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定理化すべきもの、ということ。



定理化すべきもの


「定理」。
それは数学などで使用される言葉である。
定理とは、専門的にはかなり複雑な事情があるが、ここでは一般的な意味合いとしてかなり雑に表現してみると「ある状況において、定型的に定まっている原理」みたいなものであろうか。

例えば、「三平方の定理」などが平易で有名であろう。
あらゆる直角三角形で上記が成立することを言うものである。

そこで、ある直角三角形が目の前にあるときに、この原理は常に適用することができて、それによりあらゆる直角三角形において「その都度詳しく説明することなく計算に使用することができる」といった”便利な議論の中継点”として利用することができるものである。

これは数学の話で、多くの人にとっては学校時代に触れただけのものであって、日常生活をするにおいて自ら利用するようなものとしては感じていないかもしれない。或いは、理数系以外では利用されない感じがするかもしれない。

そこで文系的な場面でも似たようなものがあることを示す。
その代表例が「法律」である。
「法律」というものは、まさに「類似のあらゆる状況において、一括して既に定まったものを”その都度詳しく説明することなく使用することができる”もの」である。

例えば、窃盗罪について。
刑法第235条「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。」

この状況に該当するものは、この条文によって、これが適用される。
これは、まさに先に見た数学の「定理」と似たような構造にあるものである。
「ある状況において、定型的に定まっている原理」であり、それ故に「類似のあらゆる状況において、一括して既に定まったものを”その都度詳しく説明することなく使用することができる”もの」である。

このように、法律は文系的な領域における「定理」の一例といってもよいであろう。

また、礼儀・マナーなどもそうである。
「目上の人には敬語を使用する」といったことを考えてみよう。
「目上の人には敬語を使用する」ということが「定型的に定まっている」ものであり、「任意の目上の人があれば⇒敬語を使用する」ということをする。

これもまさに、「類似のあらゆる状況において、一括して既に定まったものを”その都度詳しく説明することなく使用する”もの」としてあるものであり、「定理のようなもの」と言ってもよいであろう。

このように「定理」というものを本質に見て拡大して考えるとき、
「定理」という様式のようなもの(これを以降「定理」と呼ぶことにする)は、別に数理系だけの話ではなく、むしろあらゆる場面で本質的に機能しているものなのである。



議論における定理、人間の在り方における定理など

そこで、今回提案したいのは「議論における定理」「人間の在り方における定理」等である。

1.議論における定理

まず「議論における定理」から説明しよう。
よく人々の議論を見ていたり、或いは自身が議論・説明したりしていると、「このパターン、他の議論・説明においても真なるものとしてよく登場するから、定型化して共有されていれば議論・説明がスムーズになるのに」というようなことがあるのである。

例えば、ある問題があるとして、Aさんは「その問題を適切に分解しきることが出来ておらず、色んな論点をごっちゃにして語ってしまっている、それにより事故を起こしている」というようなことが多々見られる。皆さんも、そういう場面を見たことがあるものと思う。

例えばこういう定型的に起こっているものについて「問題適切分解の原理」などという名前が付いていて共有されていれば、それだけでその問題が適切に分解されていないことで事故が起こっているという状況を共有して理解することがスムーズになったりすることを想像することができるのではないかと思うのである。

こういう「あるある」は、定型化されていると、それだけでその構造が一気にその場で共有されて、整理がスムーズに成されて、スムーズに議論が進む土台となる。

このような「定型化しておけば議論がスムーズになるような、よくある型」みたいなものが議論の世界で沢山あるものと思う。
ところが何故か、これがこの人類の歴史において全然定型化がされていないのである。そこで、議論がスムーズに発展していないロスが非常にあると私は確信している。

それが何故かということを少し想像すると、恐らく「日常」だとか「日常言語」といったものが、ある限定的なものを対象にする「数学や物理現象」といったものと比較して、非常に複雑であるという事情があるものと思う。
そこで、分析しきることが放棄されており、なかなか定型化されてこなかったであろうことが推測される。
例えば、数式計算は比較的簡単にPCにさせることは出来そうであるが、日常言語をPCに語らせることはかなり難しそうであろう。このことが物語っている。

そこで、理数系と違って、日常言語の領域における定型というものは、比較的定型化されずに今日まで来ているものと思うのである。しかしこれは、定型がないということを意味するものではなく、ただ定型化されてこなかっただけなのである。

もし「問題適切分解の原理」などのように、色んなことが定型化されて共有されたならば、議論の精度や速度が格段に向上するであろうと思うのである。
これが私が提言したい「議論における定理」という話である。

恐らくであるが、AIが進化してくると、日常言語の分析も格段に発達して、そのような日常言語論理上の定型というものがかなり明らかになってきて、定型化されるようなことが起こってくるのではないかと思うのである。
そうなると世の色んな議論が、数理系のように、その定型化の網がある上で優れた精度・速度をもって進行するのではないかと思う。

それを待ってもよいのであるが、それを誰かが気付いてAIに定型化させて取り出すまでにはまだ時間がかかるものと思う。或いは、そうしたことを誰かが気付いてさせるためにも、「議論における定理」というものを私は提言したい、或いはAIに先行して見つけては定理化していきたいのである。

そこで実際に、いくつかの基本的な「議論における定理」は、AIが定型化してくれる前に生きている間に提示していきたい、或いはそうした議論を活性化させて誰かに沢山定型化してもらいたいなと思うのである。


2.「人間の在り方における定理」

もう一つ提示していきたいのは、「人間の在り方における定理」である。

人間の在り方ということも、数理系などと違って完全な分析は施されないまま来ている。

というよりも、人間の在り方については「正解はない」ということが人気な意見にすらなりつつあって、「人間の在り方における定理=定型化されたもの」などというものはないと言われてしまいそうである。

しかし、そんな人も、あの人は失礼だとか言ったりすることがむしろ多いように見受けられる。
これこそ無意識であるが「人は礼儀としてこう在らなくてはならない」とまさに「定型化」しているものである。

礼儀もその代表例であったが、そうした「人間的在り方における定型」というものは比較的「ことわざ」として、古来語られてきて無意識に人々がそれを大切にしていたりすることも観察される。
例えば、「急がば回れ」などもそうである。「危険な近道よりも、安全な道を歩いた方が、結局は早く目的地に到着する」という「定型化」である。そして、人々はこうした「ことわざ」による定型を、使用していたりする。

或いは法律なども、最低限人間の在り方を定めるものである。「人殺しはしてはいけない」ということをほとんどの人間が了解しているが、これもまさに「定型」である。

このように、実はすでに「人間の在り方における定型」というものはあちこちに語られてあり、日常で利用されているものである。

ところが、この「人間の在り方における定理」についても「議論における定理」同様に、人生・人間の在り方といったものは、あまりに広大複雑であるために、分析があまり徹底してなされてきていないのである。
「ことわざ」にしても、矛盾した内容の定型が二つあって、どっちとも言えるというようなことも多くあるが、それも「分析を徹底して、場合分けなどを徹底せずに、それだけが事実であるかのように定型化した」ことによって起こっている事故である。

このように「人間の在り方における定理」という領域についても、あまり定型化が成されているとは言えず、そのことにより不必要な事故が実は沢山起こっているのである。

そこで人間の在り方についても、分析を徹底して、取り出せる定型があれば「人間の在り方における定理」として提示していきたいと思うのである。


まとめ

以上、「議論における定理」「人間の在り方における定理」について説明した。

「定理」として定型化することで、議論や人間の在り方といった領域について、ことのスムーズさが格段に上がる。そして、それが世界に共有されたならば、さらに人類全体として、議論や人間性のようなものが格段に向上するはずである。

故に、「議論における定理」「人間の在り方における定理」といったものを提言し、またこの人生で提示していくものである。

このことが、つたない言語化であったが伝われば幸いである。


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