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不思議話(2章2) 法華行者の霊能者、たたりの木、祖母の亡くなる前の予言、その他~昔からあった不思議な経験~

不思議話シリーズ、第5弾です。
※これまでのツリーはこちらから一括して見られます。


2章.特に大きかった出来事

2.昔からあった不思議な経験


以上、
まずは不思議な経験を受け入れられるようになりはじめたきっかけとなった出来事について記した。

既に話してきたように、そもそも幼少期はそのような不思議なことが妄想か真実かしばしばあったり、その後の人生でも一定はそうした経験があったにはあったが、信じられなくなっていた。
そんな中で、理由説明までされて、宣言のもとにそうしたことが、この八坂神社の出来事から起こりはじめ、これがきっかけとなって真正面から受け入れられるようになっていったのである。

これは、あくまで理由説明・宣言つきで起こされて受け入れるためのきっかけとなったこととして、それまでにも実はすでに色々と不思議なことがあったものであり、
この八坂神社の出来事によって「やはりこれまでのことも本当であったのだろうか」と後から思えるようになったのである。

そこで、今度はこの理由説明・宣言(八坂神社の出来事)、
それ以前の不思議な経験を、時間はここで一度遡って記そうと思う。


(1)霊能者の縁があった/生前の不思議話など

そもそも、わたしの家(母方の家が大倉家)は”世間よりは”宗教的な色が強い家庭ではあったものと思う。かといって、何か新興宗教に深く入っているとか、既存宗教に対して信仰が苛烈に熱心であるとかそういうことではないが、
例えば遠戚にお寺があったり、そもそも高祖父が浄土宗の助教師という仮僧侶のようなことをしていたりする。先祖供養もほったらかしにするようなことはなく、昔ながらの平均的な水準においてしっかりしたりする。

無宗教というような空気は一切なく、かといって妄信的なものでもなく、
何か古代人から脈々とあまりに自然に繋がってきたような空気感で、「ものすごく自然な宗教性のようなものがある家庭」であったと個人としては思っている。

そんな家庭であるから、霊感だとかそういうことは自然に「まあそういうものもあるでしょう」といったような認識があって、それがゆえに時々なにかあるときには、そうした霊能者を探したり或いはたまたま縁があって、そうした存在の縁があったりもした。
そんな家に生まれてきたので、わたしも幼少の頃から、そうした存在が至極普通のこととして認識の中にあった。

少し面白い話をしておくと、
例えば私の名前を決める際には、いくつかの名前の候補を用意して何人かの霊能者に一応伺ってみたそうであるが、全員が同じ「有宏」を選択したそうである。
しかも、「宗教者の道に入る可能性」を指摘され、全員に「特殊頭脳」ということだけ伝えられて何のことなのかと生まれる前から思っていたと、母はいつも話していた。

そこで、生前の話をいくらかしておこう。

(イ)法華行者の霊能者

例えば、ある法華行者の霊能者は、母親の結婚相手について「背の高いメガネの人、近くのあちらの方向から見ている」といったことを述べていたそうであるが、事実その後舞い込んだ見合いの相手が、まさにその通りで、彼が述べていた場所付近で働いていたそうである。それが私の父である。

(ロ)狸霊の棲みつく木

また、家のそばに昔からたたりがあると言われていた木があって、地域の人は恐れていた木があった。外から来た父はそんなことは知らず、その木に何かをしたそうで、本当にその日のうちに母が骨折の大怪我をしたそうである。
そこで霊能者(ここでは矢追日聖法主)に見てもらうと、古い狸霊が棲みついていた木だそうで、これを庭に社を建てて祀り、守り神となってもらうよう鎮魂した。それ以来、狸霊は社に移り、その木はたたりの木ではなくなって終には伐採されたが、そのときには誰も怪我無く済んだものである。
※この狸霊とは何かということや、なぜ本人ではない人にたたりが出るかについては、また後述しようかと思う。

(ハ)祖母の亡くなる前の予言

もう一つ。私の祖母の話である。母の実母は、私が生まれる6年前ほどに48歳にして亡くなった(ちょうど今日がその命日である)。

その亡くなる直前期、家族(長女、次女=母、三女)で病院のベッドの横で祖母を見ていると、突然祖母が「おとうちゃん」と、亡くなった実父が見えているような感じで語りかけ出したそうである。

そこで、次女の母についてだけ、「真子(仮称)は、メガネをかけた背の高い人と結婚して、丸顔のとても賢い男の子を産んで暮らしていますよ…」と唐突に述べたそうである。母が実際に、父と結婚するのはこの5年後のことである。そして、無事生まれ育ったのが、この私男子一人である。
長女三女にはそのようなことを言わなかったそうであるが、その二人は結婚していない。
これも何とも不思議な話である。

(2)不思議なことが自然のこととして育つ(生後~僧侶)

そんな家庭に生まれ、そんな予言めいたことを言われながら生まれたものであったから、わたしが実際に奇怪な子供であったのかもしれないが、真相はわからない。
ともかく、生前にも家庭にもこのようなことはあり、わたしの育つ過程においても社会の平均から考えると不思議なことがあったことは既に記したとおりである。

過去世の感覚があったり、妄想か真実か仏教のことを初めから知っていたり、そうしたことが普通の感覚として育ってきたものであった。
それであるのに、その中で「疑い抜け」などと訳のわからないことが心の中にあったので、不可思議な心理状態であったと思う。

妄想か真実か、人を見ていると、その人の輪廻転生の何となくの多さであったり、どのような人であるかということについて、そうした霊感からぼんやりと見ているような人生であって、それが特殊であることも自覚しながら、それを自然と心にしまい込みながら育ったものであった。内心、便利だなあと思っていた。

そこで、人のことが見えることがあったりした(妄想・偶然かもしれない)ことを、ここでは一つだけ挙げておくことにする。

・パイロット

こうした内面を人に話すことはほとんどなかったのであるが、高校生の頃、当時の親友に何の機会にか話すようになり、彼もまた宗教的な感性がある子であったので、彼には普通に話すようになったことがあった。
ちょうど私自身が、ノートに内面にあることを書き始め、過去世の僧侶が叫んでいる時期であったから、そのタイミングもあって話したのであろう。

彼はなぜか私のそうした仏教的・哲学的な話を好んで聞き、また霊的な感性の方面もわたし以上に信じていて、定期的にわたしに相談をしていた。
高校の間にも、進路を決めるにあたって、彼の父親が医者であったことから医学部受験を決め込んでいたのであるが、私は彼を見ていて医者になる未来は全く見えなかったために、「医者にはならないと思うよ」と言っていた。しかし彼は医学部に進学していった。

医学部に入ってから、よほど肌に合わなかったようで、日に日に彼は進路において悩みを深め、辛そうにしており、定期的にわたしに相談をしていた。その中で「俺、何になったらいいんやろう、どうしたらいいんやろう」といったことをいつも聞いていたが、わたしにはそれが見えるというようなことはなく傾聴で終わっていた。

ところがある日、また同じ相談を聞いていると、突然パイロットになって空港を歩いているビジョンが見えた。そこで「パイロットなりぃや、見えてるで」というと、彼はパイロットについて早速調べはじめ、その後すぐにパイロットを目指す決意をしていた。
彼はいま、パイロットをして、空を飛んでいる。面白いものである。

何より面白かったことがさらにある。
彼はその後、航空大学の試験を受けるのであるが、これを主席合格する。勉学面で主席になることは彼のことを考えれば当然のことと思っていたが、問題はそこではなく体力測定・適性審査のような方面でも首席であったということである。三半規管のチェックなど様々な測定があるそうであるが、これら全てにおいて一番上のS審査であったようで、そもそも身体ごとパイロットにそれだけ向いていたということである。
それほどまでに向いていたのかと思うと、パイロットになっている絵が見えたことが非常に面白かったものである。

これは後になって思うことであるが、これら一連のことも、生まれる前から全て仕組まれたものであると思う。
別にわたしが、あのタイミングで天眼のようなものを発揮したということではなく、日頃からわたしが感じるべきように定まっていたときに感じるようになっているだけのことで、そのタイミングで感じたものと思う。
彼においても、そのタイミングで道を変更するように定まっており、それがわたしとの縁において起こることが定まっていただけのことである。別に、このようなことがいつもある訳でも、わたしにそのような能力があるわけでもないので断っておきたい。

これは大学2回生の頃、僧侶になる以前の出来事であった。
小さい頃から、そのように生きてきたものであったので、それほど特別といった体験でもないのであるが、わかりやすく起こった出来事として記したものである。

(3)若い神職霊能者との自分の縁での出会い(大学4回生)

時系列のまとめ(2章1より引用)

このような人生であったから、そうした感性が真実であろうと勝手に思って生きていたのであるが、これは非常に孤独な人生であった。
同じように理解して話し合える人がおらず、そういう意味では実に孤独に感じることも強かった人生であった。

そんな中で、18歳のときに坐禅などの結果、真実を知るということについて「一旦完結」するということがあって僧侶となることを確信したことはすでに記した。そして大学卒業と同時に、修行に入り僧侶となることが決まっていた状態であった。

そのノート5000枚の気付きや過去世からの感覚を内に秘めて、これらを伝える人生にしようと誓っていたものであって、大学4回生のときには「NPO法人」を設立して、SNSやトークショーなどを通してそうしたことを表に話すようになっていた頃であった。

「大学4回生」秋、得度式を受けるその少し前の頃。
旧Twitterにて色んな人の縁ができる中で、一人”特殊な”感じがする人からコメントが来るようになり、その人と縁ができた。

はじめはプライベートの匿名アカウントからのお付き合いであったが、比較的早い段階で直接ご連絡があって、本人と話す運びになった。知るとその人は神職の若い女性で、一般に綺麗と言われるような人であった。
一般家庭から神職の資格を得た人らしく、幼少から過去世の感覚があったり霊感があるような人で、話せば非常に知的で、一瞬にして深く意気投合した。非常に深い縁がある人なのだろう。どちらかといえばお久しぶりですといった感覚であった。

とはいえ、誰よりも疑う姿勢で生きていたわたしであったから、それを簡単に受け入れることはなく、そうしたことも説明した上で、いつもお話をするようになっていた。
一生孤独に生きてきたわたしにとっては、はじめての本当に話ができる人としてあって、光が差したような思いであった。(その一方で、この人は本物ではあるが、全てがそのまま聞いて良いわけではないということも強く感じていた。このことが後で大問題を起こし、彼女とは縁が切れることになる)

そして、しばらくしてお会いすることになった。
東京大神宮でお会いすることになったのであるが、「二人が会うからには絶対に快晴となります」と言っていたので、そんなこと言ってしまってよいものか、外れないものかと思っていた。しかし、当日彼女の言った通り、雲が本当に一つもなく日が非常に強く輝いており、東京大神宮ではじめてゆっくりお話しすることになったのである。
たかだか天気の予言ではあるが、あまりに美しい空に違いなかったので、「ああ本当にこのようなことがあるのか」とある意味彼女を信じるそのきっかけとなった出来事であった。

また彼女は、わかりやすく美しく、また家の出などもいわゆる非常にいい家柄の人であったことも判断基準としては作用し、世間によく見る”明らかに胡散臭いような霊能者”とは遥かに一線を画しているように見え、
絶対者ではないにせよ”過去世からの多くの歴を積んでいる人”には違いなく、また宗教的にも過去世で何度も修行してきた一定以上の人であろうと強く思われるものでもあったから、全てではなく一部は疑うべき部分もあるにせよ(それはわたしも同じことであるので)、心を家族のように開いてもよいだろうと思い、そのような関係性となった。

そこで、初めて心から話せる準理解者を得て嬉しくて仕方のなかったわたしは、当時彼女とそれまで溜まっていた沢山の悩みや、あるいは智慧について、過去世からのことなどについて沢山語らった。
その中で、これまで沢山抱えてきた、そうした「霊的領域に関する疑問」を一つ一つ聞き、「それまでに聞いたことのないようなこと」を沢山聞き、それが「論理的に一定の水準を超えていたもの」であったので益々感銘を受け、彼女から沢山のことを見聞していった。

そうして、大学を卒業し道場に入行するまでの間、
彼女からそうしたことを沢山見聞し、人生ではじめて安堵を覚えるという出来事があったものである。

彼女(仮称:恵子さん)との付き合いは、この22歳頃から27歳に至るまで続き、彼女とのやり取りで多くのことを学んでいくこととなる。先祖供養の方法や、神に対する祀り方なども彼女から学んだものであった。

その最初期においても不思議なことが何個かあって、彼女のことを一定信頼するに至ったのであるが、その一つだけを参考がてらに記しておく。

道場に入った初日。
まず初めに名簿を渡されて寮の部屋で待機させられているときであった。彼女と連絡をしていたとき、どんな人が共に二年間修行するのだろうかという話をしているときに、「名前を言えばどんな人かわかるから先に見ておきましょうか」というので、何人かまだ見ぬ同期の名前を伝えてみて彼女は全員にコメントをしていった。

その中で、一人だけ、「この子はわたしの守り人のようになるから大切にしたらいいですよ」という人がいたのでそれが心にとまった。聞けば、「ジャイアンのような見た目の人。一見怖いが、中身は繊細で、わたしに付き従う」ということであった。

そしてついに点呼があり、顔合わせをすることになった。
すると明らかにジャイアンのような見た目の人が一人いて、そういえば彼が入行試験当日になぜか弟子のようにものすごく丁重に扉を開けて深々と礼をしてくれたことを思いだした。名札を見ると、まさにその人であったので、恵子さんに対して本当に驚いたものであった。
(※そんな彼は、彼女の言った通り、その後わたしの従者のようになって、今も従者のように存在してくれている私の大切な友人となっている。昨夜も電話があり、一時間ほど話した仲である)

このようなことが、大学4回生(22歳)にはじまり、僧侶となるはじまりの時期に同時に起こってきていたものであった。
これまでは、「孤独に自分一人で見つめ続けるしかないのか」と思っていたところ、僧侶になるそのタイミングで、彗星の如くにそのような同士が現れたので、このようなことも必然的に起こってくるものかと受け止めていたのである。

(4)僧侶となる頃から不思議なことが増え始める

そして、この僧侶となる頃から、不思議なことがどんどんと起こりはじめてくるということになってくるのである。

「2章1.八坂神社の出来事」までこの得度のときからおよそ3年間ほどあるが、その間においても「不可思議な出来事」が定期的に起こるようになった。その後での、八坂神社の出来事=理由説明・宣言であった。

この「僧侶となって数年間の不可思議な出来事」については、次節で最も大きい一つだけを紹介しようと思う。それ以外のことは、3章にて後述する。

2章3.過去世にまつわる出来事に続く…


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