インターネットじゃない場所で文章がバズった
「朝から娘さんへの誕生日メッセージを読んで涙が出ちゃいました。」
朝の保育園、もうすぐ1歳になる娘と同じクラスのお子さんをもつお母さんにばったり会ったときに言われた言葉だ。
私の娘が通う保育園には玄関横に誕生月の園児を紹介する掲示板がある。4月に娘が入園したときに発見し、なんて素敵な企画だろうと心が躍った。親御さんが子どもに向けてメッセージを書き、子どもの写真が添えられ、可愛いイラストやシールでデコレーションされて掲示板に並んでいる。メッセージには子どもが歳を重ねるタイミングで親御さんが思いを寄せる言葉があり、とても温かい気持ちになったり、クスッと笑ってしまうユーモアがあったり、家族それぞれの個性が溢れている。メッセージカードが貼られたコルクボードは少し古びていて、毎月毎月これまで何人もの子どもたちへのお祝いの言葉が飾られてきたのだろう。毎朝仕事前の慌ただしい登園時間ではあるものの、掲示板を見るたびに足取りが軽くなり、明るく元気に仕事に向かえるのだ。
そして、娘の1歳の誕生日は8月末。私はどんなことを書こうかと、入園当初から掲示板を通るたびに考えていた。彼女が産まれてから1年、産まれたばかりの赤ちゃんが少しずつ子どもになっていく過程は、そんじょそこらのドキュメンタリー番組では太刀打ちできない濃密な日々。振り返ると泣きたくなることも笑いあったことも、数え切れないほどの思い出があり過ぎて、何を書いたら良いのかと、はやる気持ちを抑えきれず悩んでいた。7月を過ぎた頃にはいよいよ我が家の番だとワクワクとソワソワした気持ちが先走る。そしてついに8月中旬に担任の保育士さんから一枚の紙を手渡された。
「掲示板に飾るのでよかったら誕生日のメッセージカードの制作をお願いします」
ずっと憧れ待ち続けていた言葉だ。
とはいえ、1歳になる娘はもちろん文字を読めないし言葉も伝わらない。そんな相手に贈る言葉を書いたことがない。伝わらない言葉にどんな思いを込めて綴れば良いのか、渡された紙を前に何日も首を捻り、白紙のまま机の横に佇んでいた。
私はこれまで執筆の仕事や創作活動で文章を書き続けている。せっかくならばこれまで書くことで身につけてきた「相手に届ける力」を活かしてみたい。1歳の子どもに通用するかなんて分からない。でも、私ができること全てを尽くして娘に伝えてみたい。
じゃあどうすればいいのだろう。今の娘は文字を読むことはできない。けれど、文字を理解できるようになるはずの未来の娘に、私が1歳の娘に対してどんな思いを持っていたか伝えてみたい。当時1歳の彼女がどんなことができていたのか、1歳でできることが増えていく喜びや素晴らしさ、私と夫を笑わせてくれる赤ちゃんの無垢ゆえのお茶目さんぶり、そして私たちがどれだけ娘のことを愛しているか。あなたが私たちのところに来てくれて1年間、本当にとてつもなく最高に充実した幸せな日々だということ。そして、これからも家族で彩り豊かな時間を作っていきたいという気持ちを。
娘のためだけではない。娘が文字を読めるようになる5歳頃になっても、小学生になっても、中学生になっても、大人になって親元を離れてしまっても、母親である私自身が宝物として読み返すことができるようにと言葉を綴った。
何日も悩んでいたのに、どんなことを伝えたいか明確になった瞬間に筆がするすると進んだ。娘が読みやすいように分かりやすい言葉を使い、彼女がイメージできるような成長の様子を描写した。娘の1年全てを伝えたくて、書きたい思いが溢れて、紙いっぱいに私の言葉が埋まっていた。結局はこれまでの執筆の経験を活かせたのかどうか正直わからなかった。でも、「相手に届ける」という気持ちだけは決して揺らがずに書けたはずだ。
写真はせっかくならばフォトグラファーとして本業の力を発揮して、可愛い衝撃の一枚を撮りたくて、休みの日に娘に一張羅の黒と白のチェックのセットアップを着せて写真を撮った。シャッターを押す瞬間、娘は自信満々に仁王立ちし、ニコッと笑った。笑顔は夫にそっくりだ。その後にカメラを構える私の方へと、まだおぼつかない足取りで歩いてきてくれた。
締切ギリギリになってしまったが、無事にメッセージカードを保育園に提出。8月になると保育園の玄関横の掲示板に娘のものが貼られていた。同じ8月生まれのお子さんのメッセージを読むと、みんなそれぞれ親御さんの愛情たっぷりの言葉が並んでいる。改めて私の書いた文章を読むと恥ずかしさもあるけれど、毎朝そこを通るたびに娘が無事に1年を生きた証を見ているようで、ホッとした安心感とこれからの未来を想像して心が弾んでいた。メッセージカードが戻ってきたら、いつか娘と読むために大切にとっておくつもりだ。
掲示板に貼られて1週間ほどたったある日。いつもと変わらず朝の慌ただしい保育園で娘を預けて帰ろうとしたとき、同じクラスのお母さんと顔を合わせた。彼女はすこしだけ涙目で、私の顔を見て表情がハッとして、冒頭の言葉をいただいた。
「朝から娘さんへの誕生日メッセージを読んで涙が出ちゃいました。」
毎朝通る掲示板に貼られているとはいえ、親御さん全員が読んでいるわけではないし、ゆっくり読む時間もないはずだ。そして、個人的な私の娘へのメッセージは他人にとっては関係のないもの。それをしっかりと読んでくれて、涙を流してくれたそのお母さんの感受性に驚いた。もしかするとお世辞かもしれない。でも、保育園の朝の瞬間風速MAXな慌ただしさで涙を流すことができないことはわかっている。
毎朝遅刻しないように余裕を持って家から出ようとしても、だいたいアクシデントがある。出かけ際にうんちをしてオムツ交換タイムが入り、子どもからちょっと目を離したらティッシュボックスのティッシュが床一面に雪景色のように広がっている。本日の我が家の様子だ。保育園に着くと玄関には、急に座り出して絵本を読み出す子、いろんな親御さんに話しかけまくる子、なぜか突っ伏して寝ている子。親御さんたちは仕事へ向かうために、子どもを保育士さんの待つ部屋に連れていくのに必死だ。
そして、保育園に預けてからはひと息つく暇もなく、次は自分の仕事場へ向かっていく。余白時間なんてまったくない。保育園で和やかにママたちと談笑する時間なんてない。ママ友なんてつくる余裕もない。
そんな慌ただしい現場にあの誕生日の掲示板がある。軽く目を通すだけでゆっくり読んで味わう時間はない。スルーしてしまう日もある。きっと他の親御さんだって同じはずだ。この慌ただしい送迎という名の戦場で、私の文章で心を動かしてくれた彼を太陽のような女神に感じてしまった!彼女は続けて、まだ1歳になっていない我が子だけれど、これからできることが増えていく喜びや嬉しさに感情移入してしまったと伝えてくれた。
あまりに突然なことで、もっと感想を聞きたかった。子どもの成長の喜びを分かち合いたかった。けれど私は10分後には仕事のオンラインのミーティングがあるので、お礼もそこそこ家まで全力ダッシュ。働く母ちゃんの日常だ。無事にミーティングを終えてやっと朝のできごとを振り返った。
あのお母さんの表情と言葉を思い出すと、なんだかじわじわと高揚感が増してきた。湧き立つ感情は一人では抱え切れないと思い、別室で仕事をしていた夫に今朝の話を舞い上がるように一気に話した。そのときに、ふとこの興奮状態に身に覚えがあると感じた。
自分の発信したものが思いがけずたくさんの人に注目を浴びたり、知らない人から急に感想を伝えられたり、自分の手元から離れて遠いところで誰かが喜んでいたり。「届いた」という現象をはっきりと実感できる、インターネットでバズったときの高揚感だ。
私自身はインフルエンサーでもないし、万単位のバズを経験したことはない。でも、noteで急にたくさん読まれたり、SNSで思いもがけず伸びた投稿がある。また、仕事を通して関わった投稿が予想以上に多くの人に広がったことがある。
創作した写真や文章をインターネットでシェアして反響を感じた瞬間と、なんだか似ている気がした。実生活で私の目の前で誰かの心を動かすことができたことに、信じられない気持ちや昂る感情が鳴り響いている。
正直バズること自体は欲求としてない。けれど、自分が想いを込めて創作したものが遠くまでたくさんの人に届き、その人たちの気持ちや日常にちょっとでも光るものが生まれることで、私自身がとても前向きな気持ちになる経験をしたことがある。
今朝のできごとはたった一人の保育園のお母さんだったけれど、インターネットで「届いた!」という実感と同じように、心が湧き立つような気持ちが私の心を満たしてくれた。インターネットには乗らなくても、たった一人が読んでくれるだけでも、バズることってあるんだな。
誕生日のために娘に書いたメッセージカードは、渾身の力を込めたものだったので、掲示が終わったら友達限定でSNSに載せようかと思っていた。でも、私にとってインターネットに載せなくてもバズった文章だ。せっかくなら、どこに流れ着くかわからない言葉の波に放り込むより、自分の手元で大切にしまっておこうと決めた。
娘が文字を読めるようになったときに一緒に読もう。娘はメッセージカードを読んで、どんなふうに感じたのか尋ねてみたい。1歳の自分がどんな子どもだったのか聞いてきたら、性格も仕草も事細かに全て答えてあげたい。そして、娘が私たちのところに来てくれて、私たち夫婦は目尻が下がりっぱなしで満ち足りた時間を過ごしていることを伝えたい。この先の未来もそうなるように、かけがえのないお守りとしてずっと持っておきたい。
これからも私は変わらずに書き続ける。もちろんたくさんの人に読んでもらえるように書いていくつもりだ。でも、今日の出来事のように、文字も言葉も伝わらない娘へ、あなたがいることで私は今とても眩しい日々を過ごしていることを伝えたい一心で書いた文章が、思いがけず誰かの心に届いた気持ちは大切にしたい。
娘のことだけじゃない。東京での暮らしや大好きな夫、本やアート、旅、日常で感じた感情。この先もインターネットではない私の心の中がバズるような文章を書いていきたい。

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