成長するには読書が必要なのか?
同じことでも、本を通して知ることとネットを通して知ることは違う。
例えば、新大陸を発見したクリストファー・コロンブスについてネットで数行で紹介されているものに目を通すのと、コロンブス個人や大航海の背景にある当時のヨーロッパの地政学について記述した関連書物を読むのとでは、同じ知るでも、その意味合いがかなり違う。
ネットで検索すれば、簡単に知ることはできる。
しかし、そこで得られるのは、単なる情報にすぎない。
細切れの断片的な情報をいくらたくさん持っていても、それは知識とは呼べない。
なぜなら、情報は考える作業を経ないと、知識にならないから。
考えることによって、さまざまな情報が有機的に結合し、知識になる。
読書で得たものが知識になるのは、本を読む行為が往々にして、考えることを伴うもの。
何かについて、本当に知るということは、少なくとも知識というレベルにまで深まっていなければならない。
人間がこの世界について分かっていることなど、1%もないかもしれない。
つまり、私達が生きている世界は、ほとんど知らないことでできている。
そのことを考慮すれば、知っているという驕りは生まれようがない。
何も知らないという前提があるから、読書はできるのだし、いくら読書を重ねても、その前提が消えることは永遠にない。
何も知らないことを知る。
人が成長する上で、これほど大事なことはない。
