カメラは、いつも“スマホ”じゃなかった
はじめまして、えみです。
スチルや映像制作にかかわるディレクターとして「撮ってほしい」を伝える仕事をしています。
撮る側にお願いする立場であることが多いのですが、最近は、写真や映像そのものについて自分なりに学び直しているところです。
📷 最初の出会い
私とカメラの出会いは、中学生のときでした。
当時、「iPhoneがほしい」と父におねだりしたことがあったんです。
周囲がみんなスマホを持ち始めた頃で、私もそろそろ……なんて思っていたのですが、父がくれたのはiPhoneではなく、SONYのNEX-7というカメラでした。

「なにこれ……どう使うの?」
正直、最初は戸惑いました。でも、シャッターを切ってみると、思っていた以上に鮮やかでリアルな世界が写っていました。
写真の中の空気や光が、iPhoneよりもずっと生々しくて、鮮明で、まるで現実そのものを切り取ったように感じられました。
そのときの印象が、私の中にずっと残っています。
ちなみに、父自身は昔からニコン党で、趣味とは思えないほどの機材を揃えています。
でもなぜか、私にくれるのはいつもソニー製。本人いわく「初心者にはソニーのほうが向いてる」らしいのですが、父自身もソニー機が気になっていたのかもしれません。実はそのとき、父は自分用にNikon D3sを買っていたのですが、それはまた別の話。
中学生の頃は、友人たちをモデルに撮るのが楽しくて、休み時間や放課後にはNEX-7を構えていたのを覚えています。
卒業アルバムには、私が撮った写真がたくさん使われていて、今思えば少し誇らしくもあり、ちょっと恥ずかしい思い出です。
父が山のように写真を撮ってくれていたので、自分の写っている写真がないというわけではありませんが、当時の私はあくまで“撮る側”で、自分自身を意識的に写すことはあまりなかったように思います。
📷 再びカメラを選んだ理由
高校生になると、念願のiPhoneをようやく手に入れて、日常のスナップはすっかりスマホが中心になりました。
自撮りも含めて“自分が写る写真”もようやく少しずつ増えていきましたが、それでもやっぱり誰かを撮るほうが好きで、レンズを向ける側にいることが多かったように思います。
そして大学4年、内定が決まった年。
「お祝いにiPhoneを買い換えたいな」と軽い気持ちでまた父に話したところ、彼が手配したのはSONY α6600でした。その裏で、父はNikon D5を買っていました。相変わらずです。

またカメラか、と苦笑いしてしまいました。
でも、不思議と今回は、素直に受け取れました。
きっとどこかで、「もっとちゃんと写真を理解したい」という気持ちが芽生えていたんだと思います。
子どもの頃からカメラには親しんできたものの、仕事として写真や映像に関わるなら、もう少し深く知っておきたい──そんなタイミングだった気がします。
📷 今、カメラを学ぶ理由
私はいわゆるZ世代の“コロナ入社組”で、アシスタントディレクター(AD)としての現場経験をじゅうぶんに積めないまま、制限の多い社会人生活が始まりました。リアルな現場での撮影に立ち会えず、知識ばかりを詰め込んで、それを実践する場がなかった──そんな焦りのようなものが、ずっと心のどこかにありました。にもかかわらず、2年目にはディレクターに昇進させられてしまい──昇進や昇給の喜びよりも、「何も知らないまま進んでしまった」という恐怖のほうが、正直大きかった気がします。
今、私はα1ⅡとFX3というカメラを使いながら、現場で伝えるべきことをもっと的確に言葉にできるよう、写真や映像の基礎を勉強しています。
光がどう回るのか、構図がどんな印象を与えるのか、そしてそれが“誰のための、何のための写真か”につながっていくということ──
勘や経験が不足している中、感覚だけで伝えていたことをきちんと理解し、現場で責任を持って言葉にできるように。
そんな思いで、少しずつ、カメラやレンズ、光、構図といった“表現を支える技術”に向き合い始めました。
本音を言えば、「カメラのこと、何もわかってないくせに」と言われたような気がして、耳が勝手に拾ってしまっただけなのかもしれません。でも、そう感じる自分がいたのは事実で、それが今の学びの原動力にもなっています。
このnoteでは、そんな私の過去と現在、そして学びや気づきを少しずつ綴っていきたいと思っています。
気が向いたときにでも、また読んでもらえたら嬉しいです。
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