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神様からのメッセージ?!

おならの話です。
先に謝ります。
おならの話して、ごめんなさい。







2024年12月。
冬の寒さが本格的になって来た頃。

母と外を一緒に歩いていると、ところ構わず「プッ」とするようになった。
寒さで腸の働きが落ちてきたのだろうか。便秘気味になりお腹が張るらしい。

一緒に歩いていると「プッ」
信号待ちで「プッ」
踏切の前で「プッ」
飲食店で立ち上がる時に「プッ」

真顔で。悪びれた様子は微塵も感じない。なので、聞いてみた。

お母さん、おならが出てる事自分でわかってる?

そんなん、わかってるに決まってるやないの

おぉ、そうか。
どうやら自覚はあるらしい。

聞けばこの間私と一緒に歩いていた時、思わずおならが出てしまった。その直後大笑いした母。

そんな大笑いしたらおならしたことがまわりにバレるし、反省が感じられない

と私が言ったそうだ。
確かに言った。

だから真顔でおならをする事にしたと。私のせいか。また考え無しに、軽率なことを言ってしまう自身のクセを反省した。

そもそもおならは自然現象で悪いことではない。母が恐縮しながらおならをすることを強制すること自体私が間違っているかも、とは思う。
ただ「エチケット」という面では公共の場で堂々とおならをすることはやはり控えた方が良いのではないか、とも思う。あとは母の態度だ。して当たり前でいられては、大笑いされては、こちらも「んんん?!」と納得出来ない。

おならをした後に
「あら、ごめんなさいね」
くらいは、あっても良いのではないか。

でもさ、飲食店では出来る限り控えた方が良いと思うよ
周りの人も良い気せーへんしさぁ


飲食店の件はさすがに母も反省していたが、我慢出来ず自然と出てしまうこともあるらしい。おならをしたい時、周りを確認する余裕もないと言う。
どのタイミングでおならをして良いのか判断がつかない、とも言う。そんな母から提案があった。

【一緒に出掛けた時「いい?」て聞くから、おならして良いなら頷くか「いいよ」って言うてよ】

私は「ほんならやってみよか」と返事した。

早速次の日。

一緒に路地裏を歩いていると
「いい?」
と言ってきた。
周りを見渡し誰もいないことを確認。
大きく頷いた。

「プッ」

うまくいった。

すぐさま踏切に差し掛かる。
カンカンカン…
遮断機がおり、私たちは立ち止まる。

また母が
「いい?」
ちょっと大きめの声で聞いてきた。
真隣りには、前と後ろに子供を乗せた自転車のママさんがいる。「いい?」の声はママさんにも届いているはずだ。何が「いい?」のか。ママさんは知る由もない。

私は電車が近付いてくるのを見計らい、左耳元(右耳が母はほとんど聞こえない)で「いいよ!」と囁いた。

ガタンゴトンガタンゴトン

電車の音にまぎれて、母のおならの音はうまくかき消された。

近くのスーパーは2階にあり、上りエスカレーターで店内に向かう。

母が転倒してもすぐ助けられるように、私はいつも母の背後に立つ。

母が後ろを振り返り、私に
「いい?」
と聞いてきた。

母のお尻は私の目の前にある。

このタイミングで?!

言いたい気持ちをグッと堪える。

下りのエスカレーター側には数人の人がいたが、我慢させたくない。
その人たちが過ぎ去ったのを見計らい
私は一か八か大きく頷いた。

「プーーーッ」

いつもより長く大きな音が出た。

ちょうど、歩いてエスカレーターを下りる青年とすれ違ってしまった。よりにもよってこんな時にいつもより長いおならが出る。人生とはうまくいかないものだ。
青年が私と母を交互に見る。
青年と私は目が合った。
私は目をすぐそらして、知らんふりをした。母は素知らぬ顔して真っ直ぐ前を向いている。

Oh!青年よ。
私がやっちゃったわけではないのよ!いくら心で言い訳しても、慌てて目を逸らした私の負け。私の方が圧倒的に怪しい。

その日の外でのおならはこれで終わり。
なんだか私はどっと疲れた。

腸は自律神経によって制御されており、腸の働きには自律神経が大きく関わっている。自律神経のバランスが乱れると、腸の動きが乱れて便秘や下痢などの不調を引き起こす可能性がある、らしい。

腸の働きが悪くなった母は、どこかソワソワして心ここに在らず状態になる。年相応の物忘れが更に激しくなり、体温調節が出来なくなり何を着て良いのか判断がつかなくなる。

おならを我慢させるということは、母の体にとってほんまに良くない事なのだ。

「いい?」
と健気?に聞いてくる母にも、なんだか申し訳ない気持ちになる。

「おなら」について考える思考になってから、この冬私は道を歩いていると「おなら」をする老人とよく出会うようになる。
すれ違う時、信号待ち、お店…あらゆるところで、おならをする老人と出会う。2週間で3人。少ない?いや、これまでにこんな立て続けにおならをする老人と出会ったことはない。不思議なくらいその頃、おならをする老人と出会った。私がおならをする老人に敏感になっていたからだろう。

こんなにあちこちで町でおならをする老人に出会っては、母だけに我慢させる必要はなかろう。

残り少ないであろう人生、大いに遠慮なくおならをして欲しい。

そんな考えに至った。

そしてこのお正月。
姉たちと集まった時に、母はみんなの前で「いい?」と私に聞いてきた。
いよいよ「いいよ」の基準が私自身もわからなくなった。

もうおなら
どこでしてもええよ


母は大笑いした。

私も、私は何を言うとるんだ
と言う気持ちになって一緒に笑った。

笑いながら母は
「ぷっぷっぷー」
と、トレンディエンジェルの斉藤さんのギャグみたいなおならをした。

家族みんな笑った。
母も
「ごめんなさいね」
と謝った。

1番上の姉が笑いながら

なんの話なん、笑笑笑

と、言った!

なんのはなし…で…す…か…

私はひとりドギマギした。

ドギマギしながら事のいきさつを姉たちに話した。

年明けから早いもので2週間経つが、町でおならをする老人に出会うことがなくなった。
あれは神様からのメッセージだったのか?と思うくらいに。

もし町でおならをする老人に出会って、不快な気持ちになった方。
私が代わりに謝ります。
のっぴきならない事情があるかもしれぬ…と、少し大目に見ていただけると有り難いです。

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