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無能化する管理職と、現場に強制される「管理者視点」―― 組織崩壊が静かに進行する構造

はじめに:なぜ、現場が“管理職の役割”を背負わされるのか
  職場で、こんな違和感を覚えたことはないでしょうか。

  • 判断すべき管理職が判断しない

  • 責任の所在が曖昧なまま仕事が流れてくる

  • 指示が抽象的で、現場が勝手に解釈して進める

  • 問題が起きると、実行者が責められる

  このとき、現場が無意識のうちに、管理職の視点・役割・責任を引き受けさせられている状態にある。
  ここに、組織崩壊の中枢構造が存在すると考えます。

「無能な管理職と言われる人」は本当に無能なのでしょうか?
  多くの管理職は、もちろん「無能」なのではありません。
  無能化させられているというのが私の見方です。
  資質の問題ではなく、制度設計と組織構造の問題にあると考えます。

個人的視点:無能化が起こる3段階プロセス
第1段階:評価制度が「判断」ではなく「調整」を重視

  多くの組織では、管理職に次の行動が暗黙に求められると思います。
    ・波風を立てずに組織として動くように自らが動く
    ・トラブルを起こさない、起こさせない環境を整える
    ・現場の感情を受け取り、なだめる
    ・上層部からの圧を緩衝する

  結果、管理職は次第に、 決断する人 → 調整する人 へと役割変質してしまう。
  そして、調整がうまくいった結果、問題が生じなかったことが、評価の基準として採用されてしまう。

第2段階:失敗回避型行動の常態化
  判断すれば、責任が生じます。
  責任を負えば、評価が下がる可能性があります。
  すると管理職が、
    決めない・曖昧にする・現場判断に委ねる
という回避戦略を学習して、積極性を失っていってしまうのは当然です。
  これが「無能化」の始点となります。

第3段階:管理職機能の空洞化
  管理職が「決めない存在」になると、組織には意思決定の空白地帯が生まれてしまいます。
  すると必然的に、
    現場が管理者視点を背負わされる
構造が成立していきます。
  判断と実行を前もって準備し、その判断材料と行動、その結果まで予測し、過程における問題やその可能性の検討して、共通理解の元、組織として行動する。その理想系は存在せず、判断と実行の指示はなく、求めても「そう言われても」や「わかるけどね」と、かわされる。そこで、判断と実行、その結果の予測を管理職が「うむ」と頷きやすい状況を構築して、その説明をしないといけない。もしくは、管理職には問題が起きない前提の簡易なものや、事後報告にしてしまう。
  そうでなければ、仕事は進まない。共につくるではなく、
    ・仕事の工程がわかる
    ・見通しがもてる
    ・判断と実行したのは現場
までそろえないといけない。完全に管理者視点を現場で織り込んで仕事をしないと回らない。


  なぜ、この構造が成立してしまうのか、ここが重要です。

  現場が管理者視点を担うのは、善意や責任感などから、判断しない管理職に替わるしかないからです。
  ・周囲に迷惑をかけたくない
  ・失敗したくない
  ・相手がある仕事など、仕事を止めることができない

  結果として、
    現場の誰かがが考え、判断し、先回りし、調整し、実行する
という行動が常態化してしまいます。
  これは一見、有能で責任感ある行動に見てしまう。
  ですが、構造的には、
    管理職機能の肩代わり
にほかなりません。

この構造がもたらす3つの致命的副作用
① 責任の逆転
本来: 判断 → 管理職、 実行 → 現場
しかし、
現実には: 判断 → 現場、 責任 → 現場
という責任構造の逆転が起きる。

② 現場の慢性疲労化
 
・先読み
  ・調整
  ・想定外対応
  ・責任回避行動
が重なり、心理的負荷が増大します。
  これが、静かな退職・燃え尽き・無気力化を生んでしまう。
  実際に退職の要因にもなり得ます。

③ 管理職のさらなる無能化
  現場が回してくれるため、管理職は、
    ・判断力
    ・責任感
    ・決断経験
を失っていく。
  無能化の自己強化ループを回すことになります。

なぜ、この構造は是正されないのか
  理由は単純です。
  短期的には、組織が回ってしまうからです。短期的に組織が回る中で、もちろん問題は生じますが、すぐに現場で吸収されます。現場で終わるので、報告はいっても管理職の知見にならない。

  現場の善意と過剰適応によって、
  ・表面上の安定
  ・形式的な成果
  ・トラブル回避
が成立します。

しかし、内部では、
  ・人材疲弊
  ・思考停止
  ・能力劣化
  ・離職予備軍増殖
が同時進行してしまう。

現場にかかる「見えないコスト」は、やはり現場で支払わされる
 
ここまで述べてきたことに、頷く項目が多いほど、現場という言葉は、あなた自身として読み進めたことと思います。そして、あなたにはそれらの影響によって、疲労が蓄積されているはずです。しかし、すでにあなたが気付いていようとなかろうと、それは
    あなたの能力不足でも、性格の問題でもありません
    組織の構造の問題です。コストの支払いは、構造を変えない限りずっと続けねばなりません。
    ゆえに、防衛が必要な状況だと考えてみてはいかがでしょうか。

静かな退職を選ばないための視点転換
  この構造下で重要なのは、
    自分が「補完装置」にならないことです。

原則①:管理者視点を“引き受けない”
→ 振られた仕事では判断を返す 「これはあなたの判断事項でよいですね」
→ 管理職視点で行う仕事は減らすか、無くし、管理職判断がなされれば、実行に移す流れを徹底する  「この判断がされたならば、進めます」
→ 決定権者を明示させる「決定はどなたになりますか?」

原則②:外部評価軸を持つ
  ・記録
  ・発信
  ・思考整理
→ 組織内評価に依存しない自己基盤の構築
     noteやXは相性が良いかもしれません

  最も重要なのは、
    その環境で自分を“摩耗させきらない”ことです。

まとめ:管理職の無能化 → 組織崩壊の流れとループへ
  組織が壊れるとき、壊れゆくとき、日常の中で静かに進行してゆきます
  ・管理職が決めなくなる
  ・現場が背負いすぎる
  ・誰も責任を取らなくなる

  この静かな崩壊こそが、最も危険な状態と言えるでしょう。
  そして、その最前線に立たされるのが、
    現場にいて、実務者である、あなたのような方
になってしまうのです。