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私と息子の珍事件「ガラス越しの時間」。


こんにちは、eringishimejiです。

現在小学校高学年の娘と低学年の息子を育てています。

家族で暮らしていると、本当に日々色々な事が起こりますが、とりわけ息子と私(え。)はやらかしが多い気が。。

今日はそのうちの1つを思い出して書いてみます。



今日から11月。

毎年、この肌寒くなってきた時期に思い出す出来事がある。

あれは、5年前の11月。息子が1歳9ヶ月の頃だ。

ある日の午前中、私はいつものようにベランダで洗濯物を干していた。

夫は仕事、娘は幼稚園で不在。
部屋の中には息子がいた。

当時住んでいたのは、14階建てマンションの中程。リビングとキッチンが同じ空間にあり、ベランダに面した間取り。リビングに大きめの窓と、キッチンに勝手口の扉がついていた。

あと少しで干し終える、そしたら出かける準備をして、今日は息子のリトミック教室だ。

そんな時。

ガチャ。

背後で不吉な音がした。

勝手口を見ると、息子が立っている。

え、え、、まさか??!!

やっちまった。

息子が勝手口の扉の鍵を掛けたのである。

つまみを回転させるタイプの鍵で、数字の「1」状態だったところを漢字の「ー」状態にしてしまったのだ。

きょとんとした顔でこちらを見つめる息子。

ガラス越しに必死で、鍵を回せとジェスチャーする私。

しかし、通じない。
通じる訳がない。

そもそも鍵を触ったのは初めての息子。高さ的にもギリギリ手を伸ばして届いたようで、「ー」には出来ても、「1」に戻す知恵はない。

焦る私。

しばらくすると、なかなか家に入って来ない私を見て、泣き始めた。

しかもギャン泣き。

勝手口のガラスをバンバン叩いてくる。

わーどうしたらいいんだ!

リビングの窓もしっかり戸締まりしてしまっている。携帯電話も持ってきていない。

しかもちょっと北風吹いて寒いのに薄着。。

ピンチだ。完全に。

ここで息子に鍵を開けさせるのは無理だと諦めた。

その時。たまたま隣りが中学校で、なんと体育の授業が始まった。

チャーンス!!

ウォーミングアップに校庭を走り始めた中学生に全力で手を振る。

「おーい!おーーい!!」

しかし大通りにも面した校庭。
車の音にかき消され、なかなか声は届かないのか。

今度は干していたタオルを振り回した。

気付いてくれよー、おーい!!

先生らしき人も出てきて、体操が始まる。

でも、誰も反応しない。
見えてるはずなのにな。

もしかしたら、ちょっとミーハーな保護者、またはおかしくなった人と思われたのかもしれない。

だめだ。

終了。

そこで息子を見ると、なんと勝手口から姿を消している!

まぶしいのが苦手な私は、レースのカーテン(しかもミラーカーテン)を常にしているので、なんと部屋の中の様子が見えなくなってしまった。

こんなとこで仇になるなんて!

なんせこの頃の息子。家の中でもあちこち転げたりぶつかったり、何でも口にしちゃう時期。

やばい。
危なすぎる。
なんかあったらどうしよう。。

血の気が引いていく。。

中学生は諦めた!
今度は通行人だ!!

しかしこんな時に限って誰も通らない。
通っても遠すぎて気付かない可能性が大きい。

あー、この世の果てだ。


そう思った時、なんと天使が現れた!!

マンションの清掃のおばちゃんだ!

おばちゃんが中庭を掃除するため出てきて、私の声に気付いてくれたのだ。


もう、うれしくてうれしくて泣いた。

これで助かる。。



そこからは、

おばちゃんが管理人さんに報告

上下左右の方に連絡を取ってくれ、たまたま在宅だった上の方がベランダから話しかけてくれる

事情を説明、管理人さんとの橋渡しをしてくれる

管理人さんは鍵を持っていないので、警備会社に連絡するか家族に連絡するか

警備会社は時間がかかるとのことだったので夫に連絡してもらう
「奥さんがベランダに閉じ込められているみたいです」

夫ダッシュで帰宅

無事に保護される息子と私


という流れで。
全体通しては30〜40分間くらいだったかと。

泣き叫ぶ声も聞こえないし、ガラス越しにも見えない息子が心配で心配で。

とてつもなく長い時間に感じた。


夫が帰宅した時、息子はどうしていたかというと、ソファの前で放心したかのように座っていたそうだ。

多分、泣き疲れて暴れる元気もなかったのだろう。

無事でいてくれてよかったよぉ、ほんと。泣

次からは、勝手口の扉は開けておくことに決めた。

これ、意外とよくある事象らしい。車でも。


その時学んだのは、子どもの成長は早くて、昨日まで出来なかった(しなかった)ことが今日できるようになる場合もあること。

それと、予期せぬ事態はどこかで必ず起こるもの、と心得て行動しなければ、ということだ。

また1つ、私の経験値が上がった出来事だった。


その後もまあ色々あるのだけれど、1歳半〜2歳ちょっとくらいまでが、行動範囲は広くなるのに言葉が通じないという、お互いに1番大変な時期だったように思う。


今となっては笑い話に出来ること、あの時手を差し伸べてもらった方々に心から感謝している。



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