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【番外編】影を読む探偵、九条クロエ。第3話:消えかけた感情光

雨音橋の水面は、まだ静かに揺れていた。

黒い波紋。

白光ランプの反射。

そして、映ったり消えたりを繰り返す、名前のない少女の影。

クロエは橋の欄干へ寄りかかったまま、小さくため息をつく。

「……最悪ね」

影側へ沈み始めた存在は、放っておけば都市から少しずつ“忘れられていく”。

写真に映らない。
名前を呼ばれない。
記録に残らない。

桜環都市では、ごく稀に起きる感情滞りの深層異常だった。

黒猫は、橋の上からじっと少女を見ている。

その紫色の瞳だけが、夜の中で静かに光っていた。

「……あんた、この子を知ってるの?」

クロエが聞く。

黒猫は答えない。

代わりに、橋の向こう側へ歩き出した。

「案内役のつもり?」

クロエはコートの裾を翻し、その後を追う。

月灯区の夜道は、昼より広く感じる。

人が少ないからじゃない。

影が深いからだ。

古いアンティーク店。
閉店後のガラスカフェ。
雨粒の残る標識。

そのすべてに、感情光が薄く残っている。

けれど今夜は、その流れがどこか不安定だった。

街灯が一瞬だけ暗くなる。

水面の反射が遅れる。

まるで街そのものが、“何かを見失っている”。

黒猫は、路地裏の小さな古書店の前で止まった。

夢灯書房。

月灯区の奥にある、夜だけ開く本屋。

クロエは眉をひそめる。

「……こんな時間に?」

店内には灯りがついていた。

白光ランプ。

古い紙の匂い。

雨音みたいに静かなBGM。

カウンターの奥には、店主らしき老人が座っていた。

老人はクロエを見るなり、小さく笑った。

「また、影を追ってるのかい」

「……知ってるなら早いわ」

クロエはカウンターへ近づく。

「最近、“消えていく存在”が増えてる」

老人は静かに頷いた。

「名前を失う子たちだね」

その言葉に、クロエの視線が細くなる。

「やっぱり、前例があるのね」

老人は古い本を一冊取り出した。

表紙には、桜と水面の紋様。

『感情光観測記録・第零層』

桜環都市では、人の感情が強く沈み込むと、“影側”へ流れ落ちることがある。

そこでは、

  • 名前

  • 記憶

  • 存在感

が少しずつ薄れていく。

「でも完全に消えた人はいない」

老人はページをめくりながら言った。

「最後まで、誰かが覚えていたからだ」

クロエは黙る。

その時。

黒猫が、本棚の隙間をじっと見上げていた。

そこには、小さな感情光が浮いていた。

淡い灰色。

ほとんど消えかけた、弱い灯り。

クロエはそっと手を伸ばす。

触れた瞬間。

声が聞こえた。

「……わたしなんて、最初からいなくてもよかった」

少女の声。

雨みたいに小さい。

クロエは目を閉じた。

感情光は嘘をつけない。

この灯りは、“助けて”より前の感情だ。

誰にも見つからないように、
誰にも迷惑をかけないように、
静かに消えようとしている感情。

クロエは小さく息を吐いた。

「……ほんと、面倒」

でも。

黒薔薇の鍵は、まだ温かかった。

それはつまり。

まだ完全には消えていないということ。

黒猫が、クロエを見上げる。

紫色の瞳が、まるで問いかけていた。

「まだ間に合う?」

クロエは視線を逸らしながら答える。

「……知らない」

少し沈黙して。

そして、小さく付け足した。

「でも、消えるのは気に入らないだけ」

店の外では、また雨が降り始めていた。

水面に落ちた雨粒が、白い感情光を揺らしている。

桜環都市の夜は、まだ終わっていなかった。


第3話 おわり

読んでくださってありがとうございます🌸
少しでも気になったら、スキで感情光を灯してもらえたら嬉しいです。

#ELISIERA
#九条クロエ
#影を読む探偵
#感情ミステリー
#桜環都市

原作:ヨザクラ
制作:ELISIERA SAKURA Project
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