ことば、再発見
私は小学生のころ、国語も作文も嫌いでした。
ドラマや映画も苦手。時間をかけて物語を追うことができません。
感情の機微をとらえること自体が、苦手という以前にお手上げなのです。
読書も苦手。
読書感想文は原稿用紙1枚で終わり、とにもかくにも、どうしようもなかったのです。
そんな私が読書好きに転換したのは、社会人になってから。
生き方や人間関係に悩むうちに本に手が伸び、読書が心の拠り所になったのです。
私が学生さんに読書を勧めるなんて、思いもよりませんでした。
しかも学生さんのレポートに評価をつけるなんて。社会人となり立場や状況が変わると、私たちには何度でも変化するチャンスが訪れるのです。
そんなとき、このnoteを読みました。
私にも、十年持ち歩いて捨てられなかった雑誌の切り抜きがあります。
最近では、ほとんど読み返すこともなかったけど。
当時はいつも手帳にはさんで、手元においていた言葉です。
切り抜きがボロボロになったので、コピーしてまで。
パターン化する生活と言葉
それを変える力が小説にはある
『ダ・ヴィンチ』元編集長(当時)の長薗安浩さんの言葉です。
十年以上前の雑誌の記事でして、正直出典もわかりません。
「会社や家庭とか限られた行動範囲だけで生活していると、使う言葉もいつしかパターン化してしまう。
その閉塞状況をいちばん手軽に変えてくれるのが、読書だと思うんです。」
社会人となり、さまざまな「関係性」に悩む時期。
どうどうめぐりで閉塞していたのは確か。看護師として働き、新人指導も学生指導も夜勤も行い、プライベートも思うようにいかない時期に、出合ったことばでした。
文字通り、精神的にも身体的にも疲弊していた時期です。
外出したり、新しいことに取り組むゆとりもありません。
ですが読書は、できたのです。
続きを読むのが楽しみとなり、ひとつ世界が広がった気がしました。
「例えば自分の感じていた、けれどうまくいえなかった感情を表した言葉に小説の中で出合う。
これってすばらしいことだよ。次からその言葉を使えるんだから。」
「本と作家は、新しい言葉やその使い方を、無限に提供してくれる。」
いま読み返してみると、「じぶんの言葉」が増えていくのが楽しかったのだと思います。新しい言葉との出合い、使える言葉が増えるよろこび。
たまにわかりやすいくらい、「これだ!」って言葉と出合いました。
新しく出合った言葉を使って日記を書いたり、話したり、レポートの評価をする過程そのものが楽しくて、自分の住む世界が広がった気がしたのです。
パターン化されていた世界が、すこし切り崩された感じ。
当時の自分にとっては、大発見でした。
無限に広がる世界を無限に表現できる可能性に、ワクワクしたのです。
さいごにエールを送られました!
「薄い文庫を一冊開くだけで、自分の世界が広がる可能性が読書にはあるんです。」
こうして読書する習慣を身につけていたのですね。
思いがけず、原点回帰することができました。
いま記事を読んでも、当時の気持ちを懐かしく思い出すことができます。
薄い文庫一冊持ち歩くしあわせ。
もちろん、「じぶんの言葉」と出合えるよろこびも、続いています!
十年以上前の記事と出合い直せた機会に感謝して。
生活や言葉が「パターン化」していないだろうか、と自問しながらつづる時間を大切に。小さな変化を楽しみに。
その延長線上で、いまも日々投稿を続けているのです。
■この記事は、ことばと広告さんのメンバーシップ「書く部」のお題をお借りして書きました。 ※企画終了しています。大変失礼しました※
