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今日も生きるために、書いていた

今日も内面のお話になりますが、気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
よかったら、少しだけお付き合いください。


現実逃避のようにnoteを書いていた。
でも、そんなことを正直に書いたら引かれるかもしれないと思って、ずっと言えなかった。

あの頃、毎日投稿をやめた。
でも本当は、その前からもう書けなくなっていた。

それでも、書き続けていたのは、きっとnoteがそばにあったから。
1日24時間の中で、ほんの5分でも現実を忘れられる時間があった。その5分間に、私はすがっていた。

現実でも泣いていたし、書きながら泣く日もあった。
でも、ふっと力が抜けた瞬間、生きていけるって思った。その一瞬の感情を言葉にして、誰かに読んでもらうことで救われてきた。私にとってnoteは、そういう場所だった。

幸せをお裾分けしたくなる日もあれば、辛さに押しつぶされそうで、「今日よかったことを一つだけでも見つけたい」と思って書いた日もある。

ふっと心ゆるんだ瞬間。それを思い出しながら、今日も一つ救われて、また明日を過ごす。その繰り返しだった。

泣きながら働いた日もあった。
顔で笑って、心で泣くなんて芸当が、自分はできてしまうんだなと思った。コーヒーを飲んでみても味がしなかったし、犬と散歩しても心は晴れなかった。

「今日は書かなくてもいいかな?」と思った日、ふと空を見上げたらキレイなピンク色だった。
犬が鳩を追いかけてはしゃぐ姿を見て、少しだけ笑えた。

その小さな一瞬が、光刺すように心に残った。
「今日もいい日だったな」って思えた。
それを書き残すことで、自分の中で何かが一歩、変わった気がした。
そうして、ここまで過ごしてきた。
詳しいことは書けないけれど、「そういう人間がいたんだよ」と伝えたくて、今こうして書いている。

noteを書いている人の中には、きっと私のような人もいると思う。
本音をどこまで書けるかはわからないけれど、ここに確かにいる。

書くことで癒される一方で、まるで丸裸にされたような居心地の悪さを感じることもある。
自分が何を考えていたのか、わからなくなることもある。

それでも私は、「誰かの背中押せる人」でいたいと思っている。
私だからこそできることが、きっとあると信じている。

これからも、小さな幸せにフォーカスを当てていく。
心から幸せを感じるときも、辛くて仕方がないときも、それでも「あえて書こう」と思える気持ちこそ、本物なんだと思う。

ときには心に蓋をしたまま、それでも「その世界に行きたい」と願う。そんな足跡を、私は残していきたい。

やりたいことをやる。
書きたいことを書く。
今日を生きるために。

うまくいかなくても、それは失敗じゃない。
一歩進めた日、ひとつ種を見つけた日。
今日という日に、自分なりに歩けたなら、それでいいと思っている。

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