モーリヤック『夜の終り』
愛のさなかに人がまとうあの輝きは、その人の生涯が汚れたものであっても、曇りはしない。
最期の緑閃光
1927年に『テレーズ・デスケルー』を上梓した後も、自らが造形した人物に関心を抱き続けていたモーリヤックは、1933年から1934年にかけて、『医院でのテレーズ』『ホテルでのテレーズ』そして本作『夜の終り』と、テレーズを主人公とする小説を立て続けに発表しています。

『夜の終り』では、『テレーズ・デスケルー』から15年経った出来事が描かれます。テレーズは家族と離れ、メイドのアンナに世話を受けながらパリのアパルトマンで暮らしています。年齢は45歳ですが心臓を患っており、死期が近づいています。一方で、その目に輝きは失われておらず、小説では彼女の最後の恋愛が語られます。
『テレーズ・デスケルー』では、テレーズの内奥に潜む悪徳との葛藤が、ランド地方の神秘的な雰囲気を背景にして描かれ、小説の独自性が存分に際立っていました。これに比べて『夜の終り』では、もっぱらアパルトマンの室内という身近な空間で物語が進行するためか、テレーズの内面はもっと読者の近いところで語られている雰囲気が漂います。
また、前作では夫ベルナールを始め、テレーズ以外の登場人物がおおむね彼女の「外部」として描かれていたのですが、本作に登場する何人かの人物は──17歳になった娘のマリ、マリの婚約者ジョルジュ・フィロ、そしてその友人のモンドゥなど──、完全に外部とは言い切れず、テレーズの抱える闇と重なる部分をそれぞれ持ち合わせているように見えます。あるいはそれは、夜明けの光というよりは日没の直前に放たれる緑閃光(緑の光線)のように、死にゆくテレーズの魅惑につかの間に目が眩んでしまったせいとも言えるかもしれません。
フランソワ・モーリヤック『夜の終り』牛場暁夫訳
(春秋社「モーリヤック著作集第2巻」所収)
François Mauriac, La Fin de la nuit, 1935
フランソワ・モーリヤック François Mauriac, 1885-1970
小説家。ボルドー生まれ。パリの古文書学校に学ぶ。人間の魂に潜む悪と孤独の苦悩を執拗に分析しながら、恩寵の在り処を探し求めたカトリック作家。巧妙な構成、端正な文体をもって人間心理の複雑さや非論理性を表現し、フランス心理小説の伝統に新たな世界を付け加えた。1952年ノーベル文学賞受賞。代表作に『愛の砂漠』(1925)、『テレーズ・デスケルー』(1927)など。
(『読んで旅する世界の歴史と文化 フランス』新潮社)
