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【Merry】はPラブコミュではない。

Merry は P ラブコミュではない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


おっと。ついクソデカい声が出てしまいました。
実装当時から胸に澱の如くたまり続けた心の叫びですね。

初めまして。
5年近く単独で樋口円香について研究を行っておりました、シオカラと申すものでございます。

もう5年経つんですか?

この5年間一人でネットの海に思考の切れ端を垂れ流す程度だったのですが、最近シャニマスでガチの思想バトルを行ったところ楽しかったため、自分の思考を文章に纏めて投げてみようと思った次第です。
つまりこれは俺からの宣戦布告だ。覚悟しろ。

さて、【Merry】は特に 4 つ目の REM の内容から P ラブコミュと解釈する人がよく見られます。

問題のシーン

ですが、ただただ夢の内容をそのままに受け取り、「ああ、樋口円香はプロデューサーが好きなんだなあ。」で終わるのはあまりにも勿体無い!!!!!

という訳で今回は私なりの手法で REM を解釈し、【Merry】というコミュが P ラブという解釈だけではない、という事をお話ししようと思います。

※このnoteには最新s-SSR【ナカキヨノ】までの内容が含まれます。

・樋口円香と「夢」

さて、まずは樋口円香と「夢」の関係についてまずお話ししていこうと思います。
樋口のコミュ内に於いて「夢」は取り沙汰されることが多く、特に【ハシルウマ】・【Merry】そして最新 s-SSR の【ナカキヨノ】ではコミュの内容に深く関わる要素として出てきています。

絶対に読め

【ハシルウマ】で透になったり、【Merry】でプロデューサーの姿をしたものからラブコールを受けたりと目くるめく夢を見てきた樋口ですが、【ナカキヨノ】でいよいよ夢の終わりが見えてきた感はあります。

さて、夢は潜在的な願望を映し出すものであったり、未来の予兆を示すものであったりと様々な解釈がなされていますが、今回はユング心理学を引用しつつ 「REM 」に於いて樋口円香の見た夢を紐解いていこうと思います。

ユング心理学、とだけ聞くと聞き馴染みのない方もいるかと思われますが、ペルソナだとか集合的無意識だとかの用語の元ネタです。
或いは夢分析に於いてフロイト(泥濘鳴鳴で空騒ぎしてた人)と双璧を成すお方の提唱した心理学の総体ですね。

フロイトだって空騒ぎです

ユング心理学は簡単に言うと、夢の中に現れるものを元型(夢の中に現れる擬人化されたイメージ)として分類し、紐解く事によって、その人の潜在的な願望や悩み等を引き出していく手法です。

今回の記事では、REM に於いて夢に現れたプロデューサーをそのものではなく、象徴として分類することで彼女の夢を紐解こうというわけです。

・プロデューサー=シャドウ

さて、それでは REM の夢に於いて現れたプロデューサーは果たしてどの様な元型として現れたのでしょうか?

お前は誰だ?

結論から言いますと、シャドウと呼ばれる元型であると考えられます。
シャドウとは、自身が望む理想的な自分であるために普段押し殺している無意識の側面の事であり、「自身はこうあるべきでない」と否定され閉じ込められた自己のことです。
シャドウは自己の一側面でありながら、時に元型として像をもって夢の中に現れるとも考えられています。
シャドウは一般的には同性の像を持って現れるとされていますが、何故男性であるプロデューサーの姿をもって現れたのか、説明していこうと思います。

・二人は似た者同士

ギンコ・ビローバや G.R.A.D.を読んでいただければお判りになると思いますが、二人は似たもの同士です。
他者を思いやり、気遣えるという一点に於いて。
そして似た者であるが故に、彼女はプロデューサーの事を遠ざけようとするのです。

【ギンコ・ビローバ】の「偽」に於いて彼女は「私は優しくない」と言います。

通称ギン子ちゃんとのやりとりの後の発言

この発言は、彼女の言葉へのスタンスが垣間見えるのと同時に、「ただ優しいだけの自分」にはなりたくないという願望の吐露でもあると思われます。
下手な言葉を言って他人の思いなど背負いたくない。
出来る事ならば自身の為に生きていたい。
そうした懊悩の中でも彼女は人にやさしく在ってしまいます。
自分の言葉は「軽い」という自認を持ちながら常に言葉を選び続ける彼女でも、自身のスタンスを捨ててでも自身を蔑ろにした、せざるを得なかった子に言葉を投げてしまう。
そんな彼女からしてみれば、プロデューサーの“正に”と言った好青年ぶりは見るに堪えないものだったでしょう。
押し殺してきた自己が、形を取って眼前に現れたようなものです。
だから彼女はその姿は仮面を付けた姿であれ、と願ったのでしょう。
折り目正しいスーツの下には、おぞましい利己が在ってほしいと。

それにしても擦られすぎである

ただ、実態はその逆です。
「優しい自分」を仮面の下に押し込め、表面的に他者への無関心を装っているのは樋口円香自身なのですから。

仮面と言えばキン・コンです。
キン・コンの4コミュ目、「火鞠」に於いて彼女はプロデューサーのお面を剥ぎ取り、その上で「似合わない」と結論付けています。
この事から、プロデューサーの善性は偽りであくまでも仮面を付けた姿に過ぎないと言うのは、樋口円香のそうであって欲しい願望だった、ということが窺い知れます。

ギンコ・ビローバの決着

そして、彼女は徐々にプロデューサーに絆されていきます。
彼の優しさを享受し始めた、と言ってもいいでしょう。
それと同時に、彼女の中のシャドウもまた、容認されても良いのではないかと深層心理下での働きかけがあったとしても何らおかしくはありません。
この働きかけが夢として形を取ったものが、REM に於ける夢の中でのプロデューサーとのやりとりです。
彼女の押し殺してきた自己と近しい像として、プロデューサーの姿を取ったわけですね。

・樋口円香は自身を愛せるか

結局のところ、【Merry】の REM に於ける夢の内容は、プロデューサーからの愛を求めているというわけではなく、押し殺してきた自己との対話であったと言えます。

浅倉透との対比関係を鑑みると、彼女は自身を自身のまま愛せているとは言い難いでしょう。
それでも、彼女の自己は無意識下で自身を愛することを求めています。
彼女が自身の被っていた仮面を認識し、無意識下に押し留めていた自己からの愛の希求に耳を傾けられた時にこそ、樋口円香は真の意味で色づくのでしょう。

さよなら、透明だった僕たち

また、最新の s-SSR【ナカキヨノ】では遂に、彼女は浅倉透(うつくしいもの)との訣別を匂わせました。

2025年最初にして最重要コミュ

彼女にはもう、自分で走りだすためのエンジンも、自分の為にやりたい事も備わっています。

願わくは、貴方が走り出した道の先で、貴方が自分を愛せますように。

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