見出し画像

調剤薬局物語vol.4〜春の日の小さな命〜(2322字あとがき含む)

🌿調剤薬局物語〜心をつなぐ処方せん〜

第四話:春の日の小さな命

白石が処方箋のチェックをしていると、ふいに自動ドアが開いた。
顔を上げると、最近定期薬を出したばかりの田島さんが立っていた。

「こないだ、お薬出たばかりですよね。風邪でもひかれました?」

「いやいや、薬ちゃうねん。ちょっとお願いがあってな」

不思議そうに首をかしげる白石に、田島さんは薬局の横を指差した。

「店の脇の壁、高いとこにツバメ来とる。巣、作り始めとるみたいや。
でな、ヒナが落ちたり、カラスにやられたりせんように、ネット張らせてもらえへんかな。
去年もうちの近所で、何件かやられとる」

「えっ……そうなんですか? 全然気づきませんでした……」

「目立たん場所やからな。
でもこのまま放っておいたら、雛が育たんかもしれん。
脚立とネットはあるし、設置もすぐや。よかったら許可だけ欲しいんや」

白石は、少しだけ笑ってうなずいた。以前、お話をした時に、田島さんは野鳥の会に入っていると聞いたことを思い出していた。

「もちろん、大丈夫です。ありがとうございます、気にかけてくださって」

「そうか、ほなよかった。気ぃついたら、なんかほっとけんようになってな」

照れくさそうに笑いながら、田島さんは帽子をかぶり直した。

「ほな、また来るわ。任しといて」

白石は軽く頭を下げて見送ったあと、気になって薬局の横手へと向かった。

建物の側面、高い窓枠のすぐ上──
小さな泥のかたまりが、少しずつ巣の形をとりはじめていた。

春の風に吹かれながら、そこで命を育てようとする気配だけが、静かに残っていた。

翌日、白石が朝の掃除を終えた頃。
薬局の横から、何やら作業する気配が聞こえた。

見に行くと、田島さんが脚立を立て、巣の周囲に細かなネットを張っているところだった。
小さなハト胸のようにふくらんだ巣──そのすぐ上に、柔らかな防護が施されていく。

「おはようございます。早速、ありがとうございます」

「おはようさん。もうちょっとで、しまいや。」
田島さんは手を止めずに応じた。

「去年な、ここらでチョウゲンボウにやられてるんや。
ハヤブサの仲間でな。小型やけど、ツバメくらいなら一撃や。
ネットがあると、入りこまれへんからな」

「そんな鳥が……このへんにも?」

「おるよ。見逃してるだけや。
空のことは、見上げとかんと気づかんもんや」

田島さんの言葉に、白石は思わずうなずいた。

ネットが張られてから数日間、巣は静かに育っていった。
やがて、親鳥が頻繁に出入りするようになり、店の裏手には時おり、餌をねだる雛の声がかすかに響くようになっていた。

ただ、親鳥はとても警戒心が強かった。
白石が巣の近くを通るたび、翼の音を立てて突進してくる。

驚いて足を止めると、数メートル手前で急旋回して去っていく。
その勢いと迫力に、心臓が跳ねるような怖さを感じるほどだった。

「……すごいスピード……」
白石は苦笑しながらつぶやいた。

しばらくは平穏だった。
親鳥も白石の存在に少しずつ慣れたのか、威嚇の回数は減っていった。

ある日の昼下がり、白石が在庫の確認をしていると、入口のチャイムが鳴った。
ふと顔を上げると、田島さんが黙って立っていた。

「こんにちは。今日は……また何かあったんですか?」

田島さんは、少し間を置いてから言った。

「……やられたわ」
その声は、静かだったが、にじむような悔しさがあった。

白石の胸に、ざらりとした何かが広がった。

「チョウゲンボウや。ネットの隙間か、下から入ったんかもな……。
昨日の帰りに見たら、巣が壊されとった。」

「……雛は……?」

「巣が丸ごと落ちとった。もう、ダメやな」
そう言うと、田島さんはゆっくりと帽子を取った。

「ごめんな、ネット張ったけど……あかんかったわ。」

「……そんな、謝らないでください」
白石はゆっくり首を振った。

「田島さんが守ろうとしてくれたの、伝わってました。
あの巣がここまで育ったのは、あのネットのおかげですよ」

田島さんは目を伏せたまま、小さく息を吐いた。

「せやけどな……ああいうの、見ると……うーん......なんとも言えん気持ちや。
わかってたはずなんやけど、守れるもんて、ほんま限られとるわ」

白石はすぐには言葉が出なかった。
「......でも、毎日気にかけてくれてたんですよね。
悔しいですけど、できることはしてあげれたんじゃないかと思います。」

田島さんは、ふと白石の目を見て、少しだけ笑った。

「……まあな。ヒナの声、結構元気やったしな。
あの声がもう聞かれんの、寂しいもんや」

「……私も、です」

白石はゆっくりと深呼吸した。

小さな巣に向けられた目が、ここには確かにあった。
短い命だったとしても、あの巣は、田島さんの優しさに包まれていた。

守りきれなかった悔しさと、それでも守ろうとした時間。

その両方が、心のどこかに、ちゃんと残っていく。

白石は、それをきちんと心に刻み込んでいた。

                 (了)

〜あとがき〜
これは、エピソードとしては2年くらい前の話です。患者さんの中に、野鳥の会に入ってらっしゃる方がいて、それまでも鳥の話を何度か聞かせてもらっていました。

ネットをつけた後、他にも何ヶ所かあったようで毎日見回りをされていたようです。

その他のところでもチョウゲンボウにやられたところがありました。

何とも切ない気持ちになりましたが、きっとチョウゲンボウにも雛鳥がいるんだろうな、と思いながら自然の摂理を感じてしまいました。

それにしても、こんな風にツバメに心を寄せておられる方がいることに、自分の心も少し優しくしてもらうことができました。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます😊ご意見、ご感想など、コメント頂けるととても嬉しいです😆


いいなと思ったら応援しよう!