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「もう、終わりを求めない」そう決めたわたしが、静かな夜に見つけた光


また、はっきりと気づいたことがある。


わたしは、
仕事でも、人間関係でも、
「同じことがずっと続くのが耐えられない」
という感覚をずっと抱えていた。


仕事でも、
毎週同じことが起こるたびに、
同じような人が来るたびに、
同じような作業をするたびに、
心のどこかでこう思ってしまう。


「また同じことの繰り返し……?」って。


まるでどんな仕事に就いても
毎回同じことの繰り返しに
嫌になっていくんだ…


最初は、ただの"飽き性"なのかと思っていた。


「わたし、飽きやすいのかな…」
「同じことを続けられないな…」

仕事も、趣味も、人間関係も
なにもかもが"飽きやすいんだ"と思った。


でも、違った。


これはもっと深い、
魂の癖からくるもの」なのだとわかった。


わたしの魂は、

  • 「終わらないこと」「変化しない現実」を閉じ込められたように感じやすい

  • だから、無意識に「終わらせたい」「動かしたい」という衝動が出てくる

  • その結果、変わらない人や現実に出会うと、苛立ちや裁きが生まれる

そんなパターンを
ずっと繰り返してきたのだ。



この癖があるから、

  • 恋愛では「もう終わらせたい」と思いながらも、実際には未練が残る

  • 逆に振られると、「自分の手で終わらせられなかった」痛みが強く残る

  • 仕事や人間関係でも、「変化しない人」を責めたり距離を置きたくなる

…そんなループを繰り返していたのだと思う。



わたしは安心や安定よりも
自由や縛られない生活や
自由な関係を求めてきた。


安定した正社員も捨てて
結婚にも興味がなくて、
家族が欲しいとも思わなくて、

"世の中の幸せ"というものが
自分には程遠いと思ってきた。


わたしの魂にとっては、
「終わりが見えない枠に閉じ込められる感覚」
として、感じやすかったのかもしれないね…




そして、もう一つ重要なことに気づいたんだ。


「人を変えたい」という感情は、
わたしのエゴだった。

ということ。


一時期、セッションやっていたときに
「変わってほしい」と思ってやっていた。


「変わっていくと、楽になる」

そう、信じて生きてきたから。



でも、
それは、わたしの魂の癖からくるエゴだった。


本当は……
「変わっていく自分」を正当化したくて
「変わらない人」を裁いてしまっていた。


「終わらせることが正しい」
「終わって始まり、変わっていくことが正しい」

無意識の信念がそう、言ってきていたんだ。



今思うと、本当に痛い真実だよね。


スピリチュアルを使って
人を裁いてしまったいたんだと思う……


相手が変わらないことに対して
裁いていたのは、

  • わたし自身の「終わらせたい」癖が刺激されて不安になったから

  • 自分が感じる閉塞感を、相手のせいにしていたから

であって、
相手を本当に変えたかったわけじゃないんだ。


本心から「変えたい」と
思っていたわけじゃなかった。


本当は、
相手を変えたいんじゃなくて、
"自分の不安や癖を静めたい"だけだったの。



だから、
わたしは変わることを抵抗する人に
自分の気持ちや思いを
押し付けてしまったかもしれない。

あぁ……ごめんなさい。




わたしはこれまでずっと、

「変わらなきゃ」
「変わり続けることこそが価値」

そう、信じて生きてきたのかもしれない。


だからこそ、
外側の現実を変えて
「ほら、わたしは成長した!」
と証明したかった。


「終わらせたい」という魂の癖にも、
その確信を求めていたのだと思う。



「変わらなきゃいけない」と
自分を追い立ててきたことに気づいた。


その瞬間、こう言葉が降りてきた。


「もう、変わらなくていいよ。」


張りつめていた何かがほどけて、
「今のわたしでいい」という
安心感が胸いっぱいに広がった。

涙が溢れてきた。



もしかしたら、
本当に変わるというのは、
「もう変わらなくてもいい」と
自分に許可を出したときに、
自然と訪れるもの
なのかもしれない。




今なら、わかる。


相手や現実を無理に変える必要はないし、
「変わらない」こと自体が、
わたしの魂が癒されるための
きっかけになっている。


目の前の相手は
わたしに対して「変わらなくていいよ」って
教えてくれていたんだよね…


相手が「変わりたい」と望んできたときだけ
そっと背中を押してあげればいい。


それまでは、
ただ相手や現実を尊重して、
見守っていればいいんだ。



「変わらない現実の中でも、
わたしは安心していられる」


その感覚を、自分の中で育てていきたい。



きっと、
ツインレイの彼と出会ったのも、

  • 「終わらせたい」わたしと、

  • 「終わらせたくない」彼、

という、真逆の性質を持つ2人が
出会うことに意味があった。


わたしは、
「続くことの中にも安心や価値がある」
と知るために。


彼は、
「終わりや変化の中にも新しい自由がある」
と知るために。


お互いに真逆のテーマを
映し合っていたのかもしれない。


「続くことの安心」も
「終わることの自由」も
どちらも学ぶため
だったのだ、と思う。



これからは、
「終わらせなきゃ次が始まらない」
という癖を手放す。


変化しない現実も、
動かない人も、
安心して受け入れられるわたしでいたい。


それがきっと、わたしがこれから創る
「家族 × 愛 × 豊かさの循環」
の世界の土台になっていくのだと思う。



わたしは、わたしのままで。
あなたは、あなたのままで。
「それがいい」

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