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【番外編】影を読む探偵、九条クロエ。第5話:消えたいわけじゃなかった

部屋の白光ランプが、小さく瞬いている。

黒く。
白く。
また黒く。

まるで、この部屋の感情光そのものが迷っているみたいだった。

少女はベッドの端へ座ったまま、膝を抱えている。

名前の読めない学生証。
ぼやけた写真。
消えかけた存在。

それなのに。

彼女だけは、まだ完全には消えていなかった。

クロエは壁へ寄りかかったまま、静かに少女を見ている。

「……で?」

少女は顔を上げない。

「……何しに来たの」

「別に」

クロエはそっけなく答える。

「気になっただけ」

嘘だった。

本当は、“放っておけなかった”。

でもクロエは、そういう言い方をしない。

少女は少しだけ笑う。

でもその笑顔は、壊れそうなくらい弱かった。

「優しくしないで」

その言葉に、部屋の影がわずかに揺れる。

クロエは気づいていた。

この部屋には、“自己否定”の感情滞りが沈殿している。

長い時間。

誰にも言えず。

助けてとも言えず。

少しずつ積み重なった感情。

桜環都市では、感情は完全には消えない。

だから、苦しみを押し込め続けると、感情光そのものが歪んでいく。

少女は小さく呟いた。

「……最初は、消えたいわけじゃなかった」

雨音が、窓を細く叩く。

「ただ……静かになりたかっただけ」

クロエは黙って聞いている。

「学校でも、家でも、“大丈夫?”って聞かれるのが苦しくて」

少女の輪郭が少し揺れる。

「でも、“苦しい”って言うほどじゃない気がして」

白光ランプが、また小さく暗くなる。

「だから、“平気”って言ってたら」

少女はゆっくり、自分の胸元を掴んだ。

「……だんだん、自分でも分からなくなった」

クロエは視線を落とす。

感情滞りは、突然壊れるわけじゃない。

少しずつ。

静かに。

誰にも見えない場所で進行する。

だから桜環都市では、“小さな違和感”を大事にしている。

映らない水面。
揺れる街灯。
聞こえない雨音。

それは、誰かの心が限界へ近づいている合図だからだ。

少女は窓の外を見る。

「……気づいたら、誰も私を見なくなってた」

クロエは静かに眉をひそめた。

「違う」

少女が振り返る。

クロエは少しだけ迷ってから言った。

「……見えなくなったのは、あんたのほう」

少女の目が揺れる。

「自分で、“自分はいても意味がない”って思い続けた」

クロエは黒薔薇の鍵を握る。

赤黒い感情光が、部屋の影をゆっくり照らした。

「だから影側へ沈み始めた」

影魔法は、“消えかけた存在”を見る魔法でもある。

クロエには分かっていた。

この少女は、まだ戻れる。

完全に消えたいわけじゃない。

“苦しいまま存在する方法”が分からなくなっただけだ。

その時。

窓の外で、黒猫が小さく鳴いた。

「にゃぁ」

少女の視線が、ゆっくり外へ向く。

「……まだ、来てくれてたんだ。
いなくなったふり、してただけなんだね」

黒猫は雨に濡れながら、じっと窓辺を見上げている。

毎晩。

消えかけた感情光を追いながら。

忘れられそうな存在を、見失わないように。

少女の瞳に、少しだけ光が戻る。

クロエはそれを見逃さなかった。

「……ほら」

ポケットから、小さな白光結晶を取り出す。

やわらかな灯り。

安心の感情光。

少女は戸惑いながら、それを受け取った。

温かい。

ほんの少しだけ。

胸の奥に、“まだここにいていい”みたいな感覚が灯る。

少女の輪郭が、少しだけ安定した。

水面みたいに揺れていた存在感が、ゆっくり戻っていく。

クロエは小さく息を吐く。

「……全部一気に消えなくていい」

少女は白光結晶を握りしめる。

その目から、ようやく涙が落ちた。

窓の外。

月灯区の街灯が、静かに白く灯り直していた。



第5話 おわり

読んでくださってありがとうございます🌸
少しでも気になったら、スキで感情光を灯してもらえたら嬉しいです。

#ELISIERA
#九条クロエ
#影を読む探偵
#感情ミステリー
#桜環都市

原作:ヨザクラ
制作:ELISIERA SAKURA Project
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