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不思議話(3章) 案内される系統「山崎弁栄師の足跡を訪ねて、案内人が現れる」

不思議話、第20弾。
今回は、「案内される系統」です。

【全不思議話の目次はこちら】


案内される系統「山崎弁栄師の足跡を訪ねて、案内人が現れる」


山崎弁栄師について

「山崎弁栄」という人物がいる。
明治大正期の浄土宗の傑僧である。
(詳しくはこちら)

私が尊敬する二人の師の半分である。到底追い付けるような人物ではなく、「他方世界の仏の化身ではないか」と考えている。

わたしが弁栄師のことを知ったのは恐らく19歳の頃。
大学に進学し、仏教との一致を確認するために仏教書を読み漁った頃、何かのきっかけで存在を知ったものである。

その智慧は圧倒的に超越した者であって、他の一切の僧侶の追従を許さず、その神通力の方面も同様であって奇跡をも兼ね備えた僧侶である。ご興味があれば、上記を参考されたい。

最初の出会い
その最初に触れたときには、師が本当の師であるとは認識したが、あまりに著作が難解であるため一旦積読で放置した。
これが最初の出会いである。

再び出会い直す
その後時は経ち、25歳修行の最後の一ヶ月頃。
加行は終えて、道場に帰り最後の二カ月を過ごすのであるが、二年間の道場期間内で宗教科学統合の視座を解明しきることが出来ず、念仏というものを信じることが出来ないままであり(得度直前になぜか信じられなくなったという出来事があった)、このまま道場を終えて僧侶になどなってはいけないと思い悩んでいたとき、道場の図書室にたまたま弁栄師の『人生の帰趣』を見つけた。

久々に見た書籍であったが、「現行の宗では異端視に近く、これに触れてしまってよいのだろうか」、「それこそ念仏を信じることに反するのではないだろうか」、と読むことが依然出来ない状態となってしまったが、逆に「読んでもいい理由を考えてみたところ発見し」、道場に申し出て部屋に一人籠り、念仏行道に励みながらついにこれを読んだ。

そこですぐに、その重要な教説を理解し、またそれが真実であろうことを直感的に察知した。このときから、弁栄師は私の師の半分となった(もう片方は日聖法主)。

100年後に突進せよ
少しだけ面白いことは、弁栄師は神通力に優れていたが、存命中はその説いていることが広まらないことを悟っておられて、「100年後に突進せよ」と仰っていたという話が残っている。

弁栄師の入滅は1920年12月4日のこと。
その100年後は「2020年12月4日」ということになるが、これは私がこれが宗教者として受胎する日と誓った加行(僧侶資格を生じる修行)のまさに入行日にあたる。

これは後になって思ったことであるが、その因縁あるかないかは不明ながら、100年後付近の時代にいることには相違ない。

弁栄師の足跡を訪ねる

ある日、偶然東京に用ができたことがあった。
これはチャンスと、前日入りして、弁栄師の足跡を訪ねることにした。
「柏市のお寺」や、「見仏三昧した筑波山」などがその目当てであった。

本拠とされていた善光寺

霊鷲山善光寺さん

一つ一つ、愉しく辿っていった。
「本拠とされていた善光寺」についた。
鍵がかかっていたが、偶然ご住職が出て来られて、中に上げていただいた。

因縁のあるときは、行平のお堂といい、このようなことがあるものである。
それまでの奇跡で何度か経験したので、面白くも思われた。

そこでご住職に丁寧にお相手いただき、帰り際には「弁栄師に関する著作やDVD」などを無償で沢山託してくださった。

筑波山の籠られていた場所をお尋ねしてみる。
「あそこは案内がないと分からないと思う」と仰っていたので、そうか…と思い手がかりなく後にすることになった。何かあれば、ご連絡くださいと名刺をくださった。

見仏三昧した筑波山

筑波山の景色

ついに翌日は、念願の「筑波山」へ向かった。
籠られた場所が主に二つあると伝記にある。
籠っているうち前半期に滞在した片方の場所については、明示されているし名所でもあるので簡単にわかる場所であった。

そこで問題は、もう一つの箇所「見仏三昧」された方の岩屋である。
とりあえずその近くとされているところ辺りを歩くことにした。

登山客が多いので、上りの人と下りの人がひっきりなしに交差する。
どうにも見つからない。やはり到達不可能か。

わたしは衣で登山していたが、前から来る男性に突然声をかけられた。
「宗派はどこですか」など尋ねられ、色々と世間話をしてお別れした。

ところがすぐに戻ってこられて、再度声をかけられた。
「ここの管理をしている団体の者です(色々と説明を受けた)。あなたを岩屋へお連れしましょう。」「誰かをお連れするのは二度目です。あなたは連れていくべき人です」と言われる。”案内人”が現れたので驚いた。

やはりこういうことが起こってくるものか…と感心しながら、彼について登山道をしばらく歩き直すことになった。

そこで突然、彼の足が止まる。
何やら、道などあるとは一切思えない“茂み”を指して、「ここが入口です」という。

少し信じ難い、どう見ても道はなかった。
こんな山中である。彼のことを疑ってみる。
「この人は嘘をついていて、危害を加えられでもするのではないだろうか」と一応人間心として思った。
とはいえ、こちらは格闘になれば負けないであろうと変な自信があったため
、ついていくことを選択した。

茂みを入ると、わずかに「獣道のような道なき道」があった。
「おお…本当にこのように、道とも一応言い得る程度の道があるものか。怖いがついていこう。」

そこをずんずん、かき分けて進んでいく。
こんな道、一人で分るわけもない。
そして突然開けて、広い場へ出たところ、急に巨石が現れた。


弁栄師の籠られた窟屋は撮影しないで記憶に留めた。大正9年の古銭。

「ここが弁栄師の籠られた、第一の岩屋です(うろ覚え)」と仰った。

感激である。
確かにここに違いないと感じるものがあった。
彼との出会いにも、感激である。

さらにその奥に、岩をよじ登って、護摩壇があったとされる場所まであり、お連れいただいた。
何が何やら感激であり、またその環境の厳しさを目の当たりにして感嘆したものである。

また引き返してきて、第一の岩屋でしばし過ごした。

彼は突然地面をみつめ、古銭を発見した。
「これを記念に」とそのまま下さった。見れば「大正9年」とある。
これは偶然にも、弁栄師の入滅された年である。これもまた因縁を感じる。

「また、あなたならここに一人で来られるでしょう」といって、彼は去っていった。この古銭は、実は今も常に身に付けている。

因縁あるときには、神がかったように案内人が現れたり、いろんな手順が自然に起こってくるようであるが、まさにこれもこの一つであった。
前日のご住職の「あそこは案内人がいないと分からない」が伏線のように頭に浮かんで、笑ってしまった。

わたしは弁栄師とそれほど因縁があるとは思っていないのであるが、霊界からご覧になっていて案内くださったのかもしれない(偶然かもしれない)。


まとめ

いかがでしたでしょうか。

「必要なときには案内がある系統」の一話でした。

このようなことに定期的に巻き込まれると、「現実がいかに小説より奇なるか」を感じます。


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