“現場至上主義”じゃなくたっていい。地方女子だからこその推し活論
「現場至上主義?うるせー!」
かつて私が、何度も心の中で叫んだ言葉。
急にライブの日程が出ても、飛行機もホテルも、もう気軽に取れるような値段じゃない。
それに、今さら休みなんて取れない。
東京や大阪への遠征なんて、そんなにポンポン行けるわけがない。
SNSを開けば、「今日も推しに会えて幸せ!」なんて投稿が流れてくる。
そのたびに、胸の奥がずきっとした。
私にも、推しがいる。
大好きで、大切で、毎日思い出すくらいの存在。
でも「現場に行けてない」というだけで、何か足りない気がしていた。
本当に好きなら、もっと会いに行くべきなんじゃないか。
そんな言葉が、ずっと心のどこかに居座っていた。
“現場に行けない”ことが生む、地方女子の悩み

東京でライブ?ファンミ?リリイベ?
うん、知ってる。知ってるけど、無理。
頭ではそう思っても、心はすぐには割り切れない。
航空券を調べて、ホテルの料金を見て、何度タブを閉じたかわからない。
先に予約してしまえばいい?
でも、チケットが取れなかったら?
“いま”申し込まないと逃してしまう──そんな現場が、毎月のように目の前を通り過ぎていく。
遠征費に何万円もかかるとわかっていても、それでも「行けたらいいのに」と思わずにはいられない。
現場に行けない。
たったそれだけのことが、何度も心に影を落とした。
現場レポがX(旧Twitter)に流れてくるたび、現地にいるファンの熱量がまぶしく見えて、勝手に“置いていかれた気分”になる。
東京や大阪、あるいは仙台、名古屋、福岡に住んでいる人と比べて、自分の熱量や行動力が足りていないんじゃないかと思うこともあった。
「どうせ地方在住じゃ追いつけない」
そんなふうに、ふてくされた夜もあった。
もちろん、会いに行けないことが悪いわけじゃない。
でも、“現場に行けるかどうか”だけが、ファンとしての価値を決めてしまうような空気が、確かにあると思う。
それでも、私は“推しと共に生きている

現場にはなかなか行けないけど、20年近く、推しがいない日はなかった。
ふとした瞬間に思い出すし、通勤中に音楽を聴いて、移動中にはMVを見て、夜寝る前には最新コンテンツをチェックする。
新曲が出れば歌詞を読み、パフォーマンス動画を繰り返し見る。
その中で気づいたことをメモして、言葉にして、文章にまとめていく。
そんな日々の繰り返しも、私にとっては“推しと一緒にいる”時間だ。
私はK-POPのライターとして、記事を書いたり、情報をまとめたりしている。
だから、推しの言葉や行動、配信されるコンテンツに対して、他の人より少しだけ深く考える時間が持てる。
それは“分析”でも“義務”でもなく、むしろ楽しみに近い感覚だ。
ひとつのシーンや、ひとつの言葉に向き合って、それを誰かに届ける形にする。
その過程には、静かだけど確かな熱量があると思う。
誰かの推し活が「ライブ命」だとしたら、
私の推し活は「考えること」と「書くこと」なのかもしれない。
現場に行けなくても、私はこうして“推しと共に生きている”。
“現場至上主義”じゃない応援も、ぜんぶ正解にしたい

遠征できなくても、現場に行けなくても、それでも“応援している”という気持ちは変わらない。
それなのに、ときどきSNSでは「〇〇に行った人=本気のファン」みたいな空気が流れてくる。
「現場に行けてないから、語る資格がない」
そんなふうに、自分で自分を縛ってしまったこともあった。
でも今は、はっきりと言える。
“現場に行けるかどうか”だけが、応援の正解じゃない。
誰かにとっての推し活が、毎月のようにイベントに足を運ぶことなら、
私にとっての推し活は、日常の中で思い出しながら、画面越しに心を寄せること。
どちらも、同じくらい大切で、本物だと思う。
会えないからこそ、募る想いもある。
距離があるからこそ、深まる感情もある。
少ないチャンスを全力で大事にするからこそ、1回1回の現場が特別になる。
“応援のしかた”に優劣なんてない。
遠くにいても、静かに想っていても、
それを続けていること自体が、ちゃんと“応援してる”ってこと。
おわりに|地方にいる私が、“推しを好きでいる理由”

現場に行けないからって、推しを想う気持ちまで薄れるわけじゃない。
遠征が難しくても、タイムラインの中心にいなくても、
私はずっと、推しと一緒に過ごしてきた。
画面越しの笑顔に救われた日があった。
ひとつの歌に背中を押された日もあった。
そうした瞬間すべてが、
じっくりと言葉や表情と向き合えた時間だったと思っている。
たくさん会える人もいれば、会えない人もいる。
声を上げられる人もいれば、静かに見守る人もいる。
それぞれが、それぞれの場所で、自分にできる方法で推しを応援している。
そしてそのすべてに、ちゃんと価値がある。
“現場至上主義じゃない応援”だって、立派な推し活だ。
今日も推しのいる日常を、大切に歩いていこうと思う。
📍【連載】地方女子の推し活論
この記事は、『【連載】地方女子の推し活論』の1記事です。
地方に住んでいるからこそ、
“推し活”に抱く悩みも、見えてくる景色もきっと違う。
遠征費、現場の格差、トレンドとの距離感──
それでも私は、推しを想いながら、今いる場所で楽しむ方法を見つけてきた。
このマガジンでは、 「地方住み女子」としての視点から、 無理しない推し活のあり方を、自分の言葉で考えていきます。
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