そのプールには、しば漬けが満ちていた
夢の中だった。
だけど、あまりに鮮明だった。
そこは、昔通っていた学校のプールだった。
タイルの割れ目、消えかけた「水深1.2m」のペンキ。
水は一滴もなくて、底が乾いたまま空っぽだった。
空は曇っていたような気がする。もしくは、もうすぐ夜になる手前のような、なんともいえない灰色の時間だった。
やがて、給水口から水が出始めた。
と思ったら、水ではなかった。
しば漬けだった。
ざあっと音を立てて、しば漬けとその汁が噴水のように吹き上がった。
刻まれた赤紫のかけらたちが、空中でキラリと光って、水面に落ちていく。
汁はとろみのある濃い赤紫色で、でも夢の中ではなぜか透明度が高く、美しく見えた。
気づけば、プールはその汁で並々と満ちていた。
私は水深が三分の一ほどになったタイミングで、そっとプールに足を入れた。
ぬるりとした温度、どこか懐かしいような匂い。
一歩ずつ、静かに進んでいくと、ちょうど中央あたりでふと立ち止まった。
そのとき、夜だった。
月が出ていた。
白い月明かりが、ダークな赤紫の水面に降り注ぎ、
ゆらゆらと揺れる波が、光をいくつもの濃淡に分けて反射させていた。
しば漬けのひとつひとつが、ツヤツヤと光り、まるで小さなビー玉みたいに見えた。
ただただ、思った。
——なんでしば漬けなんだろう。
でも、きれいだなって。
そんなときだった。
ざわざわと視線のようなものを感じて、顔を上げた。
プールの外、フェンスの向こうに、三人のおばさんが立っていた。
まるで『おじゃまんが山田くん』から抜け出してきたような雰囲気。
ボリュームのある体型に、カールのかかった髪、花柄のシャツにエプロン。
そのうちのひとりが、やや上から見下ろすように言った。
「しょうもないわねぇ」
——嘲笑ではない。
——怒っているわけでもない。
ただ、価値を測ろうとせずに“切り捨てる”ような、あの声。
世界には、ああいうトーンの声が確かにある。
私は、何も言わなかった。
というか、言い返す言葉が見つからなかった。
自分でも「なんでしば漬け?」って思っていたし、
本当にしょうもない夢かもしれなかったから。
でも、心のどこかで思っていた。
このおばさんたちは、
もし世の中の空気が変わって、
“しば漬けのプールが尊い”なんて言われるようになったら、
翌日には「昔から好きだったのよ」って言うんだろうな、と。
彼女たちは、たぶん“しょうもない”と思ってるわけじゃない。
ただ、「しょうもないと言っておくほうが今は安全」というだけ。
そのときの空気に、自分ごと流されてるだけ。
だから、私は何も言い返さなかった。
だって、
本当に綺麗だったから。
しょーもない夢かもしれないけれど、
あのプールの中の赤紫のゆらめきは、
ちゃんと、きれいだったんだ。
いつか現実が、あの夢に追いついてくれたらいい。
誰に笑われても、きれいだったと覚えていたい。
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