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【ロシア正教会】ロシア正教会がウクライナ戦争を「聖戦」とした理由


ーー聖戦ーー

この言葉に、あなたはどんな情景を思い描きますか?

聖なる使命を帯び、旗を掲げて進軍する男たち。
神の名のもと、異教徒を打ち払えという宗教的指導者の声。


かつて聖地エルサレムを奪還せんとした十字軍はまさに「聖戦」の代名詞でした。

多くの人は「聖戦」を遠い過去の出来事だと思っているでしょう。

しかしーー「聖戦」は現代にもその姿を表しています。

ただし、剣先が向けられた敵とは、かつては同じ大地に生き、同じ言葉を語り、同じ神に祈っていた同胞たちだったのです。

こんにちは。
Eurasia Insight です!

2024年3月27日、ロシア正教会はウクライナにて行われている特別軍事作戦を「聖なるルーシ(ロシア)を守る霊的聖戦」だと宣言しました。

私の常識では、宗教とは平和のために祈るもので、侵略戦争に協力するような聖職者は破門されて然るべきです。

しかし、実際のところ、ロシアにおいて総主教キリル一世率いるロシア正教会はプーチン政権の主張を鼓吹し、「聖」と「俗」が一体となっての戦争継続を主張しています。

この記事ではロシア正教会がなぜウクライナ侵攻を一貫して支持しているのか、その要因について解説してきます。



また記事に関するご要望がありましたら、eurasia.insight@gmail.comまでご連絡ください。





プーチン政権と結びつくロシア正教会


2022年4月24日 OLEG VAROV/ASSOCIATED PRESS


この写真は、モスクワで行われた復活祭の聖体礼儀に参加したロシア連邦トップであるプーチン大統領とロシア正教会トップのキリル総主教の様子です。

ロシア連邦憲法では政教分離を原則としていますが、プーチン政権はロシア正教会を公私の場で贔屓し、ロシア正教会もその特権に甘んじています。

政権のスポークスマンとしてウクライナへの侵攻を支持しているロシア正教会。

少し調べるだけでもロシア正教会の以下のような公式発言が見受けられます。

「あなたはロシアの戦士です。あなたの義務は、ウクライナの民族主義者から祖国を守ることです。あなたの仕事はウクライナ国民を地球上から一掃することです。あなたの敵は人間の魂に罪深いダメージを与えるイデオロギーです。」

Euromaidan Press Moscow Patriarchate tells Russian troops: “Your task is to wipe the Ukrainian nation off the face of the earth””. 2022年4月7日


「キエフの洗礼(ロシアへのキリスト教導入)から共に生まれ、同じ信仰、聖人、希望、祈りを分かち合うロシア人とウクライナ人は、一つの民族である」

佼成新聞DIGITAL ウクライナ信仰に宗教的動機を与えるキリル総主教 2022年03月14日



このような野蛮にも思える発言が公式のものだなんて信じられるでしょうか。

このように現在のロシア正教会は「俗」の世界である政権と強固に結びつき、他の宗教にあるような「聖」の独立性が失われてしまっているのです。

東方正教会のお膝元、コンスタンチィノープルとも絶縁し、宗教界からも正教会内からも孤立を深めるロシア正教会。

なぜロシア正教会は独立性を失い孤立化してまでも、政権との結びつきを強めようと必死になっているのでしょうか。

その要因をキリル総主教とプーチン大統領の関係性から探っていきます。


キリル総主教とプーチン大統領の生い立ち

キリル総主教は、1946年、独ソ戦直後の荒廃したレニングラード(現サンクトペテルブルク)で誕生しました。

ちなみにプーチン大統領も6年後の1952年に同街にて誕生しています。

父親は正教会の司祭であり、その影響からか彼は1970年にレニングラード神学校・神学アカデミーに通い学位を取得しました。

当時のロシア正教会は、1985年から開始されたゴルバチョフによるペレストロイカ(再構築)政策などにより宗教の自由化が進んだおかげで、20世紀初頭のソビエト政権による大弾圧から復活しつつありました。

キリル総主教は、そのような時代の転換点の中にいた人物だったのです。

1990年、ゴルバチョフ政権下で制定された宗教法はそれまでのソビエト連邦による厳しい宗教政策とは打って変わり、ロシア正教会や他宗教に非常に融和的な内容となりました。

これによりロシア正教会は勢力を増しましたが、一方で外国の宗教やカルト集団(オウム真理教もこの時期のロシアに侵入しました)も国内に招き入れ宗教的、社会的な混乱状態が発生してしまったのです。

「自由化政策は国内を混乱に陥れる」

当時のキリル総主教がそう考えてもおかしくはありません。

彼は「総主教庁渉外局長」という役職につき、外国系の宗教活動を監視し、時には弾圧し、当時のロシア連邦大統領であるエリツィンに外国系の宗教活動に規制を設ける法律を作成するように迫りました。

そして1997年9月26日、彼の活動は身を結び「信教の自由および宗教団体に関するロシア連邦法」が発効されました。

法文には「ロシアの歴史、その精神性および文化の形成と発展における正教の特別な役割を認める」という一文があり、ロシア正教会は事実上の国教となったのです。

2009年、アレクシー二世元総主教が亡くなると、キリルが新しい総主教として選任されました。

それ以降プーチンとキリルの仲はより深まっていったのです。

エリツィン大統領とアレクシー二世元総主教


一方でこの時期のプーチン大統領はどうしていたのでしょうか?

プーチン大統領がもともとKGB(ソ連の秘密警察)出身だということはあまりにも有名な話です。

(ちなみにキリル総主教もKGBの要員でした。しかし、この時代のソ連において正教会は政権、KGBとの結びつきを大事にしていたので、このような事例は珍しくはありません。)

プーチンは1985年、ペレストロイカが開始された時期にKGBの指令で東ドイツドレスデンへ赴任していました。

ペレストロイカによる自由化政策と既存の社会主義体制の崩壊。

その波は「共産主義の優等生」とも呼ばれた東ドイツにも迫りつつありました。

1989年の12月5日、東ドイツの民衆が監視主義の温床であったKGBの建物を襲撃したのです。

民衆は角材やバッドを持ち、KGBの建物を占領しようと近づいてきます。

しかし、プーチンは暴徒たちの前に出て流暢なドイツ語で次のように言いました。

「ここはソビエトだ。ソビエト領だ
敷地内に立ち入った者には、発砲するーー。」

民衆はその言葉に恐れをなし、その場を去っていったのです。

秘密警察の職員証 若かりしプーチンの写真が添えられている


プーチン神話の一翼をなす話ですが、彼の強い精神性が伺えます。

1992年5月、ソ連崩壊に伴いKGBを退職したプーチンはレニングラード(現サンクトペテルブルク)市長のサプチャークの斡旋により同街の副市長となりました。

ここから彼の政界における第二の人生が始まったのですーーー

1991年、プーチンとキリルは「俗」と「聖」の視点から「自由化」という猛毒により四肢を引き裂かれた母国の姿を目撃しました。

このトラウマを理解することは、現在のロシア指導者層が持っている恐怖を理解することにもつながるのです。

「同志」プーチンとキリル


また、彼らは「ルースキー・ミール」という同じ価値観を共有しているとされます。

ではその「ルースキー・ミール」とはなんなのでしょうか?

ルースキー・ミールまたはロシア世界、ロシアの世界は、ロシア語を話し、キリスト教ロシア正教会を信仰する人々が居住する地域を独自の文明圏とみなす、ロシアの世界観、思想、イデオロギーである。

毎日新聞「ルースキー・ミール」思想:政権と正教会「一体」に ロシアのウクライナ侵攻で
2022年6月30日


ロシア語、文化、正教会を共有する人々を一つの共同体とみなし、ロシアの影響力を維持、拡大しようとするこのイデオロギーは他国の独立、主権を否定する道具になります。

ロシアがウクライナを攻めるときに用いた理由に「東部ドンバスのロシア系住民を守り、NATOからロシア人を守るため」というものがありました。

彼らに言わせればこの戦争は、西側諸国に唆されたウクライナを解放し、ロシア文明圏を西側世界から守るための、まさしく「聖戦」なのです。

ルースキー・ミールとは、このように帝国主義的な思想である、といえます。

また、彼らは他にも、反西側、アメリカ一強時代の終焉という共通の価値観を有しているとされます。

商業主義、唯物主義、個人主義、自由主義、国際主義といった西側的な思想も、ロシアの視点では「アメリカからの価値観の押し付け」であり、ロシア固有の文化を破壊するものだとしているのです。

これについてキリル総主教は以下のように語っています。


総主教は、ウクライナ東部ドンバス地域で続くロシア系住民による独立を求める運動は、欧米文化の価値観やその「誘惑」に対する拒絶であると強調。その誘惑とは、「幸せ」な世界への移行と称しているものの、つまりは「過度な消費主義や見せかけの“自由”の世界」へのいざないであり、それが導く先は、否定的な意味を込めて「プライド・パレード(性的少数者らが訴える性の多様性)を容認する世界」であると述べた。

佼成新聞DIGITAL ウクライナ信仰に宗教的動機を与えるキリル総主教 2022年03月14日



さらに、アメリカ一強時代を終わらすために、ロシアは旧ソ連圏を中心に再統合し、中国と協力することで新たな国際秩序を作ろうとしています。

このような思想はロシア外交、政治の根幹をなすものであり、我々がロシアを理解しづらい要因となっています。

プーチンやキリルはこれらの価値観を共有しており、それゆえに彼らの言動は一致しているのです。

これらはキリル総主教だけの問題では決してなく、ロシア正教会の高位聖職者の全体にこのような思想が蔓延しています。

もちろん、中には侵攻に反対した聖職者の方々もいますが、彼らの訴えに耳を貸すようではクレムリンはもとより戦争を行わなかったでしょう。


ロシア正教は被害者?


と、このようにロシア正教会は全面的に政権に服従している、という書き方をしましたが実は別の意見もあります。

それは、ロシア正教会のこのような行動はプーチンによってやらされている、という説です。

ロシア正教会は、プーチンの被害者だ!彼らはそう主張しています。

その主張の是非について語る前に、少しロシアの歴史を振り返ってみましょう。


共産主義時代の中で


現代のようにロシア正教会が政権との関係を強固にする事例は過去にもありました。

ソビエトの時代です。

ご存知の通り、人間の「理性」を重視するマルクス・レーニン主義を国是にし、「無神論」を標榜していたソビエト連邦においてロシア正教会は迫害される対象であり、実際に多くの聖職者が捕らえられ、殺害されました。

1933年には活動している教会の数は革命前の1917年と比べ、わずか15%ほどしかなく、ロシア正教会はまさしく全滅の危機を迎えていたのです。

そのような厳しい状況の中、新たに総主教に就任したセルギーは、前総主教の政権に対する闘争路線をやめ、ソビエトとの融和を訴える“忠誠宣言”を1927年に表明しました。

以降ロシア正教会はソビエト政権と堂々と争うことはなくなり、持ちつ持たれつの関係のようになっていったのです。

このような例から分かるように、現在のロシア正教会は、プーチン政権という強権的な政権のもとで生き残る術を必死に探しているだけだ、そう捉えることもできるでしょう。

やっぱりキリル総主教はロシア正教会の生き残りを考えているからこそ、あのようにプーチンに同調しているふりをしているんだ!

、と考える人もいるかもしれません。

しかし、筆者的には現在のロシア正教会がただ生き残りのためにプーチンのスポークスマンとなっているとは到底思えないのです。

なぜなら、現在のロシア正教会は、政権のイデオロギーのためになくてはならない存在だし、何よりもキリル総主教がセルギーの“忠誠宣言”の後に教育を受けた聖職者だからです。

キリル総主教を含め、現在のロシア正教会首脳部はセルギー路線を踏襲した聖職者ノーメンクラツーラと呼ばれる存在です。

彼らはロシア正教会がソビエト体制に迎合した後に生まれた世代であり、ソビエトの神学校で教育を受け、その後KGBや政権と協力することで特権階級となった人物たちなのです。



彼らの注意は、自身の階級の維持にのみ向けられており、そのために「ロシア伝統の価値観」を利用し、ロシア正教会の重要性を訴えます。

このことは前述したようにキリルが以前「総主教庁渉外局長」として何をやってきたか、2005年のプーチン大統領就任時に、元総主教アレクシー二世から送られたメッセージの内容を見れば理解に容易いと思います。

つまり

現在のロシア正教会は全く世俗化しており、政権との癒着により富を守ろうとする、自己保身しか考えない高位聖職者によって支配されているのです。

十字架がプーチンの額に影を落とす そこに信仰はあるのだろうか

まとめ


なぜロシア正教会が一貫してウクライナへの侵攻を支持しているのか。

本稿では、プーチン大統領とキリル総主教の生い立ち、共有している価値観からその原因を探っていきました。

超大国ソ連の崩壊の原因を、「自由主義」にあると捉え、そのシンパである西側諸国から国と文明を護るための「聖戦」とプロパガンダする政権。

人々の信仰を、ウクライナへの侵攻のための道具としか見ていないロシア正教会。

その姿から神聖さは失われ、聖堂の中のみが虚しく輝くだけです。

プーチンとキリルの蜜月関係はこれからも続くでしょう。

ウクライナの地で絞られる、ワインを片手に。


参考文献

1.THE WALL STREET JOURNAL 戦争支持するロシア正教会、プーチン氏との深い絆 Matthew Luxmoore 2022年5月26日 https://jp.wsj.com/articles/putins-powerful-orthodox-church-ally-helps-cement-russian-support-for-war-11653549188

2.佼成新聞DIGITAL ウクライナ侵攻に宗教的動機を与えるキリル総主教 海外通信・バチカン支局 2022年3月14日 https://shimbun.kosei-shuppan.co.jp/news/55220/2/

3.東洋経済ONLINE ロシア正教会がウクライナ侵攻を“祝福”する理由 池上彰 2022年11月19日 https://toyokeizai.net/articles/-/631743

4.swissinfo.ch ウクライナ侵攻は悪魔払い?ロシア正教会と政治の密な関係  Mavris Giannis 2023年2月7日 https://www.swissinfo.ch/jpn/business/ウクライナ戦争は悪魔払い-ロシア正教会と政治の密な関係/48250518

5.Reuters 焦点:ウクライナ侵攻によるロシア正教会の混乱、孤立するロシア総主教 ロイター編集 2022年3月20日 https://jp.reuters.com/article/world/-idUSKCN2LE08D/

6.CHRISTIAN TODAY ロシア正教会トップ議長の「世界ロシア人民評議会」、ウクライナ戦争を「聖戦」と宣言 2024年4月12日 https://www.christiantoday.co.jp/articles/33508/20240412/wrpc-declares-ukraine-invasion-a-holy-war.htm

7.ロシア正教の千年 廣岡正久 講談社 2020年7月10日

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