「東大は素行が悪い」?──日本の科学を停滞させる「内申点」という病
中高一貫校に行かれた方々には分からないかもしれないが、公立高校の受験を経験した皆さまは、中学時代のほろ苦い、あるいは納得のいかない記憶が一つや二つはあるだろう。その最たるものが「内申点」だ。
最近、あるYouTube動画を見て、当時の記憶がよみがえった。
この動画では、かつての愛知県や、現在の兵庫県における高校入試の過酷な実態が語られている。
今私が住む兵庫県の事例はなかなか強烈だ。
内申点の比率が合否判定の5割を占める。それだけではない。評価の対象となる科目の重み付けが極端なのだ。英数国理社といった主要5教科の成績は4倍されるのに対し、音楽・美術・保体・技家といった実技4教科は、なんと7.5倍されるという。
つまり、どれだけ数学ができても、どれだけ英語が堪能でも、体育が苦手で、先生に気に入られなければトップ校への扉は閉ざされるということだ。
上の動画では、兵庫県の長田高校の生徒は体力テストで県トップだということも語られていた。
思えば長田高校は21世紀枠とはいえ甲子園に出場したことがある文武両道の学校だった。そういうことか…。
求められているのは、突出した才能ではない。全方位的に欠点のない、そして何より評価基準が曖昧な実技科目においても教師の覚えが良い「万能型」の生徒だ。
思えば私が受験した40年ほど前の神奈川県も明らかに内申点重視だった。
内申点50%、中二のときに受験するアテスト(アチーブメントテスト)25%で、高校入試そのものは25パーセントしかない。
この内申点重視の話を聞いて、単なる地方の教育問題だと笑えるだろうか。
私には、これが今の日本全体を覆う、ある病理の縮図に見えて仕方がない。ふと頭をよぎったのは、日本の大学の頂点、東京大学が直面した最近の出来事だ。そう、「国際卓越研究大学」の認定をめぐる話だ。
このニュースを見たとき、私はこう思った。「これ、内申点で東大が落ちたのと同じじゃん」。実力テストの点数は誰よりも高いのに、「素行が悪い」あるいは「先生の言うことを聞かない」という理由で評価を下げられた生徒。それが今の東大の姿に見えるのだ。
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