若さんが参加しているバンドにそういう音楽性のバンドが多かったので。例えば日野(皓正)さんのバンドも、そういう所あるじゃないですか?ちゃんと枠はあるけど、行く時は思いっきり行く、みたいな。
昔の石若さんがいたバンドだと、他には、ルクセンブルグ出身のミシェル・レイスのバンドとかもそうですね。クラシカルでコンテンポラリーな感じなんだけど、フリーな時は躊躇せずフリーにやる、みたいな所が好きでしたね。先ほど言ったようなマイルスのバンドに通ずる部分です。
最近の人だと、イマニュエル・ウィルキンスにも、それは感じます。壊れる時はハデに壊れるというか……そういう音楽に対する憧れが、今回のアルバムの編成に反映されていると思います。
――石若駿経由で、日本のジャズからも影響を受けたと。
やっぱり日本に住んで、日本のミュージシャンを観て育ったので、そこからの影響はあると思います。本田珠也さんとかもよく観に行きましたし、あとケイ赤城さんのトリオも、コンテンポラリーからフリーに行く演奏がありましたね。自由、という意味で「どうなってもいい」演奏が好きですね。
――僕はしばらくフリージャズ的な表現のものにあまり惹かれない時期がありました。でも、先程から名前が出ているイマニュエルもそうですし、LAのジャメル・ディーンとか、割とフリーっぽい演奏をする若い人が目立ってきて面白いなって思えるようになってきた。上原ひろみのSonicwonderにいるアダム・オファリルなんかもそうですね。だから、また惹かれ始めています。若い世代がフリージャズ的な表現を取り入れる流れって、どうしてなんでしょうね?
何でしょうね?コルトレーンもマイルスも最初はトラディショナルな感じで演奏していたと思うんですよ。でも、表現の枠をもっと広げたいと考えて、そこを突き破るためにああいう風になっていったと思うんです。
僕のバンドも、全然フリーにいかずに終わるライブもあるんです。抽象的なプレイだけど、あくまでルバートの範疇というか。だから、毎回フリーになると決めている訳ではないけど、誰かが演奏で「突き破りたい」と思ったら、それを止める必要はないというか。そういう意味で、結果としてフリージャズに近づいてるんだと思います。「フリージャズをやろう」と最初に決めている訳ではなくて。
◎ マイルス・デイヴィスの自由さ
――枠を破ろうとする選択肢のひとつとしてフリージャズがあると。イマニュエルがフリーに近づいていくのは、ブラック・コミュニティの先人の影響なのは何となくわかるんですが、そうではない日本の若者である中村さんのような人がフリーっぽくなっていくのは興味深いと思います。抽象度の高いアルバムで好きなものはありますか?
抽象度が高い……フリーっぽいってことですよね。先ほども言ったマイルスの『Live at The Fillmore East (March 7, 1970) 』ですかね。これの2nd setが好きで、ずっと聴いてましたね。確かショーターがこの日を最後に脱退する演奏で、クインテットにアイアート・モレイラが参加している編成ですね。
――ってことはプラグド・ニッケル(『The Complete Live at the Plugged Nickel 1965』)も好きですか?
プラグド・ニッケルも好きですね。でも、その後の67年の10~11月のヨーロッパ・ツアーの音源(『Live in Europe 1967: The Bootleg Series Vol.1』)の方が聞いてるかも知れない。
――かなり、その時期のマイルスのライブを聴いてるんですね。まとまりがない時期というか。
そうですね。皆チャレンジングな感じの。
――ちなみに僕がジョエル・ロスに初めてインタビューした時「最近プラグド・ニッケルをよく聴いてる」と言っていて。他にも何人かプラグド・ニッケルの名前を出す人がいて、マイルスなら今はその時期の名前をよく聞きますよ。
そうなんですね。

◎ 組曲の全曲解説
――中村さんは、スタイルというよりは「何かをやろうとして実験してもがいている音楽」が好きなのかも知れませんね。アルバムの話に戻りますが、組曲の話を更に詳しく聞かせて下さい。録音の現場ではどんな感じだったんでしょうか?わりと曲ごとに明確なムード、ストーリーもあります。そして、最後はかなり凄いことになる。
なりますね(笑)。組曲に関しては、後付けですけど、自分のこれまでの人生を表せたらな、と思っていました。最初は『Part 1. Hometown』で、まずは地元の栃木の雰囲気を描いています。田舎で何もないけど、懐かしい感じもあって。
『Part 2. Unpredictable Inevitability』は「予測不能な必然」という意味なんですけど、あんまり自分の人生を描くということとは関係ないかも知れない(笑)。理論の話ですけど、予測不能なコード進行で、それを曲名にしていますね。それと「偶然」ってただ予測が出来ないだけで、起こることは決まってたのかも知れない、みたいな意味合いも含んでいます。
『Part 3. Dada's Hands』は、父親の話ですね。うちのお父さんが亡くなる直前に、お見舞いに行くと、もう病気で体も痩せ細ってるんですけど、手だけは凄い力強かったんですね。その印象が凄く残っていたので、それを曲にしました。
4曲目の『Part 4. Memorial Days』は、前作のレコーディングをしていた時に、楽しかったから作った曲ですね。
で、最後の『Part 5. <(%9 2(<8%¥%××〒6』は「何なんですかね?」っていう……(制作中)いろいろ、わからなくなってたんじゃないですかね。
――2曲目も実は自分の人生の局面を描いてる、というようなことは無いんですかね。
「ジャズ」がそういうことなんじゃないかと思いますね、即興であったり。今のメンバーとやっていても、偶然スゴい演奏が起きたように感じるけど、でも、プレイヤーの感情や雰囲気によって、そうなることはあらかじめ決まっていたんじゃないかというような……「予測不能な必然」は、そういう意味で作った気もしますね。こじつけですけど。
――最後の曲についてもう少し聞かせてくれませんか?
最後のは本当に自分でもわからないんですけど、まあ、世の中がいろいろ…、今ってこんな感じですよっていう意味で作ったんだと思います。どういうタイトル付けていいかもわからないし、だからこういう訳のわからない曲名になってます。
――時系列的に並んでいるんですね。ということは最後が現在地である、と。
そうですね、ただ「アルバムを作った時」の現在地であって、今はまた違いますね。
◉ 『Invisible diary』のストーリー
――なるほど。僕がストーリーにこだわって質問をしたのには理由があるんです。海外のアーティスト、その中でも特にアフリカ系のアーティストにインタビューで「アルバムのコンセプトを聞かせてください?」と質問すると「サウンドの話?それ以外のこと?」と返されることが多いんです。ストーリーや世界観をアルバムってフォーマットに落とし込むことについて語ってくれることが多いんですね。これは表現のあり方、もしかしたら国民性とか、思考の様式みたいなこととも関係があるかもしれません。だから、今回、中村さんが自分自身のことを組曲の形で描いているのを見て、珍しいなって思ったし、すごく興味深く思いました。時系列で自分の経験を語るような内容なのも面白いし、アルバムのタイトルと曲名も違うのには意味があるんだろうなとか考えました。
ああ、そうだったんですね。『Invisible diary』という言葉自体は、前々から頭の中にあったんですよ。音って見えないものだし、音楽は自分にとっては日記みたいなものだし。
――ただ、曲の順番を付けて、それぞれにタイトルを付けて、組曲にして……という行程は、単なる記録(日記)とは違うものですよね。それぞれの曲は大きなストーリーの一部になっているわけですから。
確かに、そうですね。こういうストーリー性のあるアルバムになったのは、イマニュエルの影響ですかね。イマニュエルの最新作『Blues Blood』も、前作の『The 7th Hand』もそういう作りでしたし。それと、自分はオーケストラをやっていたので、クラシックのような、組曲で、一つの壮大なストーリーになる音楽にも慣れ親しんでいたので。だから『Invisible Diary』も、こういうアルバムになったんだと思います。
――同じフレーズが形を変えて何度も出てきたりするのはクラシック的なやり方ですね。ウェイン・ショーターもそうですし、コンテンポラリー・ジャズっぽい発想でもある。
そうですね、そういう手法は好きですね。
――あと、『Invisible Diary』は、自分の経験を音楽に反映させている部分が面白いなって。
自分はそもそも、自分の話ではないストーリーを考えるのが苦手なので。だから結局、自分の話をするしかないな、と思います。イマニュエルの場合は、人種差別や社会的・文化的なテーマをアルバムにしているけど、自分は伝えたいメッセージがあるわけではないので、自分のことや経験を曲にするしかない、という違いはあると思います。
――なるほど。あと、テクニックやアイディアがあったとしても、それは自分が描きたいストーリーや感情のためのツールでしかないって感じもするんです。中村さんのアルバムの曲名がサウンドと密接だと思うんです。曲名っていう文字情報から「描きたいもの」を想像ができるというか……。
タイトルになりそうなフレーズや、ちょっと面白いなって単語はメモしているんですよ。曲が出来てから、そのメモの中から曲名になりそうなものを選ぶ……という、曲があってタイトルを後から付ける流れがよくあるんですけど、逆に、その「面白いフレーズ」を思いついた時に、このフレーズはいつかこういう曲が出来た時に使おう、と考えていた場合もあって。だから、そのケースは「タイトルが先にあって、曲が後に出来る」パターンってことだと思います。そうやって出来た曲は音楽と曲名がマッチしていると思いますね。
「こういう曲を作ろう」と思って作り始めると、あまり上手くいかないことが多くて。なので先にタイトルだけストックしておいて、後々、そのタイトルに合う曲を出来上がったら付けよう、という風にしてますね。
なるべく、曲を思いついたらその場で一気に、書きたいんですよね。途中まで作って置いておくとか、思いついたけど実際に取り掛かるまでに時間がかかっていつの間にか忘れてしまうとか、そういうのがイヤで。パッと書いた曲の方が、良い曲になることが多いですし。
そういう意味では自分は、ストーリーがあって、その上で曲を書いてるのかなって、今、話してて思いましたね。
――技巧的なアイディアから作っている訳ではないんですね。実際、アルバムを聴いていても、曲の中に切れ目がなくて、自然ですよね。
そうですね。「ここでこういうセクションを入れよう」というように作ると、不自然な形になっちゃう気がして。そういう作り方はしてないですね
◉ 組曲以外の収録曲
――それを聞くと、ぐちゃぐちゃになったり、戻ったりする、アルバムの展開もよくわかる気がしますね。ちなみに今回、加藤一平さんのギターは特に「スゴい」じゃないですか。これはどういう風に伝えてこうなったんでしょうか?
「スゴい」ですよね……(笑)。一平さんには、あんまり何も伝えてないですね。譜面を渡して「ムズいですね」「すいません……」って言って(笑)。
一曲目「Endless Spring Vacation」のイントロの所は「何かお願いします」ってだけ頼んだんですけど、そしたらああなったんです。あの人はあれが自然体なので、何も言わなくても、普通にああなるんだと思います。それを分かった上で、かき回して欲しくてこっちもお呼びしたので。
――ノイジーな、コントロールできない部分を入れようと想定してた訳ですね。でも、例えノイズでも「こういうエフェクターで」とか「こういう質感で」といった注文も出来ると思うんですけど、それも無かったですか?
無かったですね。ピアニストに「こういうヴォイシング、こういう和音で弾いて下さい」とまでは指定しないのと同じように、ギターの音楽的なアイディアは一平さんに任せました。それは布施さんのピアノにしても、陸さんのベースにしてもそうですね。パートの細かい所までは、自分でイメージを作り過ぎないようにしてますね。
―― 一応、ライブで何回かやって、曲がまとまった所で録音した、という感じですかね?
そうですね、曲に馴れた上で、リハーサルくらいのつもりで好きに弾いて下さい、とお願いして。結局、レコーディングでも、いろいろ言うことはなかったですね。ただ「お願いします」だけで。何回もやっていると、お互いの中に馴れていくというか。こうして欲しい、と指示せず、皆に任せましたね。
――アルバムの話に戻ると、組曲以外の最初の四曲は、組曲とは関係なく書いた曲ですよね?でも、ひとつのアルバムのための曲として、違和感なく聴けますが。
はい、関係なく書いたものですね。例えば三曲目の「バルバロ」は、現代音楽というか、クラシックのバルトーク・ベーラという作曲家が好きなんですけど、バルトークの「アレグロ・バルバロ」から来てますね。曲調は全然”アレグロ・バルバロ”とは違うんですけど、バルトークの狂気的な部分は影響を受けてると思います。
――前半も、組曲になる後半も、どちらも統一感があって、アルバム一枚で作品になっていますよね。曲順はどう考えたんでしょうか?
四曲目の「Little Warm Winter」を最後にして、ハッピーな雰囲気で終わることも出来たんですけど、今回は不穏な感じで終わりたかったので、最後はああなりました(笑)。自分が好きなアルバムって、大体、まず最初に衝撃を受けるような展開が多くて。やっぱりそれこそ1969年のマイルスだったり、日野さんのアルバムもそうですね。ライブでも、まず一曲目で吹き飛ばされた時は、その衝撃がずっと続くような展開が好きです。なので、一曲目は「Endless Spring Vacation」になりました。こちらの世界に引き込むようなイメージですね。
そういう風に、最初と最後をまず決めて、その間を考えた結果、ああいう曲順になった、という感じですね。
――ドラマーとしてはこのアルバムを通して、課題というか、自分なりにチャレンジしたことはありますか
まず、前作でのドラムが、一曲の中のダイナミクスが同じになってしまったという反省があったんです。どの曲も同じようなテンションで叩き始めて、同じように終わる。そうじゃなくて、デカく叩く曲もあれば、ずっと静かに叩く曲もある、そういうダイナミックなレンジを次のアルバムでは出したいと思っていました。
もう一つは、これは前作でも心がけていましたが、アルバムだからって丁寧にまとめるんじゃなくて、むしろアウト・オブ・コントロールな部分がいっぱいあった方がいいなと思ってて。だから、自分のドラムも間違っている部分や、上手く叩けていない所も、そのまま入ってます。その時の自分から出てきた音を、そのまま残そうと思いました。
――次のスターになるかも知れない、佐々木梨子が今回も参加していますけど、このアルバムでのパフォーマンスはどんな感じでしたか?
最高だったと思いますよ(笑)
――中村さんもまだ24歳ですけど、佐々木さんは21歳。まだまだ、どんどん変わっていくと思いますし、たった2年でも一気に変化する可能性がある時期です。しかも、佐々木さんは前作は日本に住んでいた時の録音で、今回は留学の経験を経た上での録音ですよね。
最初にアメリカから日本に帰って来て、一緒に演奏した時に思ったのは「困ってる瞬間」が以前より減った気がしたこと。前は演奏中に「どうしよう?」となっている時がたまにあって「こういう時はこうしていいから」と事前に伝えてたりしてたんですけど、今回はほぼそういう場面が無かったです。凄くやり易そうで、普通じゃないことも簡単にやっているというか。マインド的な部分が向こうに行って成長したのかなと思います。
――いい意味で変わらない部分もある。これがやりたいという太い芯のようなものも感じます。
そうですね。いい意味で変わらない部分があり、それ以外の全部のクオリティが上がってると思います。まあでも、行く前から既に完成されてたと思うんで(笑)自分は何も言うことは無かったですね。それが更にブラッシュアップされて「流石」って感じです。
フロントのパートの人って「自分を見てくれ」って演奏をしがちだと思うんですけど、彼女はそれが全く無いんですよね。どう見られてるとか気にせず、その場で自然に演奏してくれる。あんなに凄い演奏をしているけど、たぶん、それが普通なんでしょうね。本人はただ道を歩いてるだけなのに、ボルトより速い!みたいな(笑)。そういう所がスゲえなあと思います。

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