345_コップに入った水の本当の意味
コップに入った水を見るとき。
こんなに入っているとみるか?
こんなに少ないとみるか?
という例がありますよね。
コップに入った水の方を見ているか?
入っていないほうをみているか?
満足に気づくか?
不足に気づくか?
という例で使われます。
今十分に在ることを
認識したほうが幸せだよ
という意味としての例示が
多いかなと思います。
これ、当たり前だろ?
と思いませんか?
なにを普通なことを、、、とか
でも、実は
なかなかに実践が難しい
ものだとは思わないものなんです。
なにかというと
”人は無意識に不足を見ている”
ということ。
これ、本当に無意識なんですよ。
例えば、外出した時、
美味しそうな鰻のかば焼きの
お店がある。
食べたくなる。
でも、鰻なんて高くて手が出ない。
或いは、健康上の理由で
そうそう鰻なんて食べない。
理由はともかく食べられないとして、、、。
食べたいのに食べれない。
こんな状況。
嫌ですよね、、、。
これ、もう見ているんですよ。
不足を。
無意識でしょう?
鰻の美味しさではなく、
美味しい鰻を食べれない(不足)
ことに意識をフォーカスしているんです。
もっと言えば、
鰻と同時に、普通に家にあるご飯
白米にサバの塩焼きとお味噌汁が
在ったとする。
この時、鰻の不足をみながら
白米にもサバの塩焼きにも
お味噌汁にも意識はいかない。
在るのに。
これが不足にフォーカスするという
事なんです。
だからここにコップの水の例が活きる!
敢えて、苦悩を感じた時は、
白米とサバの塩焼きとお味噌汁に
意識を向ければいいのです。
それが幸せという事。
全ての苦悩と幸福の感じる構造は
同じだという事です。
