生成AIで8割くらい作ったSFサイバーバイオパンクラノベ(3)
第三章
浅草寺の本堂を模した三次元映像が、夜空にぼんやりと浮かび上がっている。けばけばしい光は、懐古的下町の面影を残す区画C4の街並みを、偽物の金色に染め上げていた。
アタリは、ビルの屋上の縁に腰を下ろし、眼下に広がる霓虹の海を眺めていた。隣には、トリが退屈そうに足をブラブラさせている。
「旧友に裏切られるなんてな。こっからどうするか」
アタリは、腕を組んで呟いた。狗蜂の裏切りは、予想外だった。奴は、金に汚いところがあったが、アタリのことを裏切るような真似をするとは思わなかった。
「わかんね」
トリは、アタリの言葉に反応せず、ただ一言呟いた。相変わらず、相談相手にはなりそうにない。
トリは、ふいに顔を上げ、上の方向を見た。そこには、上位階層のビル群が、黒い壁のようにそびえ立っているだけで、空は見えなかった。
「ねえ」
トリは、アタリに話しかけた。
「なんだ」
「あんた、アタシを運ぶって契約は?」
トリの言葉に、アタリは、小さくため息をついた。
「ねえよ、もう、んなもん。送り先が判んねえんじゃあな」
アタリは、トリを睨みつけた。トリは、アタリの視線にひるむことなく、真っ直ぐに見返してきた。紅い瞳には、挑戦的な光が宿っている。
「じゃあ、アタシと契約して」
「は?」
トリの言葉に、アタリは思わず聞き返した。
「何を、どこに運ぶんだ?」
「アタシを、アタシが行きたい場所まで」
トリは、当然のように言った。
アフロヘアーを撫でたアタリは、再びため息をついた。
「それじゃ、契約にならねえっての。もっと、具体的な場所を言えよ」
トリは、アタリの言葉にむすっとしてしまった。
「……わかんない。アタシ、どこに行けばいいか、わかんないんだ」
トリは、小さく呟いた。普段の荒々しさは消え、どこか寂しげに聞こえた。
アタリは、トリの言葉に何も言えなかった。この少女は、一体何者で、どこへ行こうとしているのか。
とはいえだ。
任侠から私営企業までもトリという銀髪の少女を狙っている。届け先さえ間違えなければ、ひょっとすると、一攫千金を狙える案件かもしれない。
「まあ、いい。とりあえず、しばらくは俺と一緒にいろ。で、その間、考えようぜ、次の手を」
アタリは、立ち上がりながら言った。
「次の手って?」
トリが、顔を上げて、アタリを見た。
「追跡者が多すぎる。とはいえだ。あいつらの裏をかいてやる。本丸を探る」
アタリは、ニヤリと笑った。
「本丸って?」
トリがアタリを訝しげに睨む。
アタリは呟くように答えた。
「エクリプス・コーポだ」
区画A5。
魔方東京の中央頂点。
大企業や研究所の多くが集積するこの立方体都市の脳髄ともいえる場所。同時に対空防衛拠点がいくつも整備されている。
上空では、霓虹迷彩を纏ったエア・ヴィークルが、まるで夜空を泳ぐ魚のように行き交い、その光跡が奇妙な軌跡を描いていた。
「……やっぱ星が見えない」
トリは、塵芥収集車のボデーの上に寝転がりながら、呟いた。紅い瞳は、霓虹に濁った夜空を見上げていた。
「星空なんか、この街じゃ見えねえよ」
アタリは、トリの隣で、薄汚れた缶コーヒーを呷りながら言った。
「星、見たかったんだけどな」
「……ふぅん。そんなすげーいいもんでもねえ気がするが。なんでそんなに見たい?」
トリはアタリの質問に頭を捻った。
「どうしてかな、わかんねえ」
塵芥収集車は、エクリプス・コーポのラボを目指していた。運転する従業員たちはアタリたちが乗り込んでいることは知らない。
やがて、ラボラトリーが見えてくる。
地上から見れば、まるで巨大な光の立方体のように見える。
エクリプス・コーポの最先端技術が結集する魔方東京最大級の研究施設だ。
塵芥収集車がラボの搬入ゲートに静かに停車する。ラボを警備するプロップスの兵士たちが、従業員たちの入場証をチェックし始めた。
いよいよだ。
アタリはスケートボードを背負い、万能腕輪からウェッブロープを射出し、ラボの壁まですいっとスウィング。トリは、停車している隙に塵芥収集車から降り、近くのマンホールから下水処理施設に移動させた。
アタリはウェッブロープを巧みに操って壁を登り、地上数十メートルをさっさと移動。ガラスとフレームで構成されているラボ屋上に到達した。
ここらへんか。
アタリは腰から提げている指向性重力刀の柄を握り、重力操作を軽く作動させた。青い光が、闇夜に一瞬閃く。窓枠のボルト数本がねじれて、音もなくはじけ飛んだ。アタリはガラスを外すと静かにラボ内部へと侵入した。
天井に張り付いたアタリは、疑似電子脳を起動させ、目視できる監視カメラの位置を確認し、その死角を分析させた。
死角を伝って、地上まで隠密のように移動する。
ラボ内部は、白い壁、白い廊下、白い光と、人工的な白で統一された空間が広がっていた。
予想通り、プロップスによる警備体制は緩かった。
エクリプス・コーポは、建物のセキュリティシステムに過剰なまでの自信を持っているのか、それとも別の重要な任務に人員を割いているのか。いずれにせよ、アタリにとっては好都合だった。
プロップスが何を必死に探している場合。きっとトリか、それに関連することだろう。
まさか本人たちがラボまで乗り込んできたとは夢にも思うまい。
壁には巨大なモニターが設置され、企業広告が延々と流れている。
「ドン・Ωか……随分と派手な広告が好きなんだな」
モニターには、紅いスーツに身を包んだドン・Ωが、自信に満ちた表情でインタビューに応じている姿が映し出されていた。
重厚なデスクが一つ置かれ、その後ろにドン・Ωが座っていた。
紅いスーツに身を包んだ偉丈夫はスポットライトに照らしされ、異様なまでの存在感を放っている。
インタビュアーが告げる。
「……大災厄から一世紀半が過ぎました。世界中の都市がいまだに壊滅状態にあります。しかし、その中で魔方東京は、俄然発展を続けています。人口は増え、企業の規模は巨大化している。ドン・Ω、あなたはこの現状をどのように捉えていらっしゃいますか?」
「ハッ! わるくねえじゃん」
「都民の多くは不安を抱いている様子ですが。雇用不安から薬物汚染、政治の腐敗、問題は山積しています」
「僕ちゃんが思うに、みんなはもっとシンプルに考えた方がいいんじゃないかな」
ドン・Ωは、金色の金歯を光らせながら答える。
「シンプルに、ですか?」
「そう! 複雑に考えても、意味がないと知れ。結局はエクリプス・コーポが全部解決してやってるんだろ? だったら、最初からすべてを僕ちゃんたちに任せておけばいいんだよ!」
ドン・Ωは、高らかに笑い飛ばした。
インタビュアーは思わぬ発言に困惑したようだ。
「ちょっと待ってください。……一部には、エクリプス・コーポの急激な発展が、かえって世界を不安定にしているという意見もあるようですが……」
インタビュアーは、少しだけ語気を強めた。ドン・Ωは、そんなインタビュアーの反応を楽しんでいるかのように、ニヤリと笑みを浮かべた。
「不安定? 何を言っているんだい? エクリプス・コーポは、世界を救う救世主なんだよ。勝手に不安視しているのは、政治家やメディアの連中だ。極東科学防衛隊との対立も不本意なんだよ、僕ちゃんにとっては」
困惑するインタビュア―を尻目に、ドン・Ωは立ち上がり両手を広げた。
「エクリプス・コーポは、食料問題からエネルギー問題、そして環境問題まで、あらゆる問題の解決策を提示している。これは紛れもない事実だ! 魔方東京はもちろん、世界中の都市もエクリプス・コーポの力なしには、もう生きていけなくなる時代がすぐに訪れる!」
傲慢だ。自分に批判的なインタビューを、広告に使うとは。
アタリは、その姿を冷めた目で一瞥すると、奥へと続く廊下を進んでいったが、廊下を巡回中の警備兵の姿を捉えると、壁際に身を潜めた。
サブマシンガンを携帯している警備兵は、アタリの侵入に全く気づく様子もなく、規則正しい歩調で廊下を歩いていく。
次の瞬間、警備兵の背後からアタリの影が伸び、鋭い手刀が喉元を捉えた。
警備兵は、呻き声すら上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。
アタリは、気絶した警備兵を近くのトイレに運び込むと、素早く服装を交換した。指向性重力刀は小銃などを仕舞っておく細長いショルダーバッグに収めた。プロップスの制服を身に纏ったアタリは、鏡に映る自分の姿を確認し、ニヤリと笑みを浮かべた。
なかなか似合っているじゃないか。
トイレを出ると、今度は堂々と廊下を進んでいく。
とはいえだ。
アタリは警備兵から奪った小型端末でラボ内の地図を表示してみる。
どこへ向かうべきか。
部屋は五十以上ある。面積が広いリサーチルームでも十はある。
とりあえず、出たとこ勝負か。
アタリは廊下の突き当りにある一室に目をつける。
警備兵が持っていたIDパスを使ってセキュリティを解除し、アタリは白い扉を開けた。
そこは、無機質なデスクと実験器具が並ぶ、殺風景なラボの一室だった。
部屋の奥には、白衣を着た痩身の男が、背中を丸めて複数のモニターに向かっている。
男の周囲には、空になったコーヒーカップと、食べかけの昆虫食の包み紙が散乱していた。
「ん」
男は、アタリの入室に気づき振り返った。弱々しい印象を与える、線の細い体型で、顔には黒縁の眼鏡をかけている。
「なんですか?」
男は、プロップスの制服を着たアタリを見るなり顔を歪めた。
こいつは脅威ではない。
アタリは、一瞬のうちに男との距離を詰め、背後から羽交い締めにする。そして、隠し持っていたペンナイフを、男の喉元に突きつけた。
「動くなよ。静かに、俺の質問に答えろ」
男は、震える声で答えた。
「あなた、プロップスじゃないんですか?」
「だったらどうする。死ぬか? お前の名前は?」
男は生唾を呑んだ。
「と、トーマス……トーマス・馬鈴薯です……」
「ここで何をしている?」
「ぼ、僕は、ここのラボのエンジニアです。……計算資源の管理が、僕の仕事で」
トーマスは言葉を途切れ途切れに吐いた。
アタリは、トーマスの言葉を遮らずに、静かに聞いた。
「最近、このラボでおかしなことはなかったか? ここ数日の話だ」
アタリは、トーマスの反応を注意深く観察する。
「お、おかしなこと……?」
「ああ、例えば、見慣れない人間が出入りしているとか、いつもは使われていない設備が稼働しているとか、何でもいい」
トーマスは、必死に記憶をたどるように、目をキョロキョロと動かした。
「えーっと……そ、そういえば」
「そういえば?」
「ら、ラボの中央にあるリサーチルームに何かが運ばれているみたいで。研究員たちのリソースも集められているとか」
「何かとは?」
「噂じゃ、検体って呼ばれてます」
「検体?」聞き覚えがないフレーズだ。
「は、はい。一体だけなら、き、昨日も、新しい検体が運び込まれて。召集されている奴らは、眠らずに作業しているとか」
トーマスの言葉に、アタリは眉をひそめた。
「もっと詳しく説明しろ」
アタリは、ペンナイフを握り直しながら、トーマスに低い声で言った。トーマスは、アタリの剣幕に怯えながら、言葉を絞り出した。
「そ、それは……ぼ、僕にも、よくわからないんです。その案件は、ラボラトリーの所長案件でトップシークレットだとか」
アタリは、眉をひそめた。
「よし、そこまで案内しろや」
「そんな」
「死にてえのか?」
アタリは、トーマスの背後にぴたりと付き添いながら、部屋を出てラボの奥へと進んでいった。
途中でいくつかのリサーチルームの前を通った。雑な配線がむき出しになった実験装置や、得体の知れない液体が満たされた培養槽、部屋ごとに怪しい雰囲気が醸し出されている。
「このラボでは、一体どんな研究をしているんだ?」
アタリは、不気味な雰囲気を漂わせる実験装置を横目に、トーマスに尋ねた。しかし、トーマスは、首を横に振るばかりで、何も答えない。
「おい、ちゃんと答えろ!」
「わ、わからない……ぼ、僕は、僕の担当業務以外のことにはタッチしない主義なんです」
やがて二人は、ひときわ厳重なセキュリティシステムが施された扉が見えてくる。
「あそこがそうです」
「そうか」
アタリとトーマスは少し離れた場所の柱に隠れた。
白色の巨扉の前には、プロップスの兵士が五人ほど警備にあたり、物々しい雰囲気を漂わせている。出入り口からあわただしい様子で研究員たちが出たり入ったりをしていた。
「くそっ、ここまでか……」
アタリは舌打ちした。正面突破は、さすがに無理がある。
「おい、トーマス」
「案内はしました。か、解放してくださいよ」
「こっからは本番だっての」
「何をするつもりです?」
アタリは、不敵な笑みを浮かべながら、万能腕輪を操作した。
その直後、けたたましい警報音がラボ内に鳴り響いた。
「緊急事態発生! 緊急事態発生! 塵芥処理施設にて爆発を確認! 爆発の原因は調査中! 直ちに、現場周辺の警備を強化せよ!」
施設内に配備されたスピーカーから、アナウンスが流れる。
古典的な手段だ。だが効果は十分。
アタリが塵芥収集車両に仕掛けておいた小型爆弾が、予定通りに作動したのだ。
「な、何が起きたんだ?」
「黙ってろ」
扉の前にいた警備兵もあわただしく動き始め、三人ほどが持ち場を離れた。
アタリはトーマスを先頭に扉まで進む。
警備兵はアタリたちを怪しんではいなかった。
トーマスのIDパスを使いロックを解除。自動扉を開く。
扉の向こう側には、広大な空間が広がっていた。
その中央部。
人間が入るサイズの巨大なチューブが九つ置かれていた。それぞれは琥珀色の液体で満たされ、小窓もついていた。そのうちの三つには、すでに何かが収容されていた。
チューブの周囲には厳めしい計測機器が大量に配置されていた。
白衣を着た研究員たちが、ルーム内を慌ただしく動き回っている。
チューブの前だった。
研究員たちを静かに見守る老婆の姿があった。
赤色の髪の毛を結っている老婆は、けばけばしい装飾品を身につけ、鋭い眼光を放っている。
「おい、トーマス。あのババアは誰だ?」
アタリは、老婆の姿を確認すると、小声でトーマスに尋ねた。
老婆の風貌は、老獪な占い師のようにも、狂気を孕んだ科学者のようにも見えた。
「あ、あれがキャサリン・バークス。こ、このラボの所長です……」
トーマスは、震える声で答えた。
「……随分と、お派手なババアだな。で、あのチューブの中に、検体がいるのか」
「た、多分ですけど」
巨大なチューブの中に保管されている検体を、この目で確かめなければ。
アタリたちは徐々にチューブに接近する。ある程度の距離まで来ると、アタリは小窓越しに中身を睨んだ。
「な」
言葉を失う。
三つのチューブには、人間らしきものが収容されていた。
ただの人間ではない。
その顔、体つき、髪の色――すべてが、トリと瓜二つだったのだ。
「な、なんなんだよ、あれは……」
アタリは、言葉を失った。あまりに衝撃的な光景に、思考が停止してしまう。
「まさか、克隆なのか?」
アタリは、かろうじてそう呟いた。
「そ、そうかもしれません。……このラボでは、人間の克隆技術の研究もやっていますからねえ。でも、あんな実験体は目にしたことがないですよ。やっぱりあれが……」
突如、トーマスの動きが止まった。
まるで、誰かに操られているかのように硬直し、痙攣を始めたのだ。
「おい、トーマス? どうした――」
アタリの言葉は、そこで途切れた。
次の瞬間、トーマスの頭部が爆発した。
脳漿と血液が、天井まで飛び散り、白い床を赤く染めた。
「な……」
アタリは何が起きたのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。床に転がったトーマスの亡骸から目を離せない。
「動くな! 貴様、何者だ!」
背後から、複数の兵士たちの声が聞こえた。
アタリは、ゆっくりと振り返る。
銃口を向けたプロップスの兵士たちが、完全にアタリを取り囲んでいた。
「くそっ、やられた……」
罠にはめられた。
「侵入者がこんなガキとは」
キャサリン・バークスだった。
彼女はゆっくりとアタリに近づいてくる。
研究員たちは、蜘蛛の子を散らすように、キャサリンから距離を取る。皆、老婆の顔色を伺っているかのようだ。
「マジかよ」
アタリは、諦めたように呟いた。
「ここの監視システムは少し特殊でね。カメラの死角を攻めるくらいじゃ、意味がないの」
「やけに手薄な感じはしていたけども」
キャサリンは、アタリの言葉に頷くと、不気味な笑みを浮かべた。
「業務管理の一環で、研究員の脳を監視している」
アタリはアフロヘアーを撫でた。
「法的にはもちろんNGだろうな」
「というわけであなたがトーマスに接触した時点ですべて筒抜け」
アタリは頭が吹っ飛んでいるトーマスの遺体を見つめる。
「なんで、殺しちまったんだ?」
「まあ、トーマス君の今期の査定結果ね。……部外者を容易にここまで立ち入らせたなんて降格じゃ済まないもの」
「やな上司だな、お前」
アタリは舌打ちをして、指向性重力刀の入ったショルダーバッグを床に投げた。
「さて、会話している間に、私も疑似電子脳で解析をさせた。……最初はどこの馬の骨が侵入してきたかと思ったけど、あなた、意外といい線行きそうね」
「何を言う」
「N/3の関係者がわざわざやってくるとは」
キャサリンが少しの間目を瞑ると、空中に複雑な三次元ホログラム映像が浮かび上がった。それは、見覚えのある場所の映像だった。
トップロープの事務所だ。
「これは……」
「プロップスの可愛い部下たちが、君の雇い主であるトップロープくんを訪ねた時の映像よ。そこで、沙悟浄くんを少しばかり痛めつけたみたい。彼は、少しばかり、うるさかったから」
映像には、プロップスの兵士たちが、事務所の中を荒らし回る様子が映し出されていた。そして、床にうつ伏せに倒れている沙悟浄。彼の周りには、血溜まりができている。
「沙悟浄を拷問したのか……?」
アタリは呟いた。
「そうよ。四肢を少しづつ切り刻んでいってあげたの。そうしたら、トップロープくんが、全てを白状してくれたわ。彼は賢い男ね。友人を裏切ってまで、自分だけ生き残ろうとするなんて」
キャサリンは、アタリの反応を面白がるように説明した。
「ヤシロ・ファミリーは、黙ってはいないだろうな」
「ああ、あの下品な連中なら、きっと騒ぎ立てるでしょうね。でも、私は猿同士の醜い争いには興味がないの。どうでもいいわ」
老婆は、次の映像を再生する。今度は、薄暗い路地裏の映像だった。路地裏に並ぶゴミ箱の横には、狗蜂が倒れている。頭部からは血が流れ出ていた。
「これは……」
「なにって、狗蜂さんの最後の姿よ。我々に色々面白い情報を教えてくれたわ」
「狗蜂まで……」
「そうよ。用済みになった犬は、処分するものよ。穴だらけになっちゃった彼女の行きつけのバーも、爆破しておいたわ」
キャサリンは、冷酷な声で言った。
アタリは、こぶしを握りしめた。
「まだ終わらない。次の映像を見なさい」
老婆は、アタリの感情などお構いなしに、次の映像を再生する。今度は、バーの前での戦闘シーンだった。阿修羅と対峙するアタリとトリの姿。
「これは……あの時の……」
「阿修羅との戦闘記録よ。君も、そして、あの少女も、なかなか善戦していたようね」
映像には、六本の腕を駆使して襲い掛かってくる阿修羅と、それを指向性重力刀で迎え撃つアタリの姿が映し出されていた。トリは、阿修羅の背後を突こうと、機を伺っている。
「戦闘力が高いだけで慢心して侵入してくるとは。……お馬鹿さんな猿たちね」
キャサリンは、甲高い笑い声を上げた。
「ここまでやるかよ、異常だ」
老婆は笑いを止めると、アタリを睨んだ。
「本題に入りましょう。……私に協力しなさい、アタリくん。君には、二つの道がある。一つは、私に逆らって、この場で犬死にする道。もう一つは、私に協力して、生き延びる道」
アタリの脳裏に、トップロープや沙悟浄、狗蜂の顔が浮かぶ。
「どうする? アタリくん。答えは決まっているでしょう? もちろん、協力をしてくれたら、それなりの報酬は用意してあげる。トップロープに借りていた額なんかへでもない金額をね。一生A階層に住み、豪遊して暮らせる程度にはね」
アタリは、目を瞑り、深く息を吸い込んだ。思考を整理する。トップロープが裏切った時点で、負けは決まっていたのかもしれない。
万事休すだ。
逆転の策はない。
所詮、アタリは負け犬だ。
「……わかった」
アタリは、ゆっくりと目を開け、キャサリンを睨みつけた。
「いい判断ね」
キャサリンは、嘲笑するように言った。
その瞬間だった。
ラボの天井が、轟音と共に破壊され、影がルームに飛び込んできた。
「な」思わず、アタリは声を上げた。「師匠」
その影は、アタリの眼前に落ちてきた。
スキンヘッドに筋肉質の、小柄な男――弾丸坊主。
「久しぶりダネ! 馬鹿弟子」
金色麻の袈裟。背中に緑色の反英雄のスケボー。靴は履いておらず、素足だ。
プロップスの兵士たちが、一斉に銃口を向ける。
閃光が走った。
銃弾の雨が弾丸坊主に襲い掛かるが、まるで、弾丸の軌道を予測しているかのように、その全てを紙一重でかわしていく。
「破ッ!」
弾丸坊主は、鋭い蹴りを繰り出す。
その一撃は兵士の顔面を捉えた。
兵士は、悲鳴を上げる間もなく、後方へ吹き飛ばされ、壁に激突して、ぐったりと動かなくなった。
「なんだい、この禿頭は!」キャサリンは、激昂した。残りの兵士たちに、攻撃を指示する。「撃ち殺せ!」
「噴ッ!」
弾丸坊主は、間髪入れずに次の攻撃に移る。
目にも止まらぬ速さで兵士に接近し、強烈な肘打ちを胸部に叩き込んだ。兵士は天井まで吹き飛んでいった。
「ひぃぃッ!」
残りの兵士たちは、弾丸坊主の圧倒的な戦闘力に恐怖を覚える。しかし、後には引けない。再び銃撃を開始する。
弾丸坊主は、嘲笑うかのように、銃弾の嵐を軽々と回避する。そして、高速回転しながら、兵士たちに襲い掛かった。
「喝ッ!」
弾丸坊主の容赦ない攻撃の前に、プロップスの警備兵たちは次々と倒されていく。まるで、嵐が吹き荒れた後のように、兵士たちは、床に転がり、呻き声を上げていた。
銃撃が止むと、弾丸坊主はアタリを振り向いた。
「し、師匠……」
弾丸坊主は言葉を遮り、拳をアタリのアフロに振り下ろした。
鈍い音。
鉄拳制裁。
アタリが呆然としていると、弾丸坊主は鼻を鳴らした。
「俺がナニを教えたか、言ってミ」
アタリは唇を噛みながら、答えた。
「運べないなら、仕事を受けるな」
「そうダ。トップロープなんかとツルんでいるから、矜持もなくして軟弱者になっちマウ」
アタリが何も言えずにいると、弾丸坊主は背中をバンと叩いた。
「さァ、脱出するカエ」
弾丸坊主は、キャサリンに向き直った。
キャサリンはふたりを睨む。
「脱出などさせるか。兵はまだいる」
言葉通り。ルーム内にどんどん兵士たちがやってくる。
「オォ、盛り上がってキたね」
弾丸坊主は、ニヤリと笑うと、再びプロップスの兵士たちに襲いかかった。
弾丸坊主の怒涛の攻撃の前に、兵士たちは、まるで、木の葉のように散っていく。アタリも、ショルダーバッグから取り出した指向性重力刀を手に、師匠の援護を開始する。
「行きます、師匠!」
「おうヤッ!」
二人の息の合った攻撃は、プロップスの兵士たちを圧倒する。弾丸坊主の拳は兵士たちの顔面や胸部を捉え、アタリの指向性重力刀は、青い閃光を放ちながら、兵士たちの身体を切り裂く。
「師匠、出口はあっちだ!」
アタリは、戦闘の最中、ラボの地図を頭に思い浮かべながら叫んだ。
「了解ッ!」
二人は、一瞬の隙を突いて、ルームの出口に向かって走り出す。
三人の兵士が、行く手を阻もうとするが、弾丸坊主が強烈な蹴りでまとめて吹き飛ばす。
「オトトイきやがれ!」
弾丸坊主は、アタリの前を先行。
廊下に飛び出した二人はラボの出口に向かって走り続ける。
白い廊下を破壊しながらの猛進。兵士たちが姿を見せれば、二人は瞬殺していく。
「師匠、出口だ!」
やがて出口が見えてくる。
先導するアタリは、出口の扉を指向性重力刀でこじ開けると、外へと飛び出した。弾丸坊主も、アタリの後を追う。
しかし、その時だった。
地面が、轟音と共に隆起。
すぐさまコンクリの地面が割れ、巨大ななにかが飛び出してきた。
「な!」
「どうなってんの、弟子ちゃん!」
出現したのは、掌型のロボットだった。その体長は、ゆうに三メートルを超えている。
「待っていたぞ、悪賊ども!」
ロボットは、地響きを立てながら、アタリと弾丸坊主に迫ってくる。その圧倒的な存在感に、二人は言葉を失った。
「あっと驚く為五郎! なんだイ、お前サン!」
「我が名は、勇気爆発! プロップス最強の精鋭部隊、三本槍の一人である!」
ロボット――勇気爆発は、轟くような声で自己紹介する。その声は、まるで地響きのように、ラボ全体に響き渡る。
二人はいったん立ち止まる。
「し、師匠、どうしましょう」
「くそ、オッカないねえ」
「光の力! 君たちとは覚悟が違う。我はみんなを守るために、人間であることを捨てた。これこそ勇気!」
勇気爆発は、高らかに宣言する。その言葉に、アタリは困惑した表情を浮かべた。
「肉体を捨てて拳になるなんて。……こりゃ、本物の馬鹿野郎だねえ」
弾丸坊主は、険しい表情で呟いた。
「勇気こそ、勝利の鍵だ! 希望に満ちた未来の為に、勇者である私は戦う!」
勇気爆発、その機体——巨大な拳——が宙に浮く。
「相手にしてられねえ! 行くぞ、弟子ちゃん!」
「おうッ!」
二人は、それぞれスケートボードにランニングオン。加速し二手に分かれた。
スケートボードのウィールが火花を散らす。
「逃げる! それもまた勝利への道だろうか!」
弾丸坊主とアタリは勇気爆発の脇を抜けようとした。
「逃がさぬぞ! 勇気全開パンチィィィッ!」
勇気爆発の拳がアタリに襲い掛かった。
「あぶね!」
アタリは加速し、直撃寸前で避ける。
「ぬぅ! 失態!」
二人に避けられた鉄拳はコンクリートの地面に巨大な孔を開けた。
衝撃。地が揺れる。
近くの貯水槽が破裂し、大量の水が噴き出す。
「あんなの、喰らったら死ぬじゃすまないネ……」
弾丸坊主は、冷や汗を流しながら呟いた。
二人は、闇の中へと消えていった。
第四章
