⑤居場所のない妹、母の受け皿の私
皆さん、こんにちは、ゆるるんです😊
ちびゆるの語り・・
生れて初めて、文字にしています。
前回、「甘えん坊ちびゆる」を封印し、
誕生した「しっかりちびゆる」の話でした。
闇だった世界、妹とのことに触れました
今回は、その妹との記憶を紐解いてみたいと思います。
前回の話、④です👇
◆アルバムの幼い笑顔への違和感
二人並んで笑う写真
(当時の写真をイラストにしてみました)
(あ、これ妹がみたら、絶対バレる💦)
と思って、
消しました。
(ご覧になった方、忘れてください🤣)
さてと・・・
古いアルバムをめくると、仲良く写っている写真の数々
母お手製のワンピースや編んだニットを着てにっこり😊
でも、私の記憶にあるのは「仲の良い姉妹」の姿ではなく、
いつも泣いている妹、
その泣き声にイライラする私
今、こうして写真をみると
どこか不思議・・・🤔
小学校の集団登校では、朝の支度が遅い妹に苛立ち、
子供会の行事、ピアノの習い事もいつも一緒。
当時の私は、
「あの子がこんなことをした」
「こんなに大変だった」と、
母に訴えてたなぁ
私の頑張りを認めてほしかったんだね
今思えば
「甘えん坊ちびゆる」を隠した「しっかりちびゆる」が
訴えてたんだ・・・
◆守ってやれなかったという後悔
私が小学校高学年の頃
家に遊びに来た友達が、
妹をからかったり意地悪をしたりすることがあった。
「こっちに来たらあかん!」
ついて来ようとする妹に、怒鳴ってた。
そんな場面を見るのが嫌だったから
友達に「やめて」とは言えなかった私
妹を守ることより、
その場の空気を壊さないことを優先した私
◆「〇〇の妹」というレッテル
「〇〇(私)の妹か・・・それならもっと頑張らなあかんな」
妹は先生から、よくこう言われてたらしい
成績はよく、先生受けのいい私
「辛かったこと知らんやろーー💥💢!?」
後に喧嘩した際に、泣き叫んでた妹🤬
親は子どもたちを比較することはなかったのに、
先生が余計なことを言ってくれたもんだ・・・😞
◆妹との距離
互いの名前を「呼び捨て」で呼び合っていた私たち
友人の話は別世界だった
・お姉ちゃん、〇〇ちゃんと呼び合う
・洋服の貸し借りをする
・一緒に買い物に行く、映画を見にいく
うちは違うなぁ。。。。
洋服の好みも違う
サイズも合わない
共通の話題がない
特に喧嘩はしないけれど、仲が良くもない
高校生になり、別々の学校へ
ますます、距離をおき、互いの道を歩んでた
◆母の愚痴
両親にとって、
私は「手のかからない優等生」
一方で、「学校から呼び出される妹」、「いじめられる弟」
「同じように育てているのに、なぜこうも違うのか」
母は子育てに悩み、私に愚痴をこぼしていた。
買い物一つとってもそう。
母と一緒に行き、何か買ってもらって素直に喜ぶ私。
母と出かけても気に入るものがなく、何も買わずに帰ってくる妹
「あの子は難しい」
何かと人に世話を焼くのが好きな母
自分の子どもなら、なおのこと
妹は、自分の愛を受け取ってくれない
そう感じた母の淋しさからの言葉
だったんだろう
私は
母の愛をうっとぉしいと感じながらも、
好きな物を買ってもらうのは、ラッキーと思っていた
愚痴、文句を言う母
それもうっとぉしかった
そんなこと、聞きたくないのに・・
外では、私のことをけなすのに、
家では、進学校に進んだことを手柄のように話す
本音を使い分ける母
こんな母親には、なりたくない😒
◆妹の居場所
「ここに私の居場所はない💢」
よく怒鳴っていた妹💥💥
今思えば、
母のことば一つにも傷ついていたと思う
ただ、当時は、
その声をどこか冷ややかに聞いていた私・・・
疎外感を募らせてたんだね
(妹のこと・・まだまだ続く・・・)
🍀最後までご覧くださり、ありがとうございました🍀
この「甘え下手な私たち」シリーズ
これは、私が自分の中に発見したちびゆるを癒していく物語です。
だれのためでもない、私の独りよがりな物語。
自分の癒し作業として記しています。
話の流れが前後したり、行きつ戻りつするかもしれません。
不定期更新です。
ここまでのことは、①~④で書いています。
