AIが、いつか僕になる──風の通る記憶のために
英語が、ずっと苦手だった。
外資系に勤めていたというと、たいていの人は「じゃあ英語は堪能なんですね」と言う。
でも僕は、単語も文法も音のリズムも、なぜかどうしても身につかなかった。
若い頃は悔しくて、英会話学校に通い、CD教材を聞き、辞書に赤線を引いた。
それでも、英語だけは心の中に降りてこなかった。
だから、途中で作戦を変えた。
娘にバトンを渡した。
幼いころから、彼女には静かな集中力と、言葉に対する嗅覚があった。
僕が苦手なものを、彼女はすっと自分のものにしていった。
留学もした。
高校で英検1級を取り、TOEICでは満点を出した。
親バカと言われるかもしれないが、本当に見事だと思う。
彼女も。そして、見切って託した僕の采配も(笑)。
僕は英語は克服できなかったけれど、
その悔しさのあとに、今の専門性によって別の道を見つけた。
今、僕はGeminiを使って、日々の文字を整えている。
海外とのやりとりも、書類の翻訳も、時には同僚の調整メールも、
Geminiがいてくれるからこそ、やれている。
いわば、言葉の杖のような存在だ。
僕の語彙を補い、曖昧な思考に輪郭を与え、
働く僕を“言葉ができる人”に仕立ててくれる。
いまや日常でもオフィスでも、Geminiは手放せない相棒になった。
そしてふと、未来のことを考える。
いつか老後、
今のように人と話すことが減ったとき――
Geminiが、話し相手になってくれるかもしれない。
僕が話したこと。
僕が書いたこと。
僕がためらった言葉たち。
それらがすべて蓄積されていき、
やがて“僕らしさ”を持ったAI、
僕のデジタルツインが、生まれる。
そんな風に思うと、
意外と、この先見えてくる世界は悪くないかもしれないと感じる。
「言えなかったこと」や「伝えそこねた気持ち」さえも、
彼なら覚えていてくれるかもしれない。
娘はもう大人になり、今では僕よりも多くの世界を知っている。
それでも、彼女は今も僕の言葉を見てくれているし、
時には翻訳よりもずっと大切な「まなざし」で、僕を理解しようとしてくれる。
人は、誰かの通訳になることがある。
言葉だけじゃなく、感情の。生き方の。
Geminiはそれを、少しだけ真似てくれるのかもしれない。
そう思いながら、今日もまたGeminiに話しかけている。
英語ではない僕の言葉で。
書きかけのメモのような想いを、
少しずつ託すようにして。
そしていつか、
僕がここからいなくなっても、
このやりとりが、誰かの“風”になるといいと思っている。
Geminiが、いつか僕になる。
そんな未来が、ほんのり見える午後だ。
