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私は“最後の1年だけスタメンのキャプテン”──挫折と再挑戦の先に見えたリーダー像

「私が、“キャプテン”ですか?」

き、聞いてないんですけど──!?



“キャプテンらしさ”にとらわれていた私へ──

「先頭に立って、みんなを引っ張る人」
いわゆる“キャプテンらしいキャプテン”──

1年生のころからスタメンで、2年生からはエースとしてチームを引っ張った中学時代の私には、きっと当てはまっていたと思います。

でも、専門学生時代。
全国常連の強豪チームで長く控えだった私が、最終学年だけキャプテンを任されることになりました。

同学年にはずっとスタメンで活躍してきた子がいたし、周囲の誰もが彼女が次期キャプテンになると思っていたはずです。
なぜなら、下級生のころからスタメンで活躍していた選手がキャプテンになるのが“当たり前”だったから。

そして何よりも、いちばん納得できていなかったのは、自分自身でした。
中学のときとは立場も環境も違っていて、あの頃のように「チームを引っ張る存在」とは、お世辞にも言えなかったからです。
過去にキャプテンを経験していたからこそ、その責任の重さもよく知っていたし、むしろ不安の方が大きかった。


これは、世間の“キャプテン像”に当てはまらなかった私が、最後の1年だけキャプテンになり、もう一度キャプテンという役割と向き合った時の話。

全国準優勝を経験したことで、リーダーシップに“決まった型”なんてなかった、“リーダーとはこうあるべき”に囚われすぎていたと気づいた話です。


今、キャプテンに「向いてない」と思っている人にこそ、読んでほしい。


挫折とブランク

中学までの私は、“できる人”でいたかったし、そう見えるように振る舞っていた。
スタメンで当たり前、エースで当然。
キャプテンとして結果を出すことに、むしろやりがいを感じていたタイプだったと思います。

でも、高校に入ってすべてが変わりました。

ケガ、環境の違い、人間関係のつまずき、居場所のなさ……
理由はいくつかあったけど。
結局私は、入部2ヶ月で部活を辞めました。
このとき、プレーができなくなったというよりも“自分に自信が持てなくなった”ほうが近かったかもしれません。

それから先、部活の話題からは自然と距離を取るようになりました。
逃げた気がしていたからです。
それに、「部活やってたよね?」「なんで辞めちゃったの?」と聞かれるのも、嫌だと思うようになっていました。
自分の中で、部活は“終わったこと”にしていたんだと思います。

でも心のどこかでは、まだ未練がありました。
“あの頃みたいにプレーできなくても、もう一度やってみたい”
──専門学校に進もうとしたとき、そんな気持ちがふと湧いてきたんです。

だから、もう一度だけ挑戦してみることにしました。
控えめに、静かに、部活の門を叩いたところから、私の“再挑戦”が始まりました。


キャプテン就任の戸惑い

専門学校で所属していた部活は、全国大会の常連。
実力のある先輩・同期・後輩たちに囲まれた環境の中で、私は3年間、控えとして過ごしていました。

プレーで引っ張るタイプでも、声を出して盛り上げるタイプでもない。
だから、「私がチームの中心になることはない」と思っていました。
──というより、そんな考えすら浮かばなかったくらいです。

そんな中で迎えた最終学年
新体制が始まるタイミングで、私はキャプテンに任命されました。

同学年にはずっとスタメンで活躍してきた同期がいたし、これまでの流れからいくと誰もがその子がキャプテンになると思っていたはずです。
実際、卒業していった先輩たちもそう予想していたように見えました。
だからこそ、驚きよりも戸惑いのほうが大きかったんです。

なぜ私だったのか。
理由を説明されても、どこか腑に落ちないままでした。

でも、キャプテンを任されたとき、「やりたくない」とは思いませんでした。
中学時代の経験もあったし、役割の意味も責任も知っていたからこそ、任されたのに断るという選択肢は持てなかった。
でも、心の奥底には「本当に私でいいのかな?」という気持ちが残っていました。

キャプテンとしての新体制がスタートしてからも、キャプテンらしく振る舞おうとするたび、自分の弱さや立場の低さが気になってしまう。
引っ張れる自信なんてなかったし、「自分が引っ張っていく存在じゃない」という思いはなかなか消えませんでした。


私が見つけた、“支えるリーダー”という在り方

キャプテンになったからといって、急に何かが変わるわけではありませんでした。
今までどおり練習に参加し、できることを淡々とやる──
ただひとつだけ意識が変わったのは、“誰よりもみんなを見るようになったこと”でした。

このチームでは、自分が引っ張るタイプではないということをわかっていました。
それなら、背中で語るよりも誰かの背中をそっと支える存在になろうと思ったんです。
とはいえ、全国大会に出発する直前まではそれに気づいていなかったんですけどね。
だから、そのときは無意識的にそうしていたということになります。

不安そうな子、ミスが続いて落ち込んでいる子には、様子を伺いつつさりげなく声をかける。
無理にテンションを上げるようなことを言ったりしなくても、「支えてくれる人がいる」と安心してもらえるならそれでいいと思っていました。

そんな小さな積み重ねが、チームにどのような影響を与えていたかは、今でもわかっていません。
なぜなら、チームメイトに「どうだった?」って聞いたわけではないからです。

ただ、私は試合に出られない選手の悔しさもよく知っていました。
だから、試合に出るメンバーではなく、あえて控えの選手メインに声をかけるようにしていました。
出番がなくても、全員が“このチームの一員だ”と感じられるように。
チームの一体感を高めるための働きを忘れないようにしました。
(実はこれも、この時は無意識。後から気づいたことです。)

そして幸いにも、スタメンで試合に出ている“チームの中心”的なメンバーは、私がいなくても上手くやれる子達だった。
だからこそ、このやり方が通用していたのかもしれません。

強いチームなら、基本的にスタメンの子達はしっかりしています。
だから、チームメイトを信じて、私のような行動を取っても問題はないはずです。

振り返ってみると私は、誰かを導くリーダーではなく、みんなが安心していられる“土台”のようなキャプテンだったと思います。
前に立つことより、後ろから見守ること。
大きな声より、小さな気配り。
それが、私にできるリーダーの形でした。


そして何よりも、同期と「上下関係関係なく、なんでも言い合えるチームにしよう」と最初に決めて実践できていたのも、チームが上手く回っていた理由でした。
でもこれは、同期と共に“後輩が先輩に何でも言える雰囲気をつくる”ことを徹底した結果でもあります。

これによって、先輩ある私たちが辛くなることもありましたが、それはそれでグッと堪えれば、チームは良い方向に動いていきました。
後輩たちの多くが、今のチームを“自分たちのチーム”だと思って“自分ごと”として捉えて動いてくれる。意識してくれる。
これがあるのとないのとでは、全く違った結果が生まれていたと思います。

結局のところ、私はチームメイトに恵まれていた。
これが全てといえば、全てかもしれません。

でも、チームメイトに頼りながら、自分にできることを考えて動き続けた結果、私は“誰かを導くリーダー”ではなく、みんなが安心していられる“土台”のようなキャプテン”になれたのだと思います。


リーダーに“決まった型”はない

振り返ってみると私は、
「キャプテンなのに前に立てない」「もっと引っ張らなきゃいけない」
そんなふうに、“キャプテンらしさ”にとらわれていた気がします。

「キャプテンとして前に出て引っ張らなきゃ、結果を出せるチームなんて作れない」と、心の中では思っていました。

でも、違いました。

みんなが安心していられる“土台”のようなキャプテン”でも、よかった。

世間一般的な“キャプテンらしいキャプテン”じゃなくたって、チームメイトとともに全国準優勝できるチームを作れたのだから。

だから今は、リーダーに“決まった型”なんて必要ないと思っています。

学生スポーツにおいては、
声を張ることや、周囲をぐいぐい引っ張ることがリーダーシップだと思われがちです。
でも、それだけがリーダーシップじゃない。

誰かの言葉に耳を傾けること。
みんなが安心できる空気をつくること。
自分にできる形でチームに関わり続けること。

それも、立派なリーダーの在り方だと思うんです。

自信がないなら、ないなりに。
“静かな自分”を否定せず、自分なりの関わり方を探していけばいい。

「リーダー=こうあるべき」という枠から少し離れてみたとき、私はようやく、自分をキャプテンとして肯定できるようになりました。


自信がなくても、そんな自分についてきてくれるチームメイトがいます。
信じて任せてくれる監督やコーチ、スタッフもいます。

そして、そんな仲間たちと同じ気持ちでひとつの目標に向かっていけば、最後は笑って終われるはずです。

“後悔はない”と思える終わり方ができるかどうかは、自分次第。

リーダーに“決まった型”なんて必要ない。
“自分らしいリーダー像”を大切にして、チームメイトと共にまっすぐ突き進んでいってください。
(たまに、曲がり道もあるかもしれませんが)


おわりに

“リーダーに向いていない自分”を責めていた日々もあったけど、今はむしろ「自分だからできたことがあった」と思えています。

向いてないと思っていたあのころの自分にも、ちゃんと意味があった。

だから今、あなたが「自分なんてキャプテン向きじゃない」と感じているなら──それでもいいと思う。
無理に背伸びしなくても、あなたにしかできない役割がきっとあります。

自分を否定せず、“らしくない”自分のままで、誰かの力になれることがきっとあるはずです。

まずは、自分らしさを見つめ直して、今の自分にできるところからやってみてください。


今、キャプテンとして頑張っているあなたへ。

どんなタイプの“リーダー”だったとしても、あなたはきっと、ちゃんと上手くやっている。

“キャプテン”という役割には、経験した人にしかわからない大変さがあります。
ときには“嫌われ役”になることもあるでしょう。

でも、本気で高いところを目指す場面では、
その“嫌われ役”が、どうしても必要になるときがあります。

“嫌われ役”がいるからこそ、チームがひとつの目標に向かっていける。

つまり、あなたがいるからこそ、チームがまとまっていく。

たとえあなたが「自分は何もできていない」と思っていてもです。

今はしんどくても、大変でも──
「やってよかった」と思える日が、きっときます。

サボったり投げ出したりしていない限り、ですけどね(笑)

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Eum(うむ)|K-POP雑食オタクのエンタメライター このnoteも、スタバで書きました☕️ カフェラテ片手に、誰かの心に届く言葉を探しています✍️ もし少しでも何か残ったら、300円の応援で“また書きたい”を支えてもらえたらうれしいです🕊️

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