不思議話(3章) 憑依現象を初めて体験し浴槽で寒いと叫びまくる夜~東尋坊近くの雄島より~
不思議話、第13弾。
今回は「憑依系統」の一話です。
(※これまでのツリーはこちらから閲覧できます:随時更新)
憑依現象を初めて体験し浴槽で寒いと叫ぶ夜
昔から、心霊現象の代表例といえば「憑依」である。
亡者の霊体が、生者に入り込んで「憑く」ということがあるとよく言われる。
私は幸いそのような体質ではなかったが、小さい頃から色んな話を聞いている感じ、どうやらそういう「憑依現象」は恐らく本当にあるのだろうなとは思うところがあった。
”乗っ取るような憑依”ではないが、うちの母親がよく「左肩だけが重たくなったり」「しんどくなったり」していて、「供養するとすぐに治る」ということを見ていたので、「そういうことが大小さまざま色々あるのだろう」という風を感じていたものである。
そんな中で私自身が唯一、経験した話を皆さんの勉強のために記す。
僧侶となるにあたり霊界を知りたいと首を突っ込む
時は、2016年9月のこと。
当時のわたしは大学生でまだ有髪であったが、すでに僧侶となることは決心していた。

そこで僧侶となっていくにあたり、「いつかは霊的な世界についても理解できるようにならなくてはならないであろう」と思っており、「そういうことを我が身で感じられるようなことがあればいいのに」と思っていた時期であった。
中高時代の友人たちと、「旅行する」話が出た。
一泊で旅行ということで、何か思いつかないかとのこと。
わたしは昔から「東尋坊」によく行き、また大学時代も実は何度か行くほど好きであったので、東尋坊を推してみたところ、東尋坊に行くことが決定した。

東尋坊と言えば、自死スポットとして非常に有名なところである。
反り立った崖から飛び降りるらしく、夜な夜なそういう方がいるらしい。
家族が何故か東尋坊が好きで、海鮮を楽しみに東尋坊に何度か行くことがあったものであった。
母親はそういう体質であるのに、何故か東尋坊に行ってしんどくなるというようなことは記憶には無く、また私自身も霊感が薄いだけであるのか(?)それほど暗い場所とも思ってこなかった。
そこで東尋坊に行く前に再度調べてみた。
すると今まで知らなかった情報を発見した。
そこから少しだけ離れたところに「雄島」という島があり、実はそちらが心霊スポットで、飛び降りられた方がその桟橋に漂流してそこで見つかることが多いということであった。
心霊を体験してみたかった時期であったから、もしかしたらそこに行けば何か感じることを体験できるのではないかと、「雄島」に行くことを提言して皆でサイクリングがてら雄島に行く計画となった。
東尋坊と雄島に行く

当日、東尋坊で楽しんだあと雄島へ向かった。桟橋を渡っていく。
ここに遺体が流れ着くのか、であるならば霊体など見えたりしないだろうかなどと好奇心から桟橋をくまなく見て回ったが、特に何も見えないし、暗さなどをはっきり感じるといったこともない。
わたしに霊感があまりにないだけか、或いはわたしと縁がないか、わたしが守られているのか、ともかく何もなくその場を去った。
そして一泊皆で楽しんで、翌日夜中に帰宅した。
帰宅して異変あり
帰宅するなり、異変が起こる。
リビングに入ってすぐ、母に向かって「寒い!寒い!」と叫ぶ。わたしは18歳で境涯が一旦完結してから怒るということが滅していたから、叫ぶことなど有り得ようもなく、まだこんなことがあるのかと驚きもした。しかし、身体がいうことを聞かないで、「寒い!」と叫ぶことを止める気配がない。
母親が「お風呂入ってきたらいいやん」という。
当時のことは母も思い出せないそうであるが、あのとき母はどういう気持ちだったのであろうかと思う。
浴槽につかる。温かい。
温かいはずが「寒い!」と浴槽につかりながら叫ぶのである。止まる気配がない。
このとき自分の感情がどうなっていたのか今となっては思い出せない。自分の意識があった気がしている。(寒いわけがないやんか)とその状況を客観的に眺めていたような記憶である。
一通り入浴を済ませて、リビングへ戻る。
「寒い!」の一点張りである。
そこで母がふと分かったのか「あんた、憑いてるな。寝たら取れるわ。寝といで」と言われる。半分潜在意識のあるわたしは(そういうものか、なるほど)と思いながら、途端に静かになって寝室へと向かい、すぐさま就寝した。
翌朝、リビングに降りる。
母が「どうや」と聞いてくる。すっきりしている。
「憑き物が取れる」というが本当にそんな感じである。
「ああ、憑いてたな」という会話で終わりである。
何故寝たら取れたのかわからないが、今思えば母が”分かってくれたこと”で鎮魂されたのかもしれない。何がどうなって、翌朝には取れていたのか分からないが、翌朝はすっきりしており、前夜のことを思い出すことができた。
そこで冷静になって考えてみると、浴槽につかっておきながら寒いわけが決してないのである。何だったのだろうかと考えると、すぐに桟橋が思い浮かぶ。推察するに、東尋坊から飛び降りて冷えた海で亡くなった方がおられて、さぞかし寒かったのであろう。
そこに、僧侶になろうとしていて、かつ霊的なことを見てみたいと霊界に首を突っ込もうとしていて、しかも母がいて認識してもらえるという縁があるような人間がいたので、憑いてこられたものだったのだろうと考える。或いは霊界が、わたしの学びのためにその方が憑くこと、その方が供養されることを計算して、そのように導いたのかもしれないとも思う。
後日、友人たちに報告しておくと、「え~!じゃああの晩、その人と俺ら一緒に寝てたってこと!?」と怖そうに言っていたが、これは霊界と縁のない大学生の当たり前の反応であった。
憑くという現象について
心霊現象には眉唾のものが沢山あることと思うが、そこには事実であるものも沢山に含まれており、昔から色んな話が残っているものだと考えられる。
自分自身に全くの他者霊体が憑くという体験はこれだけであったのかなと思うが、この体験で憑くということがあることを認識した。(その後も、先祖などが憑くといったことはあったかもしれないが、自覚しきれている訳ではないものと思う)
そこで、憑くということについて少しだけ解説しておこうと思う。
そもそも全ての生命は憑いているとも言える。
(詳しくはこちら等で解説している。)

すべての動物生命は、どこかの段階で本霊から分離してきた別霊が入り込んでくる。
肉体の方が陰、霊体の方が陽のようになっており、これが結合するようにして入り込むのである。
※どうやらさらに厳密には、受精卵が出来たときに、すでに肉体側の霊体が半分出来て、そこに本霊から分離してきた別霊が結合して一つの霊体となるような感じなのではないかと考えられる。まさに有性生殖の生命が、減数分裂によってそれぞれの配偶子が出来て、そこに入り込むような形に近いといえよう。ただ物質界と異なるのは、霊性界は確実性のある世界であるため、この霊体の受精はほとんど成功する。
このようにして、完全に「陰性である肉体」があって、「陽性の霊体」がそこに宿って生命があるものと思う。そして死するときは、この結合が解けて霊体は霊体のみとして霊界のみに存在していくことになる。
そういう意味で「全ての肉体は、霊体が憑いている状態である」とも言える。
そこで、問題は「他者霊体が憑く」という状態である。
これは、肉体が陰性で、霊体が陽性であることによって起こってくる。
通常は憑くというようなことは起こらないで、「陰性である肉体に、自分自身の陽性である霊体が結合して在る」のである。これを「交際」のようなものと仮に喩えると、「陽陰がペアとなっている」ようなものである。
ところが交際にはときどき二股三股をかける人がいたり、一時浮気をしたりする人など色んなパターンがあって、完全に一対一のペアばかりではない。
(1)そのような感じで、中には「自分の肉体を簡単に明け渡して、他の霊体が一時的にそこに入ることが出来る」ような人がいたりする。これが最もわかりやすい憑くという現象であり、本人の記憶すらないほどに完全に入れ替わるようなタイプの人がいる。本物の霊媒師には、こういう人がいる。
(2)そこまで完全に入れ替わらず、「本人はそこに入ったまま、同時に他の霊体が入ってくる」というパターンもあったりする。これは自分の意識もありながら憑くようなタイプである。
このような感じで「憑く」という現象が起こっているのである。
今回のわたしのタイプはこれでいうと後者にあたる。
この憑くということは、男性より「女性の方が起こりやすい」ようである。
それは女性が「子供を宿す」という性質を有していることによっており、「子供を腹に宿すときには霊体がそこに入ってくる」ということであって元からそういう体質が強いからである。そこで霊媒体質には一般的に女性がなりやすいということになっているのである。(無論、これはあくまで体質から来る傾向の問題であって、男性でも霊媒になる人は稀にいるかもしれない。)
まとめ
いかがでしたでしょうか。
憑くという現象を、わかりやすく初めてした経験と、憑くという現象についての簡単な説明でした。
無論、憑かない方がよいので、決して憑いてみてほしいなどとは思われませんように。
乗っ取られて、被害があるケースも少なくないはずです。また、本人の自覚していない間に左右されて、それにより自分が自覚しないままに加害者になるようなケースもあると思います。
【編集後記】
こうした執筆の際には必ず御霊に「書かせていただきます」という念をお送りした上で執筆しているのであるが、執筆のあとの夕食で一部を別に取り分けてお供えし、改めてご回向をいたしました。
「わたしを含む全ての御霊が浄化されてあって、前を向いて明るい未来へ向かっていけますように」
【ご喜捨のお願い】
社会の精神的な向上を願って、宗教者の道を歩んでいます。
本物の宗教を徹底して示すべく、厳しくともご喜捨のみで歩んでいます。
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