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これでオラザク大賞は間違いなし!? すべてが純金「純金の百式 1/100」という資産的価値をもつ金細工

「オラザク大賞を獲りたい」

ガンプラを作る人間なら、一度くらいは考える。

塗装を極める。

改造を極める。

ディテールを追加する。

ウェザリングを極める。

ジオラマまで作り込む。

そして完成した作品を見ながら、

「……これ、いけるんじゃないか?」

と思う。

だが、ここで一つ問題がある。

世の中には、とんでもなく上手い人がいる。

塗装がうまい。

工作がうまい。

撮影もうまい。

改造技術もすごい。

何年も積み重ねてきた技術を、数カ月で追い越すことなど、そう簡単にはできない。

では、どうするか。

技術で勝てないなら。

発想で勝つ。

そこで私は考えた。

「百式を、本当に金にしたらどうなる?」


百式だから成立してしまう、恐ろしいアイデア

ガンダムシリーズには、さまざまなモビルスーツが存在する。

白い機体。

青い機体。

赤い機体。

黒い機体。

緑の機体。

そして金色。

百式である。

百式という機体は、そもそも「金色」であることがアイデンティティの一部になっている。

つまり、

「金色に塗りました」

ではない。

「金で作りました」

という方向に突き抜けることができる。

普通のガンプラなら、

「いや、それ塗装でいいじゃん」

と言われる。

しかし百式なら違う。

「なぜ金色なのか?」

という問いに対して、

「百式だからです」

で終わってしまう。

強い。


1/100というサイズがまた絶妙に危険

ここで1/144ではなく、1/100にする。

理由は単純だ。

大きいから。

純金で作るなら、ある程度のサイズがなければ「金で作った」という凄みが伝わりにくい。

1/144では、

「すごい金ピカの百式ですね」

で終わる可能性がある。

しかし1/100なら違う。

目の前に置いた瞬間、

「なんか異様に重そう」

という存在感が出る。

さらに重要なのが、ディテールである。

1/100なら装甲の段差、スジ彫り、内部フレーム、関節、バーニア、武器などをしっかり見せられる。

つまり、

金そのものの価値と、模型としての精密さを同時に見せられる。

ここが重要だ。


「純金だからすごい」では、実はまだ弱い

ここを勘違いしてはいけない。

純金で作っただけなら、極端な話、

「金を百式っぽい形にした」

だけでも成立する。

しかし、それでは模型作品としての面白さが薄い。

本当に恐ろしい作品にするなら、

純金なのに、ガンプラとして異常に完成度が高い

ところまで持っていく必要がある。

例えば、

・装甲のエッジを極限までシャープにする
・金の光沢を部位ごとに変える
・鏡面と梨地を使い分ける
・内部フレームは黒金でまとめる
・バーニア内部まで作り込む
・メタリックレッドを最小限だけ差す
・武器も金属製にする
・関節構造まで破綻させない
・ポージングしても「置物」に見えない

ここまでやる。

すると面白い現象が起きる。

最初は、

「純金だからすごい」

だった作品が、

「……これ、模型としても普通に凄くない?」

に変わってくる。

ここまで来れば勝負になる。


「金ピカ」は、実はごまかしが効かない

金色は派手だ。

だからこそ、粗が目立つ。

普通の塗装なら光の当たり方によって誤魔化せる部分もある。

しかし鏡面に近い金属表面は、容赦がない。

傷。

歪み。

段差。

表面処理の甘さ。

パーティングライン。

すべてが光を拾う。

つまり、

純金百式は、派手なのに誤魔化しができない。

これは模型として非常に面白い。

金を使えば簡単に豪華になるわけではない。

むしろ逆だ。

豪華な素材を使った瞬間、作り手の技術まで丸裸になる。


そして「重量」という、金ならではの説得力

純金の恐ろしいところは、見た目だけではない。

重い。

金の密度は非常に高い。

だから同じサイズでも、一般的なプラスチック製ガンプラとはまったく違う重量感になる。

完成した純金百式を手に取った瞬間、

「……重っ」

となる。

この「重っ」が重要なのだ。

模型は基本的に「見るもの」である。

ところが純金百式は、

見る。
触る。
持つ。
重さを感じる。

という体験に変わる。

もはや単なるプラモデルではない。

工芸品。

美術品。

そして、ある意味では資産でもある。


「いくらするんだよ」という問題

ここで現実に戻ろう。

純金を大量に使えば当然、材料費だけでとんでもない金額になる。

仮に純金を数百グラム使ったとする。

金相場次第では、それだけで数百万円から一千万円を超える世界に入ってくる。

さらに加工費。

鋳造費。

切削費。

研磨費。

組立費。

設計費。

そして版権。

ケース。

展示台。

鑑定書。

シリアルナンバー。

全部乗せしたら、

「ガンプラなのに家が買えそう」

という価格になってもおかしくない。

だが、ここで価値観をひっくり返す。

普通の模型なら、

「高すぎる」

で終わる。

純金百式なら、

「いや……金そのものに価値があるからな」

となる。

この構造が面白い。


「模型」と「資産」の境界線

普通のガンプラは、基本的に完成した瞬間から中古品になる。

どれだけ丁寧に作っても、プラスチックである。

もちろん作品としての価値は残る。

だが、材料そのものに大きな換金価値があるわけではない。

ところが純金百式は違う。

極端な話、

「模型として評価されなかった」

としても、

金としての価値が残る。

これは非常に特殊だ。

つまり、

「作品としての価値」

と、

「素材としての価値」

が同居する。

模型界隈に突然、

資産運用という概念が侵入してくる。


そしてオラザクの会場に持っていく

想像してみてほしい。

ずらりと並ぶ力作。

超絶技巧の塗装。

徹底的に改修されたガンダム。

精密なジオラマ。

その中に、一体だけ異様な作品がある。

黒い展示台。

スポットライト。

その上に立つ百式。

黄金。

鏡面。

鋭いエッジ。

細部まで作り込まれた装甲。

そして作品説明。

「純金製 1/100 百式」

審査員が近づく。

「……純金?」

作者が答える。

「はい」

「本物の?」

「はい」

「何グラム?」

「○○○グラムです」

ここで空気が変わる。

しかし、本当に重要なのはここからだ。

審査員が、

「すごい金ですね」

ではなく、

「……これ、模型としても凄いな」

と言ったら勝ちなのである。


本当に狙うべきは「金賞」ではない

純金だから金賞。

そんな単純な話ではない。

むしろ、

「金だから金賞」

というダジャレだけで終わったら悲しい。

狙うべきなのは、

「なんでこんなものを作ろうと思ったんだ」

という驚き。

「しかも、なんでここまでやったんだ」

という感嘆。

そして最後に、

「……ちょっと欲しい」

と思わせることだ。

作品として人の記憶に残る。

それが本当の意味で強い作品だと思う。


作品の価値は、技術だけでは決まらない

模型コンテストというと、

「技術力がすべて」

と思いがちだ。

もちろん技術は重要だ。

しかし、技術だけなら、上には上がいる。

だからこそ、

「何を作るか」

が重要になる。

普通の百式を完璧に作る。

それも凄い。

だが、

「百式を純金にする」

という発想を持ち込んだ瞬間、作品そのものに物語が生まれる。

なぜ純金なのか。

なぜ百式なのか。

なぜ1/100なのか。

なぜここまでやったのか。

その全部が作品説明になる。


心を打たれる珠玉の一文

最高の模型とは、技術を見せる作品ではない。
「そこまでやるか」と、他人の想像力の限界を一歩だけ超えていく作品だ。

純金百式という発想は、まさにそこにある。

金色の百式を作る。

誰でも思いつく。

金色に塗る。

それも普通にある。

しかし、

「じゃあ、本当に金で作ったら?」

と一歩踏み込む。

さらに、

「どうせなら1/100にしよう」

「どうせなら鏡面仕上げにしよう」

「どうせなら内部まで作り込もう」

「どうせなら武器もやろう」

「どうせなら鑑定書まで付けよう」

と、狂気を一段ずつ積み上げていく。

最終的に完成するのは、

「金色の百式」ではない。

「百式というキャラクターを、金という素材そのものに変換した作品」

なのだ。


そして一番怖いこと

もし本当に純金百式を作ったとして。

オラザクで大賞を獲ったらどうするのか。

もちろん嬉しい。

写真を撮る。

SNSに投稿する。

「大賞いただきました!」

と報告する。

みんなが祝福する。

ところが、その後。

家に帰る。

棚を見る。

そこには数百万円、場合によっては一千万円を超える純金製の百式が立っている。

そこでふと思う。

「……これ、地震が来たらどうしよう」

さらに、

「盗まれたら?」

「落としたら?」

「子どもが触ったら?」

「掃除するときどうする?」

「保険入れる?」

「銀行の貸金庫に入れる?」

……。

ガンプラを買ったはずなのに、最後は資産管理の話になっている。

これが純金百式の恐ろしさだ。


「オラザク大賞は間違いなし!」……と言いたくなる理由

もちろん、本当に大賞を獲れるかどうかは審査員にしか分からない。

だが、一つだけ確実なことがある。

記憶には残る。

模型コンテストで最も怖いのは、

「上手いけど、なんとなく見たことがある」

という作品だ。

逆に、

「なんだこれ?」

と思わせた作品は強い。

純金。

百式。

1/100。

超絶工作。

鏡面仕上げ。

圧倒的重量。

そして異常な制作費。

全部が一つの方向を向いている。

だから強い。


最後に

ガンプラは、プラスチックでできている。

だから安い。

だから誰でも作れる。

だから面白い。

でも、もしその「誰でも作れる」という前提を全部ひっくり返して、

「誰でも作れるものを、誰にも作れないものにする」

としたら。

それはもう、単なるガンプラではない。

模型という趣味の、

「ここまでやっていいのか?」

という限界を試す作品になる。

そして百式には、それをやる資格がある。

なぜなら、こいつは最初から金色だからだ。

だから最後に一言。

オラザク大賞を獲るために純金百式を作る。

……。

たぶん順番が逆である。

純金百式を作ってしまった結果、

「これ、オラザクに出すしかなくね?」

となる。

それくらいの狂気があってもいい。

模型とは、本来そういう趣味なのだから。


総額いくらになる?


1/100純金百式・純金1kg

金そのものだけで、

約2,500万円

です。

さらに、

  • 原型・3D設計

  • 純金鋳造

  • 精密切削

  • 鏡面研磨

  • 可動関節

  • 細かい金属パーツ

  • 武器

  • 台座

  • 専用ケース

  • 鑑定・品位証明

  • 制作人件費

  • 版権関連費用

  • 失敗・ロス分

まで入れる。

そうすると、販売価格は3,000万~4,000万円級になっても全然おかしくない。



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