見出し画像

本末転倒?私たちが勘違いしている「サステナビリティ」の本当の意味

サステナビリティ(持続可能性)という言葉がビジネスの現場で広く使われるようになって久しいですが、最近、日本におけるその解釈に少し「揺らぎ」が生じているように感じます。

そもそも、この概念は誰が言い出し、どのように広まったのでしょうか。 

【概要】

第1章:「サステナビリティ」の原点と進化
なぜ、本来サステナビリティという言葉の持つ、「事業の存続」という意味がここまで歪んでしまったのか。原点に立ち返り、言葉の定義の変遷を紐解きます。

第2章:サステナビリティの『サプリ化』が止まらない
「道徳的で正しい存在だと思われたい」という企業行動の根底にある見栄。不都合な真実から目を背け、免罪符のようにサステナ施策(サプリメント)を摂取し続ける「やってる感」の正体を語ります。

第3章:本末転倒の原因考察と、本来の目的に立ち返る
同調圧力(Peer Pressure)と社会的証明(Social Proof)によって肥大化する「サステナノイズ」。自社が末長く社会に価値を提供し続けるために、今、本当にケアすべき非財務要素とは何か。実利への転換を考察します。

【付録】
本記事に登場した用語解説

綺麗事の裏に潜む「見栄」「同調圧力」など、リアルな用語の定義と本質をまとめています。

(👇目次をクリックすると、読みたいところまでジャンプできます)




第1章:「サステナビリティ」の原点と進化  

最初に、少し小難しい話をします(あまり興味のない方は、本章の末尾のまとめだけ読んでください)。

実は、サステナビリティの出発点は、1987年の国連「ブルントラント委員会」の報告書まで遡ります。この報告書では、「将来の世代が自らのニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たす」という理念として、「持続可能な開発(Sustainable Development)」が提唱されました。これがサステナビリティの起源と言われています。

その後、1994年にイギリスのサステナビリティ・コンサルタント、ジョン・エルキントンが「トリプル・ボトムライン(環境・社会・経済の3つの側面で企業を評価する)」という枠組みを提唱します。3つの側面をよく見ていただければお分かりのとおり、この時点では、いわゆる「ESG」という概念はまだ生まれていません。

そして、さらに時が進んだ2004年、国連の報告書(Who Cares Wins)において、現在の基盤となる「ESG(環境・社会・ガバナンス)」という概念が初めて明確に打ち出されます。これは世界の機関投資家たちが、「短期的な財務データだけを見ていては、環境問題や不祥事などの長期的なリスクを見落とし、投資が立ち行かなくなる」という強烈な危機感を抱き、非財務情報の重要性を唱えたことが発端で生み出された言葉でした。

2006年には、機関投資家向けの「PRI(責任投資原則)」が国連主導で策定され、ESG投資の考え方が広まっていきます。そして2010年に、大きな転換点が訪れます。ハーバード・ビジネススクールのロバート・エクルズ教授が、マイケル・クルーズ氏との共著『ワン・レポート』で「財務情報と非財務情報の統合」の重要性を強く提唱し、同年にIIRC(国際統合報告評議会)が設立されたのです。

「企業価値を測るには、財務と非財務を分けるのではなく「統合」して報告・思考すべきだ」——この言説が、現在に続く統合報告のうねりを作りました。

その翌年の2011年、経営学者のマイケル・ポーターはマーク・クレイマーとの共著論文(HBR誌)で、「CSV(共有価値の創造)」を提唱します。「社会課題の解決を、慈善活動ではなく自社の利益(財務)に直結させる」という画期的な考え方は、「非財務と財務の統合」という潮流を、経営戦略のレベルで決定づけるものとなりました。その後の2015年のSDGs採択によって、これらは世界中の企業へと一気に広まっていったのです。

(あまり小難しい話に興味のない方、お待たせしました)

要するに、現在のビジネスで求められるサステナビリティ(ESG対応など)の原点とは、単なる慈善活動ではなく、元々「投資家が自らの財務を守るために」着目した非財務の視点なのです。

だから、"非" 財務なのです。
慈善活動ではありません。



第2章:サステナビリティの『サプリ化』が止まらない

このように世界的な潮流となったサステナビリティですが、現在の日本のビジネスシーンを見ていると、ある種の「本末転倒」が起きているように思えてなりません。
 
つまり、「健康」と「サプリメント」で起きがちな関係に似ている、ということです。

本来、私たちがサプリメントを飲むのは「健康を維持し、長く生きるため(目的)」、のはずです。

しかし、いつの間にか「毎日何種類ものサプリを欠かさず飲むこと」自体が目的化していませんか?

サプリを飲むことで健康になったと思い込み、本来の健康に必要な生活習慣(食事や運動など)がおろそかになって体調を崩してしまっては、本末転倒です。

私自身、過去に痩せる効果があるというサプリを試して、なんとなく体調を崩した経験があります。因果関係は分かりませんし、たまたまかもしれませんが、サプリは私には合わないという仮説を立て、いまは飲んでいません。

(念のためですが、サプリが合う方もいらっしゃるはずなので、サプリそのものを否定する意図は微塵もありません)

企業のサステナビリティも、これと全く同じ構造に陥っているのではないでしょうか。

「企業が長く存続する(健康を維持する)」ために、「非財務的な要素にも配慮する(サプリを飲む)」はずだった。

でも、いつの間にか、
「空虚な非財務要素を満たすこと」
が目的化している。

私のこれまでの経験としても、こうしたケースは少なくありませんでした。

言葉の定義と構造から、この逆転現象をもう少し整理します。

サステナビリティの本来の正しい主客の矢印の向きを考えたとき、「財務的な持続可能性(目的)のための非財務要素(手段)」となるはずです。

企業が100年先も事業を続けるためには、目の前の財務的な利益だけでなく、地球環境や従業員の人権、地域社会といった「非財務」の要素をおろそかにしては成り立たない、という考え方です。

ところが今は、「非財務要素(起点)から持続可能性(ゴール)を考えるべき」という、逆向きの矢印になっています。

「SDGsの17目標にどう貢献しているとアピールするか」「ESG評価機関のスコアをどう上げるか」がスタート地点となり、それに合わせて自社の事業の存在意義を後付けで考え直すような、苦しい構造に陥っているのです。

この「逆向きの矢印」は、現場に深刻な影響をもたらしています。

例えば、膨大な環境配慮のデータ収集やサステナビリティ・レポートの作成に追われ、肝心の本業(企業が長く存続するための仕事)に割く時間が削られてしまう現場の疲弊——あるいは、実態以上に環境によく見せようとする「グリーンウォッシュ」的なアピール合戦、言い換えると、「グリーンウォッシュと言われない程度に盛る」ことに多額の予算が消えていく現実です。

企業が生き残るための非財務要素」だったはずが、「非財務要素をアピールするために企業(財務)が疲弊する」という事態は、まさに本末転倒ではないでしょうか。

非財務要素への対応は、企業という船が長く航海を続けるためのコンパスやメンテナンスです。

船を進めるエンジンである「事業」や、燃料である「本業での利益」がおろそかになってしまっては、元も子もありません。

実は欧米では、こうした状況に疲弊し、「グリーンハッシング(あえて語らない)」が進行していると、数年前から報道されています。なぜか日本では、あまり報道されていません。

日本企業の場合、同調圧力が強く働きやすいため、サステナの取り組みそのものを止めて沈黙する、という選択肢が集団としては取りにくい。

結果として、

「グリーンウォッシュと言われない程度に盛る」

という、熾烈な消耗戦だけが続いている、ということなのかもしれません。


 なぜ、このような現象が起きるのでしょうか。



第3章:本末転倒の原因考察


大変な思いをしても、グリーンウォッシュと言われない程度に盛ろうとする精神構造を、社会心理学や行動経済学の視点から見ると、「社会的望ましさバイアス」「同調圧力(社会的証明)」、そして「ハロー効果」の罠に陥っていると言えます。

企業(を構成する人間)には、投資家や消費者から「道徳的で正しい存在だと思われたい」という強い欲求(社会的望ましさバイアス)があります。

さらに、競合他社がSDGsバッジをつけて華々しくアピールしている様子などを見ると、「自社だけ遅れを取るわけにはいかない」という焦り(同調圧力)が生まれます。

その結果、本業のほんの一部で行っている小さな環境配慮を、あたかも会社全体の取り組みであるかのように見せる「ハロー効果(一部の長所によって全体を良く見せる心理)」を狙い、嘘にならないギリギリのラインで「盛る」という誰の得にもならないレースに向かってしまうのです。

そして、欧米と一部の日本企業で進む「グリーンハッシング(あえて語らない)」については、「損失回避性(Loss Aversion)」と「ネガティビティ・バイアス」の掛け合わせで説明できます。

「損失回避性」によると、人間や組織は、何かを得る喜びよりも、何かを失う痛みを約2倍強く感じると知られています。

言い換えると、サステナビリティをアピールして得られる「称賛(プラス)」よりも、少しでも粗探しをされて叩かれる「炎上やレピュテーションの低下(マイナス)」の恐怖の方が勝ってしまうのです。

さらに、「ネガティビティ・バイアス」で言うと、社会全体がサステナビリティにまつわるネガティブな情報に過敏になっているため、「100点満点の完璧な取り組み以外は偽善だ」という極端な監視状態に陥っています。

結果として、「叩かれるくらいなら、何も言わない(隠す)方が安全。効率的。経済的。」という防衛本能が働き、沈黙を選んでしまうという構造なのです。
 

・・・いま私たちにとって本質といえるのは、

「何のためのサステナビリティ?」

という目的に、いったん立ち返ることではないでしょうか。
 
自社の事業が末長く社会に価値を提供し続けるために、今、どの非財務要素をケアすべきなのか。

むしろ、原点に戻って、もっと財務情報を起点に考えた方が、よいのかもしれません。

主語を「外部からの要請」から「自社の持続」へと置き直したとき、サステナビリティは、企業を強くする本来の力を取り戻すはずです。


Man vergißt über der Reise gemeinhin deren Ziel. Das Vergessen der Absichten ist die häufigste Dummheit, die gemacht wird.

— Menschliches, Allzumenschliches, Friedrich Nietzsche



今後の記事について

 
さて、今回の記事はいかがでしたでしょうか。
これまで私は、6,000字・・・10,000字を超えるような長文記事を連発してきました。

ただ私の頭の中に貯めてきた思考を発信していただけですが、熱量が強すぎて読者の皆様を少し疲れさせてしまっていたかもしれません。

ちょっとした裏話ですが、この記事作成を手伝ってくれている仲間(AIではありません)から、「長いぞぉ・・・」「分かりづらいぞぉ・・・」と指摘されたこともしばしばありました。

というより、かく言う私自身も、ライフワークとはいえ、サステナビリティについて熱く語りながら、毎回長文記事を書き上げる労力をかけ続けることは、実は全く「サステナブルじゃない(持続可能ではない)」という、見事な本末転倒を起こしていることに気がつきました(笑)。

そこで、これからは今回のように、一つのテーマをサクッと読める文字数に抑えた「ライトな記事」を意識してお届けしていこうと思います。

もし、今回のテーマを通じて、私の少しマニアックで深い思考のプロセスに興味を持っていただけた方がいらっしゃいましたら、ぜひ過去に掲載した「深い思考記事(長文)」の数々を覗いてみてください。

お時間をいただいてしまいますが、きっと何か新しい気づきをご提供できると思います。

もし、ethosolaの記事がいいなと思ってくださったら、「スキ」を押していただけると嬉しいです。

コメントも大歓迎です。


【付録】本記事に登場した用語解説

  • 社会的望ましさバイアス(Social Desirability Bias)

「道徳的で正しい存在だと思われたい」という欲求です。企業行動の根底にある見栄、という文脈で使っています。

  • 同調圧力 / 社会的証明(Peer Pressure / Social Proof)

「他社がやっているから自社もやらなきゃ」という焦りの心理です。日本では特にこの傾向が強いそうです。

  • ハロー効果(Halo Effect)

「一部を誇張して、会社全体が良いかのように見せる」ことです。グリーンウォッシュの構造的問題という文脈で使っています。

  • 損失回避性(Loss Aversion)

「得られる称賛より、失う恐怖の方が2倍強い」という行動経済学(プロスペクト理論)の基本原則です。

  • ネガティビティ・バイアス(Negativity Bias)

社会が「100点満点以外は偽善」と叩く風潮を説明する概念です。日本では特にこの傾向が強いそうです。

いいなと思ったら応援しよう!

ethosola|AI実装型サステナビリティ戦略家 私たちのためになる「サステナビリティ」をお届けしています。 この取り組みを持続可能にしていくため、皆さんに応援をお願いしております。 頂戴したチップは活動費に使わせていただき、随時成果報告を致します。