子どもの“遊びの約束”って、どこまで想定してる?
我が家には小学生が3人いる。
下の子たちはまだ小さく、友達と約束して外で遊ぶことはあまりない。一方で上の子は、以前のクラスの友達と家を行き来することがあった。ただ、進級してからはその機会も少しずつ減ってきた。
私自身も最近転職したばかりで、土日はできれば少し落ち着いて過ごしたいと思うこともあり、家での予定が少ない日は正直助かっている。
そんな中で、以前の友達と遊んでいた頃のことを思い出す出来事があった。
長期休みのある日、我が家で遊ぶことになり、その日は在宅で過ごしていた。
もともとは午前中で一区切りという前提で話をしていて、親同士でもその認識を共有していたつもりだった。
ところが当日、子どもたちの会話の中で、思っていたより長い時間を過ごす前提になっていることに気づき、少し驚いた。
その日はもう一人の友達も来て、子どもたちはとても楽しそうに遊んでいた。
ただこちらとしては、別の予定や下の子の用事もあり、想定していたように時間を柔軟に使うのが少し難しい状況でもあった。
外に出ることも考えたが、天気が安定せず、結果的に室内で過ごす時間が長くなった。
最終的には、夕方近くまで一緒に過ごす形になり、子どもたちにとっては楽しい時間だったと思う一方で、こちらは正直かなり慌ただしさを感じる一日になった。
子どもに悪気があるわけではない。ただ、長期休みの「遊びの場」として家が機能すると、受ける側の負担は思っていた以上に大きいと感じた。
それ以来、遊ぶ約束のときは「何時に終わるか」を親同士でもより明確に共有することを意識するようになった。
また、事前に家庭の事情をお伝えしていた日でもあったので、もう少しお互いに余裕を持ったやり取りができていたら違ったかもしれない、と感じる部分もあった。
それでも、子どもたちが楽しく過ごせたこと自体は良い時間だったと思う。
今回の経験を通して、「受け皿になる側の前提は、最初の合意でほぼ決まる」という感覚が少し強く残った。
