「優先席」は誰のもの?
整形外科への通院には電車を利用している。
三角巾で腕を固定するようになって、誰の目にも骨折していることがわかるようになったため、電車内では優先席を使うことにした。
その日も、通院の帰りの電車で優先席に座っていた。
電車は、座席が窓に沿って長椅子になっているタイプで、優先席は一般席と隣接した形だ。
私が優先席に座っていると、あとから隣の一般席に年配の女性が座ってきた。
女性は、チラリと私の三角巾をした腕に目をやった。
そして、あろうことか、私の腕めがけて、いきなり肘鉄を食らわせてきた。
予想外のできごとに、しばし思考がフリーズする。
幸い、狙われたのは肘で、骨折している肩は無事だった。
驚きながらも「たまたま当たっただけかも……」と思い直し、そのままスルーすることにした。
しかし、攻撃はそれだけでは終わらなかった。
私が反応しないのを見て、こんどは体ごと体当たりしてきたのだ。
さすがに怒りが爆発しそうになった。
しかし、骨折して戦闘力ゼロの私に、相手をたしなめる勇気などあるはずもない。
そっと席を横に移動し、女性との距離をあけるのが精一杯だった。
「もしまた攻撃してきたら……?」
そんな恐怖が胸の中で大きく広がった。
幸いなことに、次の駅で女性は何事もなかったかのように降りていった。
それ以来、私はすっかり優先席が怖くなってしまった。
骨折するまで私は、優先席とは無縁だった。
けれど、自分が「優先席に座る立場」になって初めて気づいたことがある。
優先席は、外から見ただけではわからない事情を抱えた人のためにもあるのだ。
元気そうに見えても、体の中に障害がある人もいる。貧血で立っていることが難しい人もいる。義足などで、電車の揺れが負担になる人もいる。
「元気そうなのに、なぜ優先席に座っているのか」
そう思う前に、「自分には見えていない事情があるのかもしれない」と想像できたら、世の中は少し変わるのではないだろうか。
あの女性がなぜ私に肘鉄や体当たりをしたのか、今でもわからない。
でも、もしかしたら彼女自身も、誰にも見えない生きづらさを抱えていたのかもしれない。
誰一人取り残さない社会をつくるために、まず私にできること。
それは、「自分には見えていないものがあるかもしれない」と想像することだ。
それなら、骨折して戦闘力ゼロの私にもできる。
そんな小さな想像力を、私はこれからも大切にしたい。

