【ぐるっとパス2024・3周目1】帆船日本丸と横浜みなと博物館/良平の横浜みなと街歩き
横浜みなとみらいホールでのコンサートに合わせ、ぐるっとパスを使い、横浜みなと博物館へ行ってきた。博物館だけでなく、帆船日本丸も見学できる、と当日チケット売り場で言われ、嬉しいお得感。


日曜の訪問だったが、空いていた。

1853(嘉永6)年の黒船来航から横浜開港に至るまでの経緯を、大型映像で紹介されていた。椅子に座ってゆっくり楽しんだ。


建造年:1930(昭和5)年
全 長:177.77m
船 主:日本郵船
製造所:横浜船渠
終末年:1943(昭和13)年沈没
横浜船渠が総力をあげて建造。設備、サービス、室内装飾とも当時の最高水準の客船だった。

建造年:1943(昭和18)年
全 長:136.85m
船 主:日本郵船
製造所:三菱重工神戸造船所
終末年:1946(昭和21)年 触雷沈没
太平洋戦争が進むにつれ、兵員や物資を運ぶ輸送船を早く大量に建造することが緊急課題となった。これを達成するために、規格化された標準船が定められた。その結果、安全性、耐久性が犠牲になった。
安全性、耐久性が犠牲になっただなんて、、、今、もし戦争なんて始まって、徴兵制度なんてあったら、愚息2人は、間違いなく真っ先に徴兵されてしまう。徴兵された上に、安全性も耐久性もないがしろに突貫工事?!で製造された物に、愚息たちの命を託すんなんて、そんな非情な現実を私は受け入れられないだろう。
戦争は本当に本当に罪深い。
太平洋戦争を生き残った、ただ1隻の大型客船、氷川丸

建造年:1930(昭和5)年
全 長:163.30m
船 主:日本郵船
建造所:横浜船渠
イギリス、アメリカの客船に対抗して、日本郵船がシアトル航路に就航させた貨客船。旅客のほか、生糸、絹織物、亜鉛なども運んだ。太平洋戦争中は海軍特設病院船となり、戦後は復員輸送に従事後、シアトル航路に復帰。1960(昭和35)年に引退。現在は、山下公園前で係留保存されている。
2016(平成28)年に重要文化財に指定された。

ミュージアムショップで購入した絵葉書

ガントリークレーンを操作し、コンテナの積み下ろしを体験できるシミュレーター。私が行った時に、既に小学生くらいの男の子がサクサク操作していた。誰かが並んでいたら、しなかったのだが、誰もいないし、ということで私も「初級」を挑戦。超絶モタモタとやっと1回を終わらせた( ;∀;)。
柳原良平氏の絵で、撮影が許されたのはこの1枚のみ。
私が映り込んでしまうのが、悲しい。。。

橋桁の下をくぐって客船クリーン・エリザベス2が横浜港に入港する様子。当時のベイブリッジの完成予想図を参考にして描かれたようだ。1964(昭和39)年に横浜に移り住んだ柳原は横浜ベイブリッジ建設計画の発表時から関心を寄せていた。

青海波の使い方が絶妙で美しい!





ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルの先端と世界最大の時計機能付き大観覧車「コスモクロック21」も見える。
日本丸の船内をぐるっと一周。









直近だと、2024年10月6日(日)
お天気が良ければ、このように美しい景色となるはず。
ぐるっとパス2024で3周目、行ったよ
1. 山種美術館 割引額200円(割引前の金額1,400円)
2. 出光美術館 割引額200円(割引前の金額1,200円)
3. 帆船日本丸/横浜みなと博物館 800円
