バラバラに見えて、全部繋がっていた——2026年上半期振り返り
emondoraです。
2026年上半期、emondoraがnoteで書いてきた記事を振り返ります。哲学・アニメ考察・健康美容・文学・ライフスタイル——半年間で紡いできたテーマと、その奥にある一本の糸について、正直にまとめました。
今日で2026年も、ちょうど半分が終わります。
毎週のように記事を書きながら、「何かに突き動かされている」という感覚がずっとありました。
哲学を書いて、アニメを考察して、肌や腸の話をして、また哲学に戻って——一見バラバラに見えるテーマたちが、実はどこかで繋がっている気がしていて。
今日は立ち止まって、上半期に書いてきたものを、一度ちゃんと振り返ってみたいと思います。
2026年上半期を振り返る——半年間、何を書いてきたか
ライフスタイル・振り返り|emondora
1. 哲学シリーズ——九人の哲学者と歩いた半年
最初に書いたのは、デカルトでした。
「我思う、ゆえに我あり」——すべてを疑った先に残る、確かな出発点。
そこからパスカルの「考える葦」、スピノザの「すべてはつながっている」という宇宙規模の視点、キェルケゴールの「あれか、これか」、ハイデガーの「死への存在」、ラッセルの「外の世界への興味」、ニーチェの「神は死んだ」、ベルクソンの「純粋持続」、そしてアリストテレスの「エウダイモニア」。
九人の哲学者と、半年かけて対話してきました。
振り返ってみると——デカルトが「疑うことから始まる確かさ」を示し、パスカルが「人間の弱さと尊厳」を見つめ、スピノザが「自由とは本質に従うこと」と説き、キェルケゴールが「主体的に選ぶことが生きることだ」と言い、ハイデガーが「死を直視することで本来的に生きられる」と語り、ラッセルが「外の世界への興味と愛情と休息」を説き、ニーチェが「自分の価値を自分で作れ」と挑発し、ベルクソンが「過去は消えない、時間は流れている」と教え、アリストテレスが「幸福とはよく生きている活動そのものだ」とまとめる——
順番に読み返すと、まるで一つの大きな問いが少しずつ形を変えながら、私の中で深まっていったように感じます。
デカルトの「確かさ」から始まった旅が、最終的にアリストテレスの「よく生きること」という、とても静かで実践的な場所に着地した。
この流れ自体が、半年間の私の思考の軌跡だったのかもしれません。
2. アニメ考察シリーズ——フリーレンとSBR、二つの旅
葬送のフリーレン第2期、全10話を「まとめて観たい派」として一気に観て、考察を書き続けました。
封魔鉱の洞窟、南の勇者、足湯、皇帝酒、ゲナウとシュタルクの激闘、ヒンメルの自伝、ゲーエンの橋——どの話も「継承」というテーマで一本に繋がっていました。
「フリーレンならそうする」という言葉が生まれた瞬間——ヒンメルから受け取ったものが、フリーレンを通して世界に広がっていく様子に、何度も胸が熱くなりました。
そしてスティールボールラン。
ジャイロ、ポコロコ、ジョニィ——三者三様の「走る理由」を持つキャラクターたちの関係性を、第1話の範囲で深掘りしました。
どちらの作品も——「誰かから受け取ったものを、次に渡していく」という構造を持っていて、これは哲学シリーズで書いてきた「自分の価値を自分で作る」というテーマとも、静かに響き合っていた気がします。
3. 文学シリーズ——本棚から、深掘りへ
三島由紀夫の『金閣寺』から始まり、星の王子さまのヘビ編・キツネ編という創作も書きました。
マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』を読み、「無意志的記憶」という概念に出会い——そこからベルクソンの哲学、フィリップ・K・ディックのSFへと、「時間と記憶」というテーマが繋がっていきました。
読んでよかった本のリストも二回に分けて書いて、金閣寺・こころ・アルジャーノンに花束を・あなたの人生の物語から、カフカ・カミュ・ワイルド・ギャツビー・デミアンまで、合計20冊。
文学を読むことは——誰かが生きた時間を、今の自分が受け取ることなんだと、プルーストとベルクソンを読んでから、強く感じるようになりました。
4. 健康・美容シリーズ——内側から整えるということ
このシリーズが、おそらく一番たくさん書いたテーマです。
腸内環境から始まり、クレモリス菌・ビフィズス菌・LGG乳酸菌という個別の菌の話、睡眠との関係、肌、髪、紫外線と抗酸化、クマとむくみ、生理とホルモン、レモン水、自律神経、糖化とAGEs、水分摂取、夏の冷え性、姿勢、そして雨の片頭痛。
数えてみると、15本近く書いていました。
振り返って一番強く思うのは——全部が、結局ひとつの根っこに繋がっていたということです。
腸が整えば肌が整う。睡眠が整えば自律神経が整う。自律神経が整えばホルモンも整う。姿勢が整えば呼吸が整い、呼吸が整えば自律神経も整う。
体は、思っていたよりずっと「ひとつのシステム」として動いていました。
そして毎回書いてきた「正直に言います」というコーナー——誇張せず、過度な期待もさせず、でも諦めさせない、という距離感を保つことを、ずっと大切にしてきました。
5. ライフスタイルシリーズ——20代後半の、等身大の記録
サザエさん症候群と五月病、香水と記憶の哲学、お金との向き合い方、友達が減っていく感覚、ひとり時間の過ごし方。
そして——父の遺したWILDSWANSの財布のエイジング記録。
これは、このブログの中でも特別な連載になりました。
ほぼ未使用のまま25年以上保管されていた財布が、私が使い始めることで少しずつ艶を増していく。
1ヶ月後のレポートで「黒みが深まり、艶が出てきた」と書いた時——父が見られなかった変化を、自分が育てているという感覚に、何度も胸が熱くなりました。
太宰治の誕生日と桜桃忌が同じ日だったことに気づいて、急遽記事を書いた日もありました。
予定していたテーマを脇に置いてでも、「今日という日に書きたいこと」を優先した、あの夜のことは、よく覚えています。
6. 全部が繋がっていた、一本の糸
こうして並べてみると、バラバラに見えていたテーマたちに、共通する一本の糸があったことに気づきます。
「時間をかけて、何かが育っていく」というテーマです。
デカルトが疑い続けた末に辿り着いた「確かさ」も、一瞬の閃きではなく、思考の積み重ねの果てにあるものでした。
腸内環境も、肌も、髪も——すぐには変わらない。3ヶ月、半年というスパンで、ゆっくり変わっていく。
WILDSWANSの財布も、毎日触れることで少しずつ艶を増していく。
フリーレンが千年かけて「人を知ること」の意味に気づいていったように。
ベルクソンが「過去は消えない。現在の中に溶け込んで生き続ける」と言ったように。
今日という日は、未来のどこかで「あの頃の積み重ね」として、必ず意味を持つ。
これが、上半期に書いてきたすべての記事を貫いていた、一本の糸だったんだと思います。
7. 下半期に向けて
7月7日には、「天は赤い河のほとり」のアニメ放送が始まります。
10月にはSBRの2nd STAGE。
WILDSWANSのエイジング記録も、3ヶ月後、半年後と続けていきます。
哲学シリーズもまだ書きたい人が何人もいます。プラトン、カミュ、エピクテトス——候補はたくさん残っています。
健康シリーズも、季節が変わるごとに新しいテーマが出てくるはずです。
半年前、最初の記事(デカルト)を書いた時は——こんなにたくさんのテーマで、こんなに長く書き続けるとは思っていませんでした。
でも続けてきたからこそ、見えてきた繋がりがある。
下半期も、同じペースで、丁寧に書いていきたいと思います。
まとめ——半年分の記事が、教えてくれたこと
哲学者と対話し、アニメの世界に没頭し、本を読み、体と向き合い、日々の小さな出来事を綴ってきた半年間。
書きながら、ずっと感じていたのは——
「考えること」と「生きること」は、別のものじゃなかったということです。
デカルトを読んだ夜も、フリーレンに泣いた夜も、腸活を始めた朝も、父の財布を受け継いだ日も——全部、同じ「今日を生きる」という営みの中にありました。
読んでくださったすべての方に、改めてありがとうございます。
下半期も、よろしくお願いします。
💬 「上半期の記事で一番印象に残ったもの」ぜひコメントで教えてください!
一緒に振り返れたら嬉しいです。
「スキ」やフォローが、下半期も書き続ける力になります。
