山羊座18度50分 満月 ひとり舞台 【友だちのうちはどこ?】
伝統を受け継ぎ
受け継ぎ
礼儀を受け継ぎ
受け継ぎ
信じて守ってきた
この大地に芽生えた
新しい芽たちを
規律で囲み
はみださないように
同じものを受け継ぎ
繰り返し
受け継ぎ
繰り返し
先生の仰ることは正しい
親の言うことは正しい
決められた規則を学ぶ
絶対的なものを
受け継ぎ
繰り返し
妄信的に成熟したものたちと
新しく生まれてきた芽たち
どちらも純粋であるだろう
どちらも純粋で美しく
その美しさの中で
信じているものがある
新しい芽たちは
目に映るすべてを信じている
先生を 親を
自分を 世界を
妄信的に成熟したものたちは
受け継いできたものを信じ
それを守り続けている
星はめぐり
もしも
彼らが
新しい芽を信じることができたなら
その守りから解放され
新たな物語がはじまるかもしれない
物語を変えるのは
少しの見方を変えたとき
そんな単純なものではないのは
わかっている
でも本当は
そんな単純なものなのかもしれない
枠を抜けて
駆け抜けて
道の途中で摘んだ花を
友のノートにはさむ
物語はどこからでも
はじまる
枠を抜けて
一生はそんなに長くない
駆け抜けて
どこまで気づけるか
山羊座18度50分
満月
ひとり舞台
今回(7月11日)、山羊座で起こる満月に向けて、心に浮かんできた映画がありました。
イランの巨匠・アッバス・キアロスタミ監督の1987年の作品『友だちのうちはどこ?』という映画です。
イラン北部の小さな村。アハマッド少年は、同級生・モハマッド=レザのノートを問違えて持ち帰ってしまった。「ノートを忘れたら退学だ」という先生の言葉を思い出したアハマッドは、ノートを届けに遠く離れた友達の家へと走りだすが…。
友達のノートを間違えて持ち帰ってしまい、ノートを返すために、ただただひたすらと、その友達のうちを探してまわるという映画。
20年以上前にこの映画を観た時は、映画に出てくる抑圧的な大人たちにイライラしつつも、なんだか心に残る、好きな映画のひとつでした。
今観てみると、以前には感じなかった美しさが浮き出て見えて、それは映像的な美しさだけではなく、この世界を背景にした人間たちの強さと弱さの中に秘められた美しさが見えてくるようでした。そんなストーリのラストカットには、さりげなくぎゅっと詰め込まれた一点の美しさが映し出され、それに心打たれ、涙し、この厳しくもある世界を抜けていく道を、何を信じて何を選択していくかを、見せられているようにも思える映画でありました。
信じることでこの世界はできていく。
何を信じて生きていくのか。
この変化する世界の中で。
時代はよくも悪くも変わっていきます。
この映画の中で、
かつて、村にあるほぼ全ての家のドアを、木を削って造り続けていた職人は言う。
この村のドアは今、木のドアから丈夫で長持ちする鉄のドアへと変わりつつある、そんな時の中で。
鉄のドアは一生 壊れんからだそうだ
一生て それほど長いものなのかね
木で削られたドアの
飾り窓から漏れる光
壁に映し出された
光の影は
柔らかく
美しい

美しいと感じる中に
今このとき
在りたいと思う
夢見るものを
これから先にとっておくのもいいけれど
一生て それほど長いものなのかね
一生はそんなに長くない
駆け抜けていく
その中で
信じるしかないもの
それはなに

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
よき日でありますように!
2025年7月11日
