#8 スーパービジョンという「共鳴の場」
「指導」はいらない。記述と戦略を持ち寄る、プロたちの楽屋裏。
「次のケース会議、気が重いな……」
支援の現場で、そんなため息が漏れるのを何度聞いてきたでしょうか。本来、支援者が抱えた困難を共有し、次の活力を得る場であるはずのスーパービジョン(SV)やケース会議。それがなぜ、多くの現場で「未熟さを指摘される裁判」のような、重苦しい時間になってしまうのでしょうか。
その原因は、SVが「正解合わせの場」になってしまっているからです。
「この対応で合っていますか?」「それは間違っている、こうすべきだ」。こうした垂直的な指導の関係性の中では、支援者は萎縮し、最も肝心な「現場で感じた生々しい違和感」を口に閉ざしてしまいます。
これまでのコラムでお伝えしてきた通り、正解のない支援の現場において必要なのは、安易な答えではありません。エソラが提案するSVは、指導の場ではなく、支援者同士が「記述」を持ち寄り、響き合い、次の作戦を練るための「戦略的な共鳴の場」です。
「記述」を真ん中に置く
まず、SVのテーブルに乗せるものを変えましょう。「私の対応」を評価の対象として差し出すのではなく、#7で作成した「記述(現象の記録)」を、二人の真ん中に置くのです。
「本人は怒っていた」という評価ではなく、「彼が拳を握りしめた瞬間、私の喉がキュッと締まり、言葉が出なくなった」という、あなたの一人称の体験が綴られた物語です。
この「記述」を挟んで向かい合うことで、SVの目的は「あなたを指導すること」から、「この記述された現象を、二人で一緒に解読すること」へとシフトします。この構造の変化が、支援者の心理的安全性を担保します。
現象学的な「追体験」と「共鳴」
次に、スーパーバイザー(受ける側)の役割も変わります。すぐに助言や評価(三人称の知)を与えるのではなく、まず自らの判断を保留(エポケー)します。そして、目の前の「記述」を頼りに、バイジー(受ける側)が見ていた景色、感じていた身体感覚を、自らの脳内でありありと「追体験」することに徹します。
「なるほど、その瞬間の沈黙は、確かに怖かっただろうね。私でも、その場にいたら息を呑んだかもしれない」
バイザーが自らの身体感覚(センス)を使って共感し、それを言葉にしたとき、二人の間に「共鳴」が起きます。「ああ、この感覚は自分だけの弱さではなかったんだ」「この怖さは、このケースが持つ構造的な難しさだったんだ」。そう理解できた瞬間、孤独だった個人的な重荷は、チームで共有可能な「専門的な課題」へと変化します。
この共鳴体験こそが、すり減った支援者の心を癒やし、再び現場に踏みとどまるための「ネガティブ・ケイパビリティ(耐えうる力)」を回復させるのです。
不動産営業のような「戦略会議」へ
共鳴によって安全が確保されて初めて、次のステップである「戦略的な議論(エソラ)」が可能になります。これは、私が経験した不動産営業の「作戦会議」と同じです。
営業マンは商談後、上司と「あの顧客の真のニーズは何か」「次はどの物件(資源)を当てるか」をドライに、かつ熱く議論します。SVもそうあるべきです。
「あなたが感じたその違和感をヒントにすると、次はどういう『役作り(演技)』で臨むのが効果的だろうか?」「あなたが『動じない壁』を演じるなら、私は別の角度から『社会資源とのマッチング』を提案する役回りになろうか」
#4で触れた「演技の技術」や、#5の「営業的視点」を総動員し、具体的なアプローチを多様な視点で検討する。そこには、一方的な指導ではなく、チームとしてのダイナミックな「知の創発」があります。
プロの演者たちが集う「楽屋」
エソラ流のSVとは、支援という過酷な舞台で「役」を演じきったプロたちが、仮面を脱いで素顔に戻れる「楽屋」のような場所です。
そこで互いの「記述」を台本のように読み解き、労い合い、次の舞台に向けての演出プランを練り直す。「指導」はいりません。必要なのは、同じ現場の空気を知る仲間としての深い「共鳴」と、事態を打開するためのしたたかな「戦略」です。
そんな風通しの良い楽屋を持つチームこそが、揺さぶりに負けず、長く支援を続けていける強いチームなのです。
