『私の話』第10話 それでも、私は生きている
駅弁をいくつか買って急いで帰ると、
主人はまだ生きていました。
お弁当を見て、
「お前が食べなさい」と言いました。
買い物にも出なくなっていた私たちのもとへ、
母がときどき食べ物を届けてくれていました。
その母も、延期していた検査入院をした結果、
肝臓がんとわかり、手術を受けることになりました。
私は手術の日、主人を家に残し、
ほんの数時間だけ病院へ行きました。
手術を終えた母の顔を一目見て、
すぐに家へ戻りました。
そのときの私は、
どこにいても、誰のそばにいても、心が落ち着く場所がありませんでした。
主人は次第に何も食べなくなり、
やがて飲み物さえも受けつけなくなりました。
一か月近く過ぎた頃、
限界を感じていたのは、私のほうでした。
せめて点滴だけでもと病院に連れていくと、
看護師さんに
「よくこの状態まで家で看ていたね」
と言われました。
それから三日後。
会社の人たちが見舞いに来てくれて、
病室から離れ、二人きりになったそのとき、
主人の呼吸が、急に荒くなりました。
ナースコールを押すと婦長さんが駆けつけ、
「耳は聞こえているから、話しかけてあげて」
と言われました。
私は、
「ありがとう」
「出会えてよかった」
そう何度も、言葉をかけ続けました。
本当は、もっと伝えたいことがあったはずなのに、
そのときの私は、その言葉しか出てきませんでした。
そのまま、主人は静かに息を引き取りました。
結婚して十年。
最後の一年が、いちばん夫婦らしい時間だったのかもしれません。
会社には借金があったため相続は放棄し、
お墓のことは弟さんにお願いしました。
主人が亡くなって、半年ほど経ったころ、
私は、今の夫と出会いました。
祖父母に育てられ、自由に生きてきた若い頃。
裕福でありながら、どこか孤独だった結婚生活。
いろいろな時間を経て、
今は、特別なことはなくても穏やかで、
一度はあきらめていた子どもにも恵まれ、
心から幸せだと思える日々を過ごしています。
ただ、
もし母が生きていたなら、
手をつないで一緒に歩きたかった。
そして、本当の父の顔も、
一度でいいから見てみたかった。
子供の頃
「私のことなんて、いらなかったんだ」
そう思っていました
けれど叔母から
「離婚のあと、あなたを引き取りに来たのよ」
と聞き、心の中に抱えていた想いが、少しずつほどけていきました。
一度は、死を覚悟するような経験もしました。
それでも、
私の人生はまだ続いています。
これからは娘を見守りながら、
「誰かのため」だけではなく 、
「自分のため」の時間も大切にしていきたい。
新しい一歩を踏み出していきたいと思います。
そう思えるようになりました。
そして、
また少しずつ、前に進んでいこうと思います。

このあと、思いもよらない出来事が起こります。
続きは「私の話」それから
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