今の私を支えてきた三冊|世界を広げ、自分に戻してくれた本のこと
私は、子どもの頃から読書が苦手だった。
ストーリーを追うことが苦手で、途中でよく分からなくなってしまう。子ども向けの小説なら読めたけれど、中学生になって活字ばかりの本を手に取ると、とたんに読めなくなった。
本を開くだけで頭がくらくらし、数ページ追ったら閉じたくなる。登場人物が多いだけで、読むハードルが上がった。
そんな私に、『私という人間を定義した三冊』を紹介するというお題が届いた。けれど、すぐには「これ」と思える本が思い浮かばなかった。
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本に親しむきっかけをくれたのは、中学生のときの友人だった。
「これ読んでみたら?ししちゃんに合ってると思うよ」
そう言われて手にしたのが、氷室冴子さんのコバルト文庫『クララ白書』だった。女子校の寄宿舎ライフ。女の子同士の友情。先輩への憧れ。ドーナツを揚げる挑戦。どれも楽しくて、気づけば読み終えていた。
その一冊をきっかけに、友人との仲が深まった。感想を言い合い、新刊を買っては交換し、同じようにコバルト文庫が好きな仲間も増えていった。
なにより、「私も文庫本を一冊、読み終えた!」という自信が生まれた。私の読書ライフは、そこから始まった。
今回紹介したいのは、次の三冊である。
新井素子 『星へ行く船』

『星へ行く船』も、前述の友人にすすめられて読み始めた。
会話のテンポが良く、するすると読める青春SF小説。家出ついでに名前も地球も捨てるというスケールの大きさに、当時の私は圧倒された。
主人公の森村あゆみは19歳。中学生の私にとって、理想のお姉さんだった。まっすぐ行動する姿がまぶしい。まわりのキャラクターも魅力的で、温かくて、かっこいい。
読み返すたびに、こそばゆいような気持ちになり、それだけで元気をもらえた。
この本を一緒に読んでいた友人は、根っからの読書家だった。『三国志』をこよなく愛する彼女に連れられて、中学生4人で東京・青梅にある吉川英治記念館へ行ったこともある。
正直、私はまだ『三国志』を読めていなかったけれど、読書の面白さを語る彼女の姿は、いまも心に残っている。そんな人たちの輪の中に自分がいたことが、不思議だった。うれしくて、少し恥ずかしかった。
『星へ行く船』の最終巻が出るまでには、長い時間がかかった。中学生だった私も、その頃には大学生になっていた。
自分の持つ特殊能力を引き受け、葛藤しながら、自分の道を選び取るあゆみの姿に、私は自分の青春まで重ねていたのだと思う。家出のように始まった旅は、最後には、自分の意志で進む旅になった。
同じ「星へ行く船」でも、最初と最後では意味が違う。逃げるためではなく、自分で選んだ未来へ向かうために、船に乗る。
この本は、私の世界を広げてくれた一冊だ。
池澤夏樹 『きみが住む星』

『君が住む星』は、美しい写真と、手紙のやりとりで綴られる一冊だ。手紙を書く人の思いと、それを受け取る人の気持ちが交差して、読むたびに温かい気持ちになる。
この本は、就職して心身ともに限界だった頃の自分を支えてくれた。
社会人生活は、思っていた以上に苦しかった。身体も心もすり減っていく毎日のなかで、この本は小さなオアシスのような存在だった。
池澤夏樹さんの作品には、旅、自然、身体感覚、地球の一部として生かされているという感覚が流れている。
『きみが住む星』を読むと、これまで読んできた池澤作品の風景まで、一緒に立ち上がってくる。飛行機が離陸する場面。群青の成層圏。緑しげる南の島。文明から少し離れた場所で、感覚がむき出しになるような時間。
私は池澤さんの作品が本当に好きで、新刊が出るたびに読みふけった。きっかけは、映画『ガイアシンフォニー』だった。「ガイアを語る人」と紹介されていた記事に惹かれ、その世界観に一気に引き込まれた。
『きみが住む星』は、現実のつらさから、私を少しだけ遠くへ連れ出してくれた。
美しいものに触れること。
誰かを思って、手紙を書くこと。
誰かからの言葉を、受け取ること。
そういうものが、人を支えてくれると教えてくれた。この本は、社会人になった私が、自分を取り戻すための一冊だった。
フィービとセルビ・ウォージントン 『パンやのくまさん』

『パンやのくまさん』は、働きもののくまさんの一日を追った絵本だ。
くまさんは、早起きしてパンを焼き、朝一番のお茶を飲み、よく働く。焼き立てのパンをお店で売り、外へも売りに出かける。
その姿をみるたび、「少しは休もうよ」と言いたくなる。
けれど、くまさんはたんたんと毎日を過ごしている。大げさな言葉も、格言めいたメッセージもない。ただ、朝が来たら起きて、働いて、一日を過ごしている。
子どもが小さかった頃、私はこの絵本を何度も読み聞かせた。
読むたびに、なぜか自分の身にしみた。子育て中の毎日は、自分の意志だけでは進まない。眠りたいときに眠れず、どうしても休めない日に限って子どもが発熱する。予定通りにいかず、やりきれない思いだった。
けれど、くまさんは何も言わず、朝が来たらパンを仕込む。
つらいとも、苦しいとも言わない。ただ、もくもくと働く姿をみていると、自分の思い通りにならない時間も、ちゃんと暮らしの一部なのだと思えた。
自分の姿と重なって、涙が出た。
私はもう十分頑張っていたはずなのに、それでも「明日も頑張ろう」と思った。
この絵本は、子どもには「働くこと」や「お金を受け取ること」を伝えてくれる。大人には、「日々を暮らすって、こういうことかもしれない」と思い出させてくれる。
娘もこの本が大好きで、百回以上は読み聞かせたと思う。シリーズには他のくまさんもいるけれど、わが家では『パンやのくまさん』が断トツだった。
中学生になった娘が絵本を整理していたとき、たくさんの本を手放すなかで、『パンやのくまさん』は手元に残していた。
「この本は大事だよね」
その言葉が、宝物のように響いた。
とにかく、くまさんがかわいい。表情も、パンを売り歩く姿も、たまらなくかわいい。いつか、くまさんグッズに出会えたらいいのにと思っている。
この本は、子育て中の私を支えてくれた一冊だ。
まとめ
「今の自分の価値観の土台になっている本」とは、どんな本だろう。
心から感動した本も、きっとたくさんあった。けれど、正直なところよく覚えていない。
それでも、ここに挙げた三冊は、私の世界を確かに変えてくれた。
本を介して、友人ができた。
働くなかで、自分に戻る場所をみつけた。
子育てのなかで、自分の思い通りにならない時間も、暮らしとして受けとめる力をもらった。
世界を広げ、自分に戻り、明日も生きていこうと思える本。
読み返せば、その頃の自分にも会える。
そしてまた、今の私を少し支えてくれる気がする。
この記事は、ライターの江角さんが主催するサロン「京都暮らしの編集室」でのnoteチャレンジとして書きました。
毎月、テーマが決まっており、2026年4月からは「私の偏愛目録」がスタートしました。
4月のテーマは【本】「私という人間を定義した3冊。今の自分の価値観の土台になっている本。2026年度のはじまりに、自分の現在地を確認する。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いします!

