[読書交換日記]②「私」を知る/知らせる一冊
りんりんさん、初めまして。
このたびは[読書交換日記]のご提案、ありがとうございます。ずっと気儘にnoteを書いてきましたので、こうしてお一人の方に向けて綴る時間はとても新鮮です。名前も顔も素性も知らぬまま、「言葉」だけで繋がる。おっしゃる通り、「令和」の今だからこそ、それは当たり前に成立するのかも知れませんし、それは強く心を揺らす行為でもあるなと思うのです。
ともあれ、のんびりゆったりどうぞよろしくお願いいたします。
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自己紹介を兼ねるような、一番大切な本を紹介する。
実はこのご提案のあったときからずっと、私は頭を抱えていました。「大切な本」とはどういうものを指すのか? 自分の転機のきっかけを与えてくれた本。折に触れて読み返す本。あるいは、人生の指針となる(なった)本。そういったものだとして、私のなかにそんな本はあるのか? ほんとうに千々に思い乱れていました。
気が付いてみると、私自身は年間250冊以上の本を読み続けています。職業柄、それ以外にも活字を読んでいる時間が多くあります。そのため、どちらかと言えば、私の読み方は「活字を摂取する」と形容する方が正確なのです。目からバクバク食べていく感じ。息をするのと同じレベルで、活字をこの身に取り込んでいるのです。
そんな私の「一番大切な本」。たいせつ…タイセツ…たいせt…思い浮かばない! と頭を抱えていたのです。
ですが、りんりんさんのお手紙を読んで、一冊の本が思い浮かびました。ずっと読もうと思っていたのに、読めずにいた本です。せっかくですから、今回はそちらをご紹介しようと思います。
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りんりんさんが教えてくださった、土門蘭さんの『死ぬまで生きる日記』。こちらの本も読もうと思っていて、結局読めないままでした。せっかくなので、この機会に読もうと家中をひっくり返しましたが発掘できず。おそらく、買ったつもりになっただけで、買っていなかったと思われ、只今注文中です。なので、その感想はまた次回にでも書きますね。
で、そこから思い浮かんだ本というのがコチラです。

豆塚エリさんの『しにたい気持ちが消えるまで』(三栄)です。
豆塚エリさんは1993年、愛媛県生まれ。16歳のとき、飛び降り自殺を図り頸髄を損傷、現在は車椅子で生活なさっています。大分県別府市で、こんぺき出版を拠点に、詩や短歌、短編小説などを発表し、NHK Eテレ『ハートネットTV』に出演するなど、幅広く活動中されている方です。
競争するのをやめて、人に頼れるようになったら生きやすくなった 車椅子の詩人が綴る『しにたい気持ちが消えるまで』。
16歳のとき、死のうと思った。すごく天気の良い日で、こんな日に死ねるなんて幸せだと思った。自宅のベランダから飛び降り、頸髄を損傷するが一命をとりとめる。 「死ななくて良かった」 「何もできなくても生きていていい」 現在を生きる筆者による 自死を止めたい、やさしくなりたい、お守りのような言葉。書き下ろし自伝エッセイ。
上に、この本を読もうと思っていたのに、ずっと読めずにいたと書きました。理由はものすごくシンプルで、私自身「しにたい気持ち」をずっと抱えたまま生きていたからです。そうして、あまりにも長い時間その気持ちを抱え続けていたために、この本を読んで、もしそれを失ってしまったら、自分がどうなってしまうか分からず、ほんとうに、ほんとうに怖かったからです。
りんりんさんと同じく、という書き方が適切かは分かりませんが、私も鬱状態を長く患っていました。なぜ「鬱状態」かというと、結局医療機関には赴かず、自力で乗り越えてしまったからです(笑) 希死念慮まで行き着いて、自力で戻ってくる人はいないと言われましたが、地獄の果てから力業で何とか生還し、ここまで生き延びています。
ここ2年ほどは、その鬱状態からも脱し、希死念慮に囚われることもなく、のほほんっと生きています。年齢的なものなのか、それとも、よくある時間薬が効いたのかは定かではありませんが、ものすごく平穏に平和に生きる毎日を過ごしています。
そうして、改めて読んでみると、この本にあることは、形は異なるものの、いろいろと思い当たるフシがありました。忘れていたはずの中高生あたりのことを、わりとまざまざとそのあたりのごちゃついた心情も含めて思い出したのです。今だから、客観視できるけど、渦中にいたときは本当に苦しくて。でも、そこに居るしかなくて。しんどかった出来事たち。
筆者の豆塚さんご自身も、おそらく「今」だから客観的に見て書けるのだろうと思うのです。また、今の自分だからこそ言葉にできるもの、理解できるものがあるのだろうと思うのです。たとえば。
甘えとは、人を頼って生きていることに無自覚なことだ。誰だって間違うし、失敗する。それを認められないことが甘えだろう。逆に、自分の間違いや失敗、欠点を認め、上手に人を頼れることこそが自立ではないのだろうか。
これがあの頃分かっていれば。環境や状態は変わらずとも、心の持ちようはもう少し軽く在れたかもしれないと思ったり。あるいは、こうして明確に言葉にしてくれる人がいれば、「前を向く」の「前」がどこにあるか分かったかもしれない。
でも、それは逆に言えば、今しんどい思いをしている人たちがこの本に触れることで、どこか救われるものがあるのかも知れないのです。あるいは。
迷惑だから、お金がかかるから、いないほうがいい、なんてこともない。迷惑をかけるほうもまた、迷惑をかけることによって他者を支えている。他者の存在に輝きを与えている。
自分のしんどさを自覚できずにいる人にも、大きな支えを与えてくれるかも知れない。そんなことを思うのです。
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その時々に手に取る本が、自分にとって必要なモノなのだと思っています。今の自分だからこそ、この本を縁ががっちりと繋がった。今回ご紹介した『しにたい気持ちが消えるまで』もきっと私にとってそんな一冊なのだろうと思います。
活字だからこそ納得できたり腑に落ちたりすることってありますよね。りんりんさんの書かれた「『解決しない』という選択肢」もそうだと思いますし、私が書いた「迷惑」も同様です。うん。活字のある生活を持っていられてよかった。
ちなみに、「人生は螺旋階段」という言葉は初めて知りました。私の場合は「人生なんざ元々死ぬまでの悪あがきだろ」が来てしまうので(笑)でも、螺旋階段。そうですね。感覚として、分かります。
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長くなりました。次回はどうしましょうか…。ふと、「中高生の頃に読んだ本」というお題を思い浮かべました。が、とらわれず、りんりんさんの思いつくままに書いていただければと思います。
あと、暑いというか、命に関わる暑さですから、どうぞ十二分にご自愛くださいますよう! 返信、楽しみにしています。
んじゃ、また。
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