継続=動機ー実効摩擦×逃走係数で考えよう①
人が成長したり、何らかの能力を獲得するためには、「継続」が必要である。これは、多くの人がすでに知っている事実だ。
それでも、継続できる人は圧倒的に少ない。
例えば、スポーツジムが典型だろう。入会する人は後を絶たない。しかし、1年後も通い続けている人は、わずか4パーセントという結果もある。
だからこそ、世間では、
「継続できること自体が才能だ」とか、
「努力し続けられるのはそれ自体が能力だ」などと言われる。
もちろん、すでに継続できている人にとっては、それでもいい。しかし、継続できない人こそ、そこで思考停止してはいけない。
なぜなら、継続は単なる才能や努力だけでなく、ある程度は「戦略」や「設計」、さらにはその積み重ねとしての「経験」として捉えることができるからだ。
継続できる人は、さらに継続することができる。
一方、継続できない人は、何度挑戦しても途中でやめてしまう。
この差はいったい、どこから生まれるのだろうか。
この問に関して、私は継続というものを次のような式で考えてみたい。
継続 = 動機* − 実効摩擦** × 逃走係数***
*動機 = 引力 + 闘争型の斥力
**実効摩擦 = 初期摩擦 − 習慣化による摩擦低減
***逃走係数 = f(継続経験、逃走経験)
もちろん、これは物理法則のような厳密な数式ではなく、継続という現象を考えるための「思考モデル」に過ぎない。
しかし、このモデルを通して「なぜ続く人と続かない人が生まれるのか」を考えていくと、継続できる確率を「ほんの少し」くらいは高めることができるのではないかと思う。
文字通り「ほんの少し」なので、一回の挑戦では大きな違いにはならないかもしれない。しかし、その小さな差も、人生を通じた挑戦回数に掛け合わせれば、やがて大きな差になる。
本稿では、その「ほんの少し」に関わる、継続の構造について考えてみたい。
継続を決めるもの
それでは、まず「動機」から考えてみよう。
継続 = 動機* − 実効摩擦** × 逃走係数***
*動機 = 引力 + 闘争型の斥力
**実効摩擦 = 初期摩擦 − 習慣化による摩擦低減
***逃走係数 = f(継続経験、逃走経験)
ここでいう動機とは、人が行動を起こし、ものごとを前に進めたり、何かを変えたりするためのエネルギーである。車にたとえるなら、アクセルや燃料に近い。
一方、「摩擦(実効摩擦)」とは、行動に伴って生じる不快な状態である。例えば、
面倒くさい
疲れた
時間がない
難しい
結果が出ない
といったものだ。
そして、ここでもう一つ重要になるのが、「逃走係数」である。同じ摩擦に直面しても、すぐに行動をやめる人もいれば、ある程度の不快なら引き受けて行動を続けられる人もいる。この違いを表すのが逃走係数だ。
逃走係数はこれまでの経験に影響を受ける。
具体的には、何かを継続する経験、つまり「摩擦から逃げずに引き受ける経験」を多くしているほど逃走係数は低くなる。
一方で、摩擦から逃げる経験を繰り返しているほど、逃走係数は高い状態に留まる。
つまり、摩擦は「どれだけ嫌なのか」を表し、逃走係数は「その嫌さからどれだけ逃げやすいのか」を表している。車に例えるなら、摩擦と逃走係数はブレーキにあたる。
そして、動機が十分に強く、摩擦と逃走係数を掛け合わせた抵抗を上回れば、人は行動を継続できる。
逆に、摩擦が大きい、あるいは摩擦そのものは大きくなくても逃走係数が高ければ、抵抗は大きくなり、どれだけ頭で「やったほうがいい」と理解していても行動は続かない。
多くの「続く」「続かない」巡る悲喜こもごものドラマは、この構造の中で生じていると考えると、非常に分かりやすいのではないだろうか。
|「② 継続を支える "二種類の動機" 」へ続く・・・|
